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ep2




 継母カリーナたちが侍女や護衛騎士と共に、馬車でブランシュ領から約12日掛かる王都パルスへ向かい、出立して2週間が過ぎた。



 今頃は、約20km離れた王都パルスを臨むヴェネラ宮殿敷地内のブランシェ伯爵家のタウンハウスで、継母カリーナたちは過ごしている事だろう。

 6月に入ればパルス高等法院も閉じられ、バケーション(長期休暇)が始まり、本格的な社交シーズンとなる。

 

 パルス高等法院には全ての勅令と法令を登録する責務があり、勅令は高等法院が登記して発効する (勅法登記権)。その為、高等法院が閉じられると施策が実行できないので、公務は止まり羨ましいコトに3か月間と言う長い休暇となっている。

 バケーションは、6月から9月まで。(戦時は特例あり。)


 


 本来であれば18歳に成ったアレクシス王太子は、ヴェネラ宮殿で社交を愉しまれるのだが、9年前、母親であるアリシア王妃の七回忌の式典でヴェネラ宮殿からルミナス大聖堂へと向かう僅か16kmの道中で、謎の一団から襲撃に遭い襲われ大きな怪我を負ってしまった。



 その時の責を問われたのが、主人公であるナルサスの父親ダシルヴァ伯爵だった。

 ダシルヴァ伯爵は、4つある近衛騎士団の1つアーレス近衛騎士団に所属し、アレクシス王太子の後続の警備を任されていた。

 責任者であったアーレス近衛騎士団長のジェラール公爵は、襲撃された時の傷が元で戦死された為、副団長であったダシルヴァ伯爵が責任を取らされて、アーレス近衛騎士団を追放された後、襲撃者と通じていたと言う証拠やサインなどが押収され、反逆罪で有罪と成り処刑された。

 

 本来、貴族への死罪であれば、毒杯を煽り密室で尊厳を持って処されるのだが、一般の罪人と同じく刑場で首切り役人により斬首となり、遺体を首都パルスのルシルル広場で晒されてしまった。

 王族に対しての反逆罪でダシルヴァ伯爵家の親族たちは住処を追われ、妻であったダシルヴァ伯爵夫人は自死を選び、ナルサスの長兄一家と次兄一家はカナーン王国から逃れるように出て行った。


 父を此処まで貶められて16歳だったナルサスが許せる訳もなく、復讐を誓い側近で幼馴染クロードの屋敷へ、一先ず身を寄せた。


 そしてダシルヴァ伯爵家は爵位と共に、国王代行のマルティーナ王太后(デビ)から領地を召し上げられてしまった。


 この時、国王ルイス10世は、アレクシス王太子襲撃の報をルミナス大聖堂で聞き、昏倒されて罪状などを言い渡せる状況になかったのだが、襲撃から一月(ひとつき)ほど経って意識を取り戻すと、全てが終わった後だった。


 


 ダシルヴァ伯爵家剥奪の取り消しを新たに宣言するには、マルティーナ王太后(デビ)から勅令を出されていた為、国王の威信が揺らぐと言う結論が枢密院で出され、ルイス10世は自身の意志を飲み込んだのだ。

 

 全知全能の神から王権を授けられたグリムニール王家の(ヴァン)が、過ちを犯すことなど在り得ないからと言う結論に国王ルイス10世は、それを是とするしかなかった。


 そしてクリスタル離宮(王太后宮)で、マルティーナ王太后(デビ)へ誰が偽の勅令を書くよう主導したかを突き止めるのが、ナルサスのメイン・クエストに成る。



 この計画を立てた黒幕は、未だ物語で明かされていないけど、手引きした幾人かの名前と偽の勅令状を記した偽造者の名前はボンヤリと憶えているから、ナルサスに教えて上げたい所だ。

 アーレス近衛騎士団や団長のジェラール公爵を襲い倒したのは、遥か東方に或るトリスタン帝国のカラカート(黒い狼)傭兵団たちなのだ。


 カラカート(黒い狼)傭兵団は、ハーデーア教国のトリスタン帝国へ所属している訳でも無く、盗賊や山賊の類で報酬契約さえ済ませれば、力技の仕事で在れば大抵引き受ける実利主義のイリーガルな暴力集団だった筈。

 但し、契約は必ず守り秘密厳守なので、交渉が纏まれば使い勝手の良い存在だった。

 莫大な費用が発生するけど。


 雇ったのは、ノーマンカレの港街に或るノルズって名の大商会だったりする。


 カラカート傭兵団は、トリスタン帝国で逃げ出した奴隷たちが組織したグループと書かれていた。


 『フェーカーの祈り』って18禁の官能小説の割りに、歴史モノって色合いも強いのよね。

 あっ!思わず官能小説って言ってしまったわ。


 ここら辺の情報は、ナルサスとわたしが婚姻して以降の話に為るのだけど、わたしだとバレずに伝える方法はないモノかしら?

 出来れば婚姻する前に伝えたいとか思ったのだけど、ブランシェ伯爵領地ってアデレード王妃が所有している領地の西隣に在るから、わたしが未読の2章以降でも重要な場所に為るのだろう。

 それにナルサスの仇である裏の人物へ辿り着くまでは、王太子への襲撃者を招き入れた実行犯の名を知ったとしても、ヴェネラ宮殿内とブランシェ伯爵領を自由に動き回る為に、シンシアとの婚姻を諦めると思えない。


 第一、わたしは自分の安全の為にも迂闊に動けないし。

 何せわたしが知っている情報は、激ヤバ過ぎる。



 9年前の襲撃事件で負った傷が原因で、アレクシス王太子は表向き公の場に出られないとされているけど、ヴェネラ宮殿敷地内のフォンテーヌ離宮でマルティーナ王大后(デビ)から庇護され、アデレード王妃から隠れるように、ひっそりと暮らされている、、、コトにしていた。


 実際は、腹心の側近たちとアデレード王妃派たちの行動を探って居たりした。


 9年前の事件以降も、アレクシス王太子は幾度か命を狙われていたが、母アリシア王妃の実家であるクレマン公爵家の護衛たちに依って危機を脱していた。

 挿絵のイラストを思い出すと、アレクシス王太子はアリシア王妃に似た優し気な容貌をしていた。

 ワンコ系だけど少し腹黒いと言う性格で、純朴だと舐めていると、反対に利用されていると言う結果に成る。


 表に出て行かないのは、18歳に成長したアレクシス王太子の容姿を隠し、テラード男爵家のアレク卿として行動しているからでもある。


 アレクシス王太子は、政務を扱う国務会議が行われるルブラン宮殿で過ごし、良好な関係を続けているルイス10世国王陛下の政務を手伝いながら、怪しい動きをしている貴族たちの動きを調べたりしていた所、良く出入りしていたメルキュール騎士団のジョセフ・デュラン卿に扮したナルサスへ興味を持ち話し掛けたのだ。


 きっと今頃は、腹黒同士互いの真意を探りながら、楽しく化かし合って談笑していることだろう。


 ワンコ系王太子と色気マックスの美貌の騎士とが並んだ姿を生で見たくは或るけれど、見る手段は無いのだと思うと少し残念だった。




 わたしは、イザベラたちから命じられて、赤いシルクサテンでペチコートを縫っていた。

 自分たちが留守の間も、わたしの暇を潰して呉れるイザベラとエリスに感謝しないとね。

 余った布地の端をかがってハンカチーフにして、百合や蔦の刺繍を刺せば、売れるのではないかと考えている。

 布地はシルクで結構上等なモノのはずだもの。



 『天神様、どうぞ高く売れますように。』


 2礼2拍手1礼ってね。

 こうなりゃ神頼み、、、て、天神様には届かないよね。


 だってこの世界は、デュメル教だもの。

 父なる全能の神とその子デュメルと精霊たちを信仰している。

 そして天国へのカギを持っているのが、第一の使徒ピクトルの末裔たる現ロムルス教皇ペテス8世。


 これを国教として信仰しているのが、私の住む旧教徒国と呼ばれるカナーン王国。


 

 カナーン王国領土の10分の1はロムルス教皇領で、ヴェネラ宮殿敷地内にはヨハン大聖堂が在り、ヨルレシア大陸の旧教徒各国にも、それぞれ領地を持っていると言うとってもお金持ちな組織である。

 だって上層部は各旧教国の王侯貴族の子弟様だもの。

 当然だが権力も強い。


 

 新教徒国は、同じくデュメル教徒で或るけれど、万能の神の前では聖職者も一般教徒も等しく皆同じで、ロムルス教皇ではなく聖書第一主義だったりする。

 約30年前に終結した第三次宗教戦争は、デュメル教徒の新旧で争いで一応は旧教国側が勝ったけど、神聖ロムルス帝国やエスタール帝国から独立したプロメシア公国やラドリア王国などが、新教徒国になった。

 プロメシア公国から起きた聖書を信仰の根拠にすべきだと言う第三次宗教戦争は、ヨルレシア大陸全土に及ぶ戦乱を巻き起こしてしまった。


 でも戦乱が長引いたのは、旧教国であるカナーン王国が、神聖ロムルス帝国とエスタール帝国の領土が欲しくて、新教側で或るプロメシア公国の味方をした所為でもある。

 お陰で神聖ロムルス帝国からは北西部の鉱物が多いギルア領地の一部と良質な羊毛が盛んなフラドル領を分捕り、ヨルレシア大陸南部のエスタール帝国からは暖かなルシヨン地方を手に入れた。


 そしてプロメシア公国とラドリア王国が独立出来たのは、デュメル教徒が新旧での宗教戦争を30年も続けた為、旧教徒の帝国側が疲弊していた所為もあるとかないとか。

 第三次宗教戦争の所為で、世界地図が大きく変わり、公国や小国が増えてロムルス教皇領も存外減ってしまい、以前よりはロムルス教皇の発言権が減っていた。

 第三次宗教戦争以前は、王家の婚姻や王位継承まで口出しをしていたからね。


 

 小説『フェーカーの祈り』では、新旧どちらの聖職者もカナーン王国の陰謀に関わったりしていて、意外と生臭坊主が多い。

 やっぱり人間の内心に深く関わる職業って、生臭くなってしまうのは仕方がないのかな。

 聖職者なのにね。


 密かに娼館を経営しているエゲツない司祭もいるくらいだし。


 デュメル教新旧両宗派の異端審問官は、かなりイっている人も出ていたし、やはり官能小説ってジャンルだったからかしら?

 わたしとしては余り関わりたくない。

 ナルサスの本質的な謎解き以外の枝葉末節な事件だから、放置で良いかな?

 例え被害者を助けたとしても、その土地を離れないことには救われないだろうしね。

 

 読者の時は軽く流し読みして終わりだったけど、シンシアも此の世界では不幸な日々を送っているから、悲しみや苦痛をリアルに感じてしまって、記憶のストーリーを辿っていると憂鬱な気分に支配されてしまう。




 それにどれくらい此の世界での現実と『フェーカーの祈り』の世界とが重なっているかも、確かめないと駄目だしね。

 シンシアの知識は、母が生きていた頃に乳母や執事から教わった8歳までの限られたモノしかない。

 どれくらいのモノが、実際に読めるかと言うのも今は分らない。

 8歳までしか文字を書く練習をしていないから、恐らくわたしは貴族家の令嬢としてのレベルには達していないだろう。


 案外、子供に教育を施さないと言うのが、飢えさせるコトと同程度に罪深いモノだと思える。


 1階のライブラリー(図書室)へ行きたいけど、シンシアの記憶が確かなら日頃は執事長がカギを管理していて、自由に出入り出来なかった。

 この領主館に或るライブラリーの書物は、わたしが憶えてる羊皮紙と植物紙との割合が6対4くらいだったわね。

 きっと12年前に戦争で父が亡くなってからは、母を始めとしてブランシェ伯爵領地の領主館に新たな書物を購入した人間など居ないだろうから。

 

 しかし書物を読めないし、書けないと言うのは辛い。

 思い付いたことを書き止める紙とペンがあれば良いのに。

 焦ってしまうのは、いつまで前世の記憶を保持出来るかも分からないからだ。

 そう思うと気持ちが急いて、わたしは叫び出したい想いを必死に抑えた。


 ちらりと顔を上げるとナルサスが送り込んでいた監視のメイドのアメリ―と目が合い、わたしの気持ちがスッと醒めていった。

 監視の使用人がいるのに、苛立っても良いコトなど1つもないわね。

 


 わたしは、慣れた針仕事で赤いペチコートを仕上げながら、小さく息を吐いて、出来ないことを考えるより出来ることを数えて行こうと気分を切り替えた。



 先ず、それなりに仕立てや刺繍の針仕事が出来る。

 火を起すのは難しいけど、暖炉や窯を扱うことが出来るし、掃除や洗濯も出来る。

 料理も作り方さえ教わればきっと出来る筈。

 何と言っても前世は短期間だったけど主婦だったもの。


 計算も出来る。

 但し、現世の考え方や知識を出すのは、ロムルス教皇の権威を強めようとしている現状では、非常に危険なのでシンシアの知っている範囲内で行動する。

 下手をすると魔女裁判が待っているから。

 わたし自身は無神論者のつもりなどないけど、そう疑われると火刑が待っているので、本当に言動には気を付けないと駄目ね。

 


 後は体力だけど、 10歳の頃から働かされているから比較的動けると思うけど、食事の量が少な過ぎるのよ。

 あの日以来、食事が抜かれる日々は無くなったけど、食べらる日は1日で固いパン1個と何の液体か分からないドロドロの冷えたスープだけって少な過ぎる。

 素材の味を活かすって言っても塩味くらいは付けて欲しい。

 

 自分の服を洗濯をする序でに井戸で身体を洗ったら、骨皮筋衛門だったし、老婆のような白い髪はバサバサだし、もう少しどうにかしたい。

 

 この1年は水仕事も減ったから、あかぎれで裂けた皮膚も治って昔よりもマシな手に成ったけど、水気のない荒れたわたしの手って、どう見ても伯爵令嬢の手じゃないと思う。


 そうだ。

 明日にでも井戸の或る荒れた裏の庭園で食べれそうな草花を探して見よう。

 監視のメイドと副執事から注意されたら、素直に止めれば良いだけだしね。


 わたしは植物やハーブとかに詳しくないけど、千切ってみて匂いを嗅げば食べれるか食べれ無いかくらいは解るかも知れない。



 わたしは2枚目のペチコート仕立に取り掛かる為、赤いシルクの布地に鋏を入れた。



 

メモ的ザックリ年表


===カナーン王国パルス歴===


365年  ルイス=アンリ・ヴァン・グリムニールとアリシア・クレマン公爵令嬢との婚姻。

366年  アレクシス王太子生誕

      アレクシス・フォン・ロアール公爵に叙される。


369年  ルイス9世、アリシア王妃、病により逝去。


370年 ルイス10世戴冠


     『シンシア・ブランシェ誕生』


372年 ルイス10世とアデレード・ラドリア第三王女が成婚。

     成婚前にアデレード第三王女は、新教から旧教徒へと改宗した。



373年 『シンシアの父親アシュリー・ド・ブランシェ伯爵、戦死。』


374年 アデレード王妃、フランシス王子を出産。


376年 アレクシス王太子襲撃事件ーーアーレス近衛騎士団長ジェラール公爵死去


     ナルサスの父親ダシルヴァ伯爵は、王太子襲撃事件を画策した罪で斬首。ダシルヴァ伯爵家の爵位と領地をグリムニール王家に返還。



     『シンシアの母親 フリーネ・ブランシェとロバート・バルドと再婚。』


378年 『シンシアの母親 フリーネ・ブランシェ死去

      継父ロバート・バルドがシンシアの後見人になる。』


380年 継父ロバート・バルドとカリーナ・ベント男爵未亡人と再婚

     カリーナの娘イザベラとエリスがロバート・バルドの養女に成る


384年 『シンシア・ブランシェはイザベラに階段から突き落とされ『白山ひろみ』の意識が目覚める。』




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