#5
5話目です。
「...見たよ。この中庭が、人食い中庭だなんて呼ばれ方をしてる理由を。」
大の大人から睨まれているにも関わらず、不敵な笑みを浮かべたまま水瀬春は言葉を続ける。
「ただ、あんまりにも拍子抜けだったね。人食いと言うにはあまりにも単純な話だったよ。」
「え?」
「...ほう。」
「付いてきなよ、私が見た真相を教えてあげよう。」
呆気に取られた様子の白城圭介と、未だその刺々しい雰囲気を纏った用務員を尻目に、明確な目的を持って水瀬春は歩みを進めた。
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「ほら、ここだここ。」
水瀬春が徐に足を止める。目の前には小さくみすぼらしい倉庫が建っていた。
木造の倉庫の外壁にはツタがへばり付き、上には左右の木の葉っぱが覆い被さり、ただでさえ小さく目立たない倉庫がより隠されている印象を受けた。
「これは?」
「創業以来からある倉庫だ。昔は実際に使われていたそうだが、今は別に物置小屋が設置されててそっちを使ってる。」
白城圭介の問いに用務員が答えた。今は刺々しい雰囲気も鳴りを潜め、出会った当初のような穏やかさを保っていた。
「...これが、『人食い中庭』の正体ですか?」
「まあ、そうとも言えるだろう。」
水瀬春が戸に手を掛け、ガタガタと揺らしながら横へ動かす。
建付けが悪くなっているらしい。白城圭介も手を貸し、2人で戸を開け放つ。
ガタン!と大きな音が鳴り、その中身を覗かせた。
「うわっ...」
白城が思わず声をあげる。床に付いた謎の染み、輝きを失ったバケツ、掬う部分に錆びが染み付いた大きなシャベル、その他雑多な品の数々...一応掃除はされているそうだが、どの道具にも最近使われた様子は無かった。
「...で、これのどこが人食い中庭なんだ?」
急かすようにそう用務員が声を掛けた。
「ほら、ここだよここ。」
ズカズカと中に入り、置かれていたカゴを跡に合うよう横にズラす。
「...扉?」
カゴの下から木製の両開きの戸が現れた。床収納のようにも見えるそれを水瀬春が勢い良く開けると、埃が宙を舞い戸の奥に続く道を見せる。
「うわっ、ちょっと先輩!急に開けないで下さい!」
「ほら、こっちだよ白城君。暗いからスマホで照らしながら来ると良い。すぐに階段があるから気を付けて。」
顔の近くで手を振り埃を払う白城圭介の事を一度振り返った後、コツコツと階段を降り暗闇に紛れ込む。
「...行かなくて良いのか?君の先輩は既に行ったぞ。」
「いや、行きます。先輩!待ってください!」
スマホを取り出しライトをONにした後、足元を照らしながら階段を降りる。
白城の後ろから聞こえる足音から用務員も付いて来ている事が分かる。
階段は程なくして終わり、人一人通るのがやっとの一本道に繋がる。
その先でスマホを照らしたままの水瀬春が立っていた。
「あ、先輩。待っててくれたんですね。」
「君が『待ってください』と言うからだろう。待つ必要がないように早く付いて来たまえ。」
二人の姿を認めた後、水瀬春は道が続く方を向き、歩みを進める。その後ろを白城圭介、用務員が付いて行く。
「さて、答えを言うとこの先は駅前の近くに繋がっていた。」
狭い通路の中、水瀬春の声が良く響く。
「あっ、言っちゃうんですね...」
「当たり前だ、勿体ぶっても仕方ないだろう?それに、我々にとって大事なのはこれをどう記事にすれば新入部員が来るかだ。今のうちに多少文章を考えておいてくれ。私も考えておくから。」
「はい。」
そんな会話から数分後、水瀬春の背中を照らすばかりだった白城啓介のスマホのライトに向かって水瀬春が手を伸ばす。
「先輩?」
「そろそろ着くよ。今度は上りだ。」
「分かりました。」
コツコツと階段を上がる水瀬春の背中に追随するように白城も自身のスマホのライトの向きを上げ、階段を上がる。
「開けるからちょっと持って待っていてくれ。」
振り向く事なく突き出されたスマホを白城圭介が受け取り、水瀬春が扉を押し開ける。
ギィ、と蝶番が嫌な音を立てて開き、薄い光が戸の隙間から差し込む。
「よし、開いた。返してくれ。」
「どうぞ。」
「うむ。」
短いやり取りを交わした後、小さな部屋に上がる。
「...ここは?」
「駅前の倉庫だよ。とは言っても、こっちも高校の方と同じで旧倉庫の方だがね。」
「にして、高校の倉庫とは随分様子が違いますね。」
くすんでいるとはいえ、壁が灰色のコンクリート、そこに磨りガラスの扉と来れば白城圭介がそんな感想を抱くのも仕方のない話だろう。
「公共施設だからじゃないかな?」
取手を回し扉を開いて外に出る。
裏路地に面した倉庫の周りを見てみればマンションとビルに挟まれ、かろうじて残された空間に収まっているような感覚を覚える。
「...ああ、もしかしてここって旧広場の近くか?」
用務員が思い出したかのように声をあげる。
「その通り!昔は花壇があったそうだね。」
「そうだ。中央から少し離れた場所、確かにここも影になるような位置にあって、あぁ、一度改装されたからコンクリートだったのか...」
一人合点をする用務員から目を離し、白城圭介は水瀬春に声をかける。
「それで...先輩、繋がってるのは分かったんですが、それがどうして『人食い中庭』なんて名前になって七不思議の一つになったんですか?」
「それは...いや、説明は高校の方に帰ってからにしようか。」
「えっ、帰るんですか?」
「帰る。ここにもう用はない。」
同じ道を引き返し、高校の倉庫に戻る。
「ふぅ...んっ...あぁぁ...」
「用務員さん、今日はありがとうございました。」
大きく伸びをする水瀬春の隣で用務員に対し丁寧にお辞儀をする。
「ああ。なんだかんだ懐かしい気持ちになった。良い息抜きになったよ。こっちこそありがとう。」
無愛想げなのか変わらないが、少し穏やかになったような、安心したような雰囲気に変わっていた。
手を軽く振りながらどこかへ去っていく用務員を見送った後、白城圭介は水瀬春に向き直る。
「それで先輩、どうしてあの通路が『人食い中庭』なんて呼ばれるきっかけになったんですか?」
今回から見てくださった方も、一話から読んでくださっている方もどちらも本当にありがとうございます。
以前よりかなり間が空いてしまった事を心よりお詫び申し上げます。とは言え恐らく次もかなり空いてしまう事が予想されますので、どうか次もお待ちいただけたらなと思います。




