第9話 規格外バディ、正式登録
食後の俺たちは、ギルドへ向かって歩き出した。 宿舎から歩いて数分。 朝の喧騒は引き、昼前のギルドは落ち着いた雰囲気に包まれていた。 ──だが。 俺とナヤナが扉を押し開けた、その瞬間だった。 ざわっ── 空気が、明らかに変わった。 ナヤナは目を閉じたまま、ふわりと浮かんでいる。 その隣を、コート姿の俺が歩く。 昨日の訓練場での騒ぎ──どうやらギルド中に広まっていたらしい。 冒険者たちは、思わず道を開けた。 ささやき声が、あちこちから漏れる。
「……あの子が精神攻撃で……」
「魔法使い倒したの、こっちの男だろ」
「浮いてる……可愛い……」
俺とナヤナは、目立ちすぎるほど静かにギルドの奥へと通された。 通されたのは応接室。 テーブル越しに、ギルドマスターのグランが真剣な表情で待っていた。 受付嬢も、やや緊張した面持ちで資料を抱えて隣に立つ。 グランが重々しく口を開いた。
「さて──君たちを、正式にギルドに登録しよう」
その声は、いつになく真面目だった。
「通常、冒険者ランクはSからFまである。新人は基本的にF、あるいはEから始まる」
そう言いながら資料を捲り、こちらを見据える。
「だが、君たちには“Gランク”を与える。 “グレート”のG──すなわち、『規格外』という意味だ」
俺は、思わず眉をひそめた。
「……G? それって、Fより下とかじゃ……」
グランは笑みを浮かべて首を振る。
「いや、逆だ。“常識外”の力を持つ者にのみ与えられる特別枠だ。 前例も、想定も、対処法もない。 だから“別フォルダ”にしておく。まあ、ギルド流の保険みたいなもんだ」
(つまり……扱いに困ってるってことだな)
「……納得したよ。そういうの、嫌いじゃない」
グランがわずかに笑みを深める。 次に、装備の確認へと移った。 俺はホルスターから相棒──ニューナンブM60を抜き、テーブルに置く。
「これが、俺の武器。だが……弾は、もう残り数発。 このままだと、張り子の虎だな」
受付嬢が不安そうに銃を見つめる中、グランが腕を組む。
「その銃と弾丸だが……“再現できるかどうか”は別として、魔法工房で参考にしてみたい。 構造を詳しく見せてもらえると助かるな」
驚きながらも、俺は相棒をそっと差し出した。
「……本当か? できるなら、すごく助かる」
「地球の技術と魔球の魔術──融合する価値はあると思ってな。 知識は力だ。特にこの世界では、な」
次に、ナヤナが静かにカバンを差し出した。 銀と黒を基調にした、スリムで未来的なショルダーバッグ。
『……私の装備はこれだけ。 制服と、このバッグだけど──中身はちょっと特別です』
彼女がバッグの側面を軽くタップすると、 ──ポン。 空中に、タブレット、簡易カップ、ミニボトルがふわりと浮かび上がった。
「な……!?」
グランが目を見開き、思わず椅子から乗り出す。
「……次元収納……!? まだこの世界じゃ、理論すらまともに組めてない技術だぞ……!」
ナヤナは、当然のように言った。
『聖球では一般家庭にも普及しています。 “重いものを持たない”のは基本理念ですから』
(文明ってのは、本当に価値観を形にするもんだな……)
俺は素直に感心して言った。
「ナヤナ、それ最高じゃん。 弾薬でも食料でも入れとけるし、実戦でも大活躍できる」
その言葉に、ナヤナは珍しく小さく微笑んだ──が、やっぱり目は閉じたまま。
『……地球の人って、わりと実用主義ね』
グランが目を細めながら、やや控えめに問いかける。
「それも、預からせてもらえるか? 仕組みの一端でも見せてもらえたら、参考になる。 ……これは、国家レベルで騒ぎになってもおかしくない技術だ」
ナヤナは、一瞬だけ迷ったあとで頷いた。
『……中身、あんまり見ないでくださいね。 女子のバッグには、秘密が詰まってるんですから』
グランが苦笑して頷く。
「了解。覗くのはマナー違反だからな」
──しかしその目には、一瞬だけ、何かが閃いたようにも見えた。
「……だが、知るだけで“未来”が変わる仕組みってのは、実に興味深い」
***
ギルドへの正式登録は、思った以上にスムーズだった。 魔力量ゼロでも──いや、だからこそ、 俺たちの存在はこの世界に“新しい刺激”を与えていた。 未知は恐れられもするが、同時に──強く興味を惹きつける。 俺たちはまだ、何者でもない。 けれど確かに、“誰にも分類されない何か”として、 この世界に一歩踏み込んだところだった。
「……さて、最後に──これだ」
グランが手のひらを掲げると、空中にふわりと浮かぶ二つのブレスレット。 魔石がはめ込まれ、淡い光を放っていた。
「これは、“魔印ブレスレット”。ギルド登録証の代わりだ。 個人情報の記録、依頼管理、身分証、魔力感知、位置追跡──全部これ一つでこなせる」
受付嬢が続けて説明を引き継ぐ。
「魔力量の有無は関係ありません。 魔石が反応していれば、非魔法系の方でも使用可能です」
「なるほど。地球にはない発想だな。便利すぎるくらいだ」
俺は一つ手に取り、右手首に装着した。 カチリ。軽い音と共に、魔石が反応して淡く光る。 隣でナヤナも、自分のブレスレットを念動力で操作しようとする──が。
『……ん?』
浮かんだままのブレスレットが、空中でプルプル震えていた。 どうやら、金具の部分がうまく噛み合わないらしい。 ナヤナの腕に自動で巻きつこうとして、空回りしていた。
「……こりゃ、手でつけたほうが早そうだな」
俺は椅子を引いて立ち上がり、ナヤナの手元へ歩み寄る。
「ほら、こうやって──」
何気なく、彼女の細い手首を取る。 ブレスレットをくるりと巻きつけて、カチリと固定した。 ──その瞬間。 ナヤナの動きが、ぴたりと止まった。 ほんのわずかに、呼吸が乱れる。
(……う、そ……)
聖球星では、“他人にブレスレットを装着してもらう”ことは── 伴侶関係、あるいはそれに準じる絆を示す、極めて私的な行為。
(……ここは違う星。違う文化。……でも……)
彼女の念話が、かすかに揺らぐ。波長に乱れが走る。 空間の気配が変わり、微かな念波が辺りの空気を震わせた。
「どうかしたか? 締めすぎたか?」
隼人の問いかけに、ナヤナは視線を逸らす。 わずかに頬が熱を帯びていた。 だがそれを隠すように、顔を引き締め──
『──っ、い、いえっ……な、なんでもありません……』
口元は固く、ぎこちないが、 目元はわずかに緩んでいた。 その微妙なバランスが、かえって感情の揺れを際立たせていた。
『……このまま、つけてても……いいんですか?』
「ナヤナ、似合ってるよ」
その一言に、ナヤナは小さく瞬きをして── そっと、隼人のほうへ体を傾けた。 あたかも、何事もなかったかのように。 だがその動きには、ほのかな迷いと、ときめきの余韻が滲んでいた。
そんな様子を見て、グランと受付嬢は顔を見合わせ、 なぜか妙に気まずそうに、目を逸らした。
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