第8話 呼び名と、パンと、君の温度
ギルド専属宿舎の朝── 鳥のさえずりと、淡い朝日がカーテン越しに差し込む。 俺は、その光に目を細めながらベッドで身を起こした。 昨日の出来事が、まだ脳裏に生々しく残っている。 訓練場での実戦。 ナヤナの静滅波。そして、俺の──見事な失神。
(……まあ、生きてりゃ、丸儲けだ)
軽く伸びをしたところで、控えめなノック音が響いた。 ──コン、コン。
「……どうぞ」
扉が静かに開き、銀の髪がふわりと揺れる。 ナヤナが浮遊しながら、まるで水のようにすうっと部屋へ入ってきた。 その姿はやっぱり、現実感のないほど“静か”だった。
『……昨日は、ごめんなさい』
念話が、そっと届いた。 その響きは、どこか──少しだけ、萎縮しているように聞こえた。 俺は、ふっと笑って首を振る。
「大丈夫だよ。 あれくらいでくたばるタマじゃない、俺は」
けれど、すぐに少しだけ声を落とす。
「……でも、無理させたよな。 俺の“地球の感覚”を、押しつけちまった。ごめん」
ナヤナはぴたりと浮遊を止め、床へ降り立つ。 少し迷うような間のあと──ぶっきらぼうな念話が返ってきた。
『……まあ、許してあげる。 開眼と発声については……今回だけ』
少しふくれっ面。 ちょっと可愛い。 そして、ナヤナは一瞬だけ逡巡したあと、 ほんの少し、勇気を出すように言った。
『……それと、これからは──“ナヤナ”って呼んで』
俺は一瞬驚いたが、すぐに笑った。 そして手を差し出す。
「……わかった。じゃあ俺のことも“隼人”って呼んでくれ。 異世界の異邦人同士、名前くらい気取らずにいこうぜ」
ナヤナは、一瞬ぽかんとしたような気配を漂わせ── おずおずと手を伸ばす。 その手は小さくて、ひんやりとしていて、 でもちゃんと──繋ごうとしていた。
「よろしくな、ナヤナ」
『……うん。隼人』
その一言で、 この朝の空気が、少しだけあたたかくなった気がした。
***
ギルド専属食堂《渡り鳥の羽休め亭》 朝の店内は、パンの焼ける香ばしい匂いと、冒険者たちの活気で包まれていた。 俺とナヤナは、窓際のテーブルに並んで座る。 運ばれてきたのは、よく分からない素材のモーニングセット。 パン、ベーコン、サラダ、スープ、ジュース── この世界の“日常の味”。 ナヤナは椅子に座らず、ふわりと浮いたまま食事を始める。 パンが念動力でふわっと宙に浮き、空中で正確に切り分けられていく。 ジュースは器から液体を球体にして、すうっと喉へ。
(……すげぇ)
まるで無重力の中で生きてるような光景だった。 未来的というより、もう“異文化”そのものだ。 けれど、その所作に──俺は、言葉にならない感情を覚えていた。
(……なんか、かっこいい)
視線を上げると、ナヤナは目を閉じたまま無表情。 けれどその立ち居振る舞いには、どこか凛とした気高さがある。
「ナヤナ」
名前を呼ぶと、念話が返ってきた。
『……なに?』
俺は、素直な気持ちを口にした。
「……その食べ方、すげぇカッコいいな」
──ふわり。 ナヤナの浮遊が、ほんのわずか上下に揺れた。
(か、かっこいいって……!?)
内心では大爆発だったが、外見は鉄壁のポーカーフェイス。
『……聖球では、普通の作法です』
念話の音程が、ほんの少しだけ拗ねているようにも聞こえた。 俺は笑いをこらえて、普通にパンをちぎり、ベーコンを豪快にほおばる。 ──もぐもぐ、ごくごく。 ナヤナは、その様子を念で“見る”。
(野蛮……。けど、なんだろう……)
ほんの少し、心があたたかくなるのを感じた。
(……なんか、頼もしい)
でも、言葉はやっぱりツン。
『……野蛮な食べ方』
そう言って、ぷいっと顔を逸らす──目は閉じたままだけど。 俺はにやにやしながら、パンを追加でもぐもぐ。 異世界の、ささやかな朝。 けれどその中には── 確かに、小さな“信頼”と“感情”が芽を出し始めていた。
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