【断章】 観測者ヴァルター
静寂に満ちた魔導研究棟の最深部。
厚い魔力障壁に包まれた部屋には、巨大な魔法陣が淡く輝き、空間の狭間が低く唸っていた。
宰相ヴァルター・グランディアは、背後に控える研究官たちすら遠ざけ、ただ一人、封印の間の中心に立っていた。
「──時空の神よ。我が声を刻め」
低く抑えた声と共に、彼の指先が浮かぶ魔導陣に触れる。
波紋のように広がった光が、空間の奥に封じられた記録を呼び起こす。
時空魔導の召喚実験──転生者たちの呼び寄せ、そしてこの世界への転移に関する全データがそこにあった。
「地球星より、風間隼人。聖球星から、ナヤナ・ラーティ。
……どちらも完璧な召喚成功だ。能力、知性、技術──すべてが“理想的”」
スクロール状に展開された幻視映像には、隼人が拳銃を構えた瞬間、ナヤナが精霊すら凌駕する念動力で浮かぶ様子、さらには爆炎に包まれるギルド工房の記録が映し出されていた。
「……少々、自由に動かせすぎたか。
予定より早く、あの二人は“思考”を始めた。
利用する前に排除する。それは……性急だったかもしれんな」
だが、ヴァルターの表情に焦りはない。
冷徹な計画者の眼が、静かに、そして確実に未来を見据えていた。
「特異点が複数存在すれば、世界の均衡は崩れる。
我々が今、かろうじて保っている“秩序”は、ひとたび外部の知識と干渉を許せば瓦解しかねん。
そして……彼らの世界の技術、思想、進化した倫理体系──」
ヴァルターは言葉を切り、右手を高く掲げた。
その手のひらには、かつて隼人が持ち込んだ拳銃の模造品が浮かんでいる。
「たった一つの道具が、この世界の武力体系を覆す。
ただ引き金を引くだけで命を奪える。
修練も血統も、才能もいらぬ……“誰でも使える”兵器。
あれがこの世界に拡散すれば、国は壊れる。魔導は陳腐化し、統治は崩壊する」
彼の声に、初めてわずかな苛立ちが混じる。
「……だから、私が支配する。
彼らの知識も能力も、我が手中で管理しなければならぬ。
“世界を守るため”にな」
封印装置の前へと進み、ヴァルターは転生の門──先代が禁忌として封じた召喚装置に手を添える。
それは、時空を超え、あらゆる世界から“選んだ者”を呼び出す権能の結晶。
「祖父が果たせなかった“魔導による世界統一”──
それを、私が完成させる。
この手で世界を制御し、人類を導く。
我が名は、万世に轟く支配者として刻まれるだろう」
彼は薄く笑い、封印装置の中心に埋め込まれたクリスタルに視線を落とす。
その奥で脈打つ深紅の光が、静かに明滅を始めた。
「第三の転生者よ──次は、お前の番だ。
我が覇道に欠かせぬ兵器、手に入れてみせよう。どの世界からだろうと、必ずな」
──深紅の輝きが天井を貫き、時空が再び軋みを上げる。
新たなる災厄の胎動が、確かに呼び寄せられようとしていた。
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