第2話 浮かぶ少女、喋らない少女
──空気が、重たかった。 静かすぎるほど静かな世界。 音も、光も、肌に触れる風さえも……全部、いつもと違っていた。 ナヤナ・ラーティは、町外れの石畳の上にただ一人、ぽつんと浮かんでいた。 足は地につかず、制服の裾が風に揺れる。 浮遊状態──精神を安定させるための姿勢。けれど今は、それすら心許ない。
(……ここ、どこ……?)
心の中で思った瞬間、念波が自動的に周囲へ発せられた。 だが──何も返ってこない。 いつもならすぐに返るはずの応答信号も、通信端末も、ただの沈黙。 胸の奥が、ふっと冷える。 思考を無理やり落ち着け、状況を巻き戻す。
――下校時間だった。 聖球星、中央第六学区・高等精神育成学校。 終礼を終えて、いつものように転送ポータルへ向かった。 銀と青の制服に身を包み、パーソナル転移装置のゲートに立った、その時。 赤い光。警告音。焼きつくようなアラート。 《転送エラー。空間座標制御不能》 瞬間、視界が歪んだ。 音が消え、光がねじれ、重力の感覚が千切れて── 次に目を開けたら、そこはこの世界だった。 ナヤナは、異世界の空の下にいた。
(……なにこれ……どうして……)
思考はクリアなはずなのに、心だけが落ち着かない。 身体は浮いているのに、内側だけがずっと沈んでいくようだった。 空を見上げる。 薄く青紫がかった空は、どこか柔らかいのに、やけに現実的で……冷たい。 陽光は穏やかだけど、肌に刺さるような異質さを孕んでいた。
(空気……魔力が飽和してる。未調整、未制御……こんなの、聖球星じゃ考えられない)
制服が異様に目立っていた。 銀と青のラインが入った近未来ファブリック。 環境適応、保護、温度調整──全部揃った高等教育用の機能服。 それなのに、今はこの場にいること自体が“間違い”のような気がしてくる。
(……誰もいない。誰も応えてくれない)
不安。 その言葉を、彼女は普段使わない。 でも今は──確かに、それが胸に根を張っていた。 怖い。 理由も、仕組みも、少しずつ分析できてしまうからこそ、逆に怖い。 この世界の“理”が、自分の常識と合っていない。 だからこそ、今の自分では──どうすればいいのか、わからない。
(落ち着いて。私は、ナヤナ・ラーティ。訓練を受けてる……はず)
だけど、自分に言い聞かせる声はどこか震えていた。 ふと、胸の奥で“何か”が騒ぎ出す。 誰かの声が聞こえた気がした。違う、気配だ。 ナヤナはそっと、身体を回転させる。 周囲には何もない。念波にも反応はない。 けれど──直感が、ひとつの建物を指し示していた。 町の中心へと続く道。 その先に、簡素な石造りの建物が見える。 ──扉の上に、見たことのない文字。 【○○○○】 読めない。 でも、なぜか感じる。 あそこに行けば、“何か”がある気がする。 今の自分に必要な何かが、あの扉の向こうに。
(……行くしか、ない)
ふわり。 ナヤナは、地面から数センチの高さを保ったまま、そっと進み出す。 浮遊移動──聖球星の文化では、最も静かで礼儀正しい移動手段。 けれど今は、それが精一杯の“自己防衛”だった。 無表情の奥に、不安がゆらいでいる。 誰にも見せないつもりでも、心のどこかで──誰かに見つけてほしかった。
(……誰か、いるの……?)
その思念は、空気に溶けて消えていく。 けれどほんの数分後。 彼女は“扉”の前で── もう一人の異邦人と、出会うことになる。
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