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初めまして、恋人になってください

 西欧史概説の講義が終わり、資料をまとめ、筆箱やファイルをリュックにしまって、教室を出た。


 最後には、石蕗つわぶきさんから差し出された紙切れをパーカーのポケットに突っ込んで。


「あ」


 教室の出口で、あの黒髪の女の子、石蕗つわぶき莉々リリアが待ち構えていた。桃色のケースに入ったスマホを片手に、俺の存在に気が付いて、鋭い視線を送った。


 どうして、獲物を見定める獣のような眼光を向けてくるのかな……?



 困惑の色濃いまま、彼女に恐る恐る近寄ると、唐突に「付いて来て」と告げられた。


「は、はい……」


 困惑しながらも、彼女のまっすぐな背中を追った。


 ちょうど昼休みの時間帯なので、多くの学生や教員が食堂へと移動している。



 ただ、俺と石蕗つわぶきさんの二人は、人気ひとけのない、3号館6階への階段を駆け登った。


 紙切れのメッセージで指定された通り、3600号教室へと到着する。


 ここまで、互いに、無言である。……かなり気まずい。


「はじめまして、どうも。石蕗つわぶき莉々リリアです。リリアって呼んでいいよ」


「あ、ああ、どうも、リリアさん。俺は、大空 みなとって言います。よろしく……」


「よろ」


 石蕗つわぶき――改め、リリアさんは、俺と向き合うように座って、机の上に、お弁当箱の包みを広げた。どうやら、ここで昼食を共にする気らしい。


「……」


 何を話してよいかも分からず、俺も、彼女に倣って、お弁当箱を取り出した。


「……」


「……」



 やべぇ、めっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ気まずい!!!!


 ほぼ初対面なのに、急に昼食に誘われて、こんな人気ひとけのない、静かな教室に連れられて二人きりで、何を話題にすればいいか、わからない。


「あの……」


 気まずさにえかねて、開口した。


「ん?」


「なんで、俺をこの教室に呼び出したんですか?」


「湊くんを友達……いや、私の大切なパートナーにするためだよ」

「ぅ……うん?」


 まだ、初対面だぞ。お互いの趣味も生活も知らないで、大切なパートナーなんて、バカげている。


 リリアは、ちょっと言葉を詰まらせながら、惜しみなく言う。


「えっと……その……うん、前から、あなたのこと、素敵な人だと思ってたから」


「え、話したこともないよね、俺たちって」


「うん」


「つまり、誤解を恐れずに言うと、一目惚れ的な……?」


「そう、あなたに一目惚れしてたの」


「ああ……そうなんですね」


 プチトマトを頬張り、リリアは首を縦に、小刻みに振った。俺って、一目惚れされるほど、見た目に特徴無いし、特別イケメンでもないぞ。


「ぐ、具体的には、俺のどんなところが、気に入ったの?」


「なんか、平凡で、飾らないところ」


「そ、そっか……」


「あと、髪綺麗。あと、お肌綺麗。爪もちゃんと切ってあって、髭も丁寧に剃ってあって、清潔」


「あ、ああ……ありがとうございます……」


 付け足し継ぎぎで、俺の良いところを列挙したリリア。まあ、清潔感があると言われて、本音は嬉しいのだが、その誉め言葉の真意が分からない。単純に褒めているだけなのか、あるいは、もっと深いメッセージが込められているのだろうか。


 リリアの表情は、変化に乏しく、元からのクールな印象が、さらに引き立てられる。


 また、話し声のトーンが低く、落ち着いた感じだ。


 表情が薄いので、一体、彼女がなぜ、俺なんかを呼び出したのかを推察することも困難だった。


「で、何で急に?」


 ならば、本人に直接聞くしかあるまい。


「何度でも言うよ。湊くんを、私の一番のパートナーにするため」


「ということは、今日から俺とリリアさんは、友達ってこと?」


「ううん。友達という関係を通り越して、恋人同士」


「それは、いくら何でも無茶がありませんか……今日、俺とリリアさんは、初めて話したばっかりなんですよ……?」


 当然だと主張するように、リリアは、卵焼きを飲み込んで、箸を置き、両手でハートマークを作った。一挙手一投足が、かわいい。かわいいけどさぁ……


 いくらなんでも無理がある。「今日から恋人同士」なんて。



 俺は、神から、リリアが運命の人であることを知らされているから、彼女のことを意識していたが、彼女は、そのことも――来年のとある日に死ぬことも、全部、知らないはずなのだ。



 だから、彼女の方から猛烈にアプローチされることが、ヘンテコに思える。


「無理じゃない。私と湊くんなら、幸せラブラブの恋人になれる。そう信じてる」


「何を根拠に……まあ、俺、友達いなかったんで、そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」


「だめ。友達じゃなくて、湊くんと、私は、今日から恋人になるの」


「こだわり凄いっすね……」


 その後、湊とリリアは一緒にお弁当を食べながら、雑談を交えて、多少は、交友を深めることができた。



******


大空おおぞら みなと


趣味:読書。音楽もときどき聴く(クラシック、教会音楽、ボカロ、電子音楽)

最近は、お弁当のおかずを凝って作っている。ハンバーグがお気に入り。料理は、ある程度できるほうだと自負している。


******


石蕗つわぶき莉々リリア


趣味:推し活(アイドル、Vtuber、歌い手)、カラオケ、漫画読む、映画鑑賞

彼氏募集中


*******



 特に、音楽関連で話の調子が合ったことは、嬉しかった。


「週末、一緒にどこかに行こう。予定、大丈夫?」


 リリアから、週末に遊ぶことを提案された。


「え、ああ。大丈夫だけど」


 俺は、一足早くお弁当を食べ終わった。



 週末の予定は、特になし。


 せっかくだからと、一期一会を大切に、リリアと時間を共有してみようと思い、オッケーの返事をした。


「どこに行こうか」


「うーんと……お昼をサイゼで食べて、映画見て、カラオケ行って、私の家に泊まるでどう?」


「ええ!?予定山盛りだし、家に泊まるって、いきなり過ぎないか!?」


「だって、私と湊くんは、恋人同士でしょ?家に呼んでも、なんら不思議じゃない」


「思い出して!俺たち、今日、初対面で、話したばっかりだよ!?」


「関係ないよ」


「大ありだよ!」


「とりあえず、週末に来てよ、サイゼ」


「まあ……それと、映画と、カラオケぐらいなら、いいけど……」


「あ、連絡先交換しよ」


「ああ、分かった……」


 結局、彼女と週末に遊ぶことを約束してしまった。ついでに、電話番号やチャットIDなどの連絡先も交換した。



――そうだ。


 神様の言葉が正しいなら、彼女は、来年の12月17日に【死ぬ】んだ。


 であるならば、彼女と残りの1年と2か月ちょっと……目いっぱい、楽しく過ごしたいし、あわよくば、彼女を救う方法を見つけたい。だから、彼女のことについて知って、彼女と仲良くなりたい。


 そのために、彼女の多少おかしな言動には、目をつぶっておこう。




 奇妙で、不思議で、歪な、リリアとの恋人関係がスタートした。

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