episode:20 暗闇の森のヌラリヒョン
この作品は天道暁によるオリジナルのスーパー戦隊作品です。現在放送されているスーパー戦隊シリーズを制作・放送している各団体とは一切関係ありません。
オープニングテーマ「your kind!」
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照り付ける日差しが重なりあう緑の陰に遮られ、しかし枯れ葉と腐葉土の積み上がった地面からじっとりとした夏らしさがこみ上がってくる、そんな森の奥深く。
昆虫研究家の男は捕虫網を片手にさ迷い歩いていた。
男は近隣のお土産屋の老主人から、この森に関する良くない噂を聞いていた。
しかし迷信の類いを全く信じない男は、まだ見ぬ新種発見の希望を胸に、意気揚々とこの森に立ち入った。
が、男は道に迷ってしまった。
スマホは圏外、GPSも役に立たない。
男は「よくない噂」は迷いやすい森に人が近寄るのを防ぐためにこの土地で伝えられている民間伝承ではないかと推測した。
その時、どこかから聞こえてきたピアノの音。
耳を澄ませてみると、それはどこかで聞き覚えのあるメロディ。
「かーらーすー なぜ鳴くのー……」
思わず口ずさんだ直後、気配を感じて振り向くと男の視界全てを覆い尽くす真っ黒な靄のような闇の塊が蠢いていた。
「うわあああああああああああああああああ!!!!!!」
「夢幻戦隊ヨーカイジャー」
episode:20 「暗闇の森のヌラリヒョン」
妖怪の里・ヨーカイジャー秘密基地。
大型モニターの前の智和と、招集されたヨーカイジャー5人。
モニターに映っているのは、河童ヶ沼のリアルタイム映像。
沼から上半身を出しているメガガッパーと、沼の淵に立つ肩から腹部にかけて包帯を巻いているネネコガッパ。
モニターを見た結月が叫ぶ。
「ネネコちゃんどうしたの!?」
思いがけず「ちゃん」付けされたネネコガッパは半笑いで頭を掻く。
「あー、オレとしたことがミスっちまった」
「悪魔にやられたの?」
「いや、今回は悪魔じゃねえんだ」
〔ウム……〕
包帯を巻いた孫娘の背中を視界の端に入れながら、メガガッパーが神妙な面持ちで話し始める。
〔奴の名はヌラリヒョン。妖怪じゃ〕
集まった智和以外の人間達は顔を見合せる。
〔妖怪にも色々な奴がおってのぅ……〕
「そういえば、昔カシャが人類保護反対派の過激派妖怪と戦ったという話でござったな」
〔ウム。妖怪の多くは、人間を保護するべき生き物と考えておるが、中にはそうでない妖怪もおる〕
「ヌラリヒョン……オイラ聞いたことある。確か人間殺して指名手配されてる妖怪だよな?」
〔あちこちの森を転々としながら、迷い込んだ人間を闇に引き摺り込んで殺して回っておるようじゃ〕
「ようやく今の潜伏先を見つけて、オレ達妖怪治安維持部隊が向かったんだが……このザマってワケよ」
「ええ!? みんな大丈夫なの!? オイワちゃんとか!!」
「オレの部下達はそんな簡単にくたばるようなタマじゃねえからな。妖怪大病院に入院はしたけど、全員命に別状は無ぇ。オイワも見た目は可憐な少女って感じだが、あれでバッキバキに鍛えてんだぜ」
「よかった~バッキバキなんだ~」
智和は結月の反応に少し緊張感をほぐされながらも、モニターのメガガッパーに顔を引き締めて問いかける。
「いつもなら妖怪が起こした事案は妖怪治安維持部隊が対処することになっているはずですが、俺達ヨーカイジャーに話が来るということは……」
〔ヌラリヒョンは強い。妖怪と人間の力を合わせて戦える、お主らヨーカイジャーでなければ対処が難しいと判断したのじゃ〕
「ほんとはおめぇらには、過激派妖怪よりも厄介な悪魔との戦いに集中してもらいてぇんだが…………なっさけねぇ……」
肩の包帯を引っ張りながらため息をつくネネコガッパに、智和がモニター越しに微笑みを向ける。
「気にするな。いつもお前らには世話になってるんだ。特に隊長のネネコガッパには負担を掛けてしまって済まないと思ってる。今日ぐらいゆっくり体を休めて治療に専念してくれ」
「バ……バッキャロー! 別におめぇのためにやってるわけじゃねぇんだからな! 勘違いすんなよ!!」
智和とネネコガッパ以外の全員が心の中で「いつものやつだ……」と呟いた後、拓実が手を挙げる。
「あのさー、その、おひょいさんとかいう妖怪は……」
「ヌラリヒョンな」
「なんで人間を殺すんだ?」
モニターの中のメガガッパーが腕を組んで目を閉じる。
〔ウーム……ワシが知っているヌラリヒョンは、心の優しい妖怪だったはずなんじゃが……。身寄りの無い妖怪の子供を集めて孤児院のようなことをやっておってのう。子供達からは『ヌラリヒョン先生』と呼ばれて慕われておった。それがある日突然人間を殺して行方を眩まし、その時預かっておった子供達も、今はどこでどうしているのやら……〕
「そっかー。まぁとにかくそいつを見つけ出して……えーっと、やっつけなきゃいけない?」
「俺達がやることは、ヌラリヒョンを捕らえて妖怪の里に連行すること。悪魔は強すぎるし価値観も違いすぎて話し合いの余地も無いから仕方ないが、妖怪の社会に死刑は無いから、罪を犯した妖怪に対する一番重い刑罰は終身刑だ」
「つまり、とっ捕まえりゃあいいってことだな!」
任務の確認が終わり、ヨーカイジャーは秘密基地を出る。
外には拓実をここまで乗せてきたカラステングが腰を下ろして待機している。
「よーしカラステング、ヌラリヒョンの森までひとっ飛び頼むぜ!」
〔悪ぃ、俺今日この後用事あるんだ〕
「そっか。じゃ、移動はゲキリンダーに頼むか」
「それがゲキリンダーは今、中国の偉い妖怪に呼ばれて里帰りしててな……」
「何? あいつまたなんかやらかした? 四聖獣ナンパでもした?」
「それはあいつならやりかねないが……そういう怒られる系ではないらしい」
「そりゃよかった。じゃあどうしよう?」
カラステングが立ち上がって砂を払う。
〔仕方ねぇ、俺が行くぜ〕
「え、いいのか用事?」
〔ああ、ヨーカイジャーの任務に比べたら大した用事じゃねえし〕
こうしてヨーカイジャー初期メンバー5人はカラステングの、勝はブルクダンのコクピットに乗り、ヌラリヒョンが潜む森へと向かった。
中国・大慈恩寺。
跪くゲキリンダーの前に後光を背負いながら3体の大妖怪が降臨する。
サル顔のシルエットの大妖怪・飛天妖怪トウセンショウブツ。
「よぉゲキリンダー! 調子はどうだ?」
「先日の戦いの傷がまだ少し痛みますが、お陰様でなんとかやっています」
ブタ顔のシルエットの大妖怪・剛力妖怪ジョウダンシシャ。
「故郷の美味しい物を食べて休めば、きっと良くなるでしょう」
「はい、こちらの薬膳料理は味も効能も素晴らしいです」
カワイルカ顔のシルエットの大妖怪・水棲妖怪コンシンラカン。
「ゲキリンダー、今日はやけに眩しいな?」
「皆様方の後光が反射しているのでしょう」
3体の中心のトウセンショウブツが、背筋を張っていた姿勢を崩して話し始める。
「今日来てもらったのは他でもねえ。実はもうすぐ、おめぇと一緒に戦ってるヨーカイジャーに大変なことが起きる。そのとき、おめぇの時を操る力が必要になる。おめぇはその力を使うのがあまり好きじゃねぇみてぇだが、ヨーカイジャーを助けるために使ってやってくれ」
「はい。あまりあの力を人間に貸してやりすぎるのは良くないと考えてはおりますが、必要とあれば迷わず使います」
ジョウダンシシャがシルエットでもわかる微笑みを見せる。
「是非、ヨーカイジャーのお嬢さん達のために使ってあげてください」
「お嬢さん達限定ですか。そのお気持ち、物凄くわかります!!」
コンシンラカンがため息をつく。
「妙なところで気が合うのだな……」
「はい。恐れながらジョウダンシシャ様にはそこはかとないシンパシーを感じさせて頂いております。それでその、ヨーカイジャーに大変なことが起きるとは、一体どのような?」
「そいつはそんときが来りゃあわかる。あんまり未来のことをネタバレしすぎるのはおめぇらのためになんねぇ。そんときが来たら、自分達の目で確かめろ」
「未来のことを…………。確かに」
神妙な面持ちのゲキリンダー。
ジョウダンシシャがパンと手を叩く。
「さぁさぁ、久しぶりに中国に帰ってきたゲキリンダーさんのために、宴を用意していますよ。みんなあなたを待っています」
ゲキリンダーは勢いよく立ち上がる。
「みんな!? ということは、スザク様もお見えになっているのですか!?」
「あ、スザクは来てねぇよ。戦いで疲れてるから休みてぇってさ」
「せっかくのお心遣い恐縮ですが、共に戦う仲間達が待っています。次なる戦いに備え、一刻も早く日本に戻り……」
「わっっっかりやすいなてめぇ!」
「まあまあ、初恋の相手に会えないのは残念でしょうけど、あなたがこちらの妖怪との交流も大切にすることは、妖怪同士の国際的な協力関係の強化にも繋がります」
「確かに。であれば本日は、お言葉に甘えさせて頂きます」
「おー! そうしろそうしろ!」
「ところで、スザク様が戦っておられたということは、やはりこちらにも悪魔が?」
「ああ。日本ほどじゃねぇがな」
「日本人は悪魔にとって、負の感情を煽りやすい精神性を持っている民族。それ故に悪魔は日本での活動に特に力を入れているのだろう」
「そちらは大変でしょうが、我々は中国からあなたやヨーカイジャーのお嬢さん達を応援しています」
「お嬢さん達限定ですね。ありがとうございます」
ゲキリンダーは再び跪き長い首を下げる。
「さ、そろそろ行こうぜ。旨いモン食いながら、ヨーカイジャーの話聞かせてくれよ。もちろん、お嬢さん達限定じゃなくてな」
「はい!」
ゲキリンダーは立ち上がり、3大妖怪の後に着いて宴の場へ向かう。
妖怪治安維持部隊がヌラリヒョンと交戦した森。
カラステングとブルクダンは森の入口で待機し、ヨーカイジャーは妖怪の気配を感じ取れる勝を先頭に木々の間を進んでいく。
歩くほどに光は薄くなり、セミの声と風に揺れる木々の香りが暗い森の中でも夏を思い出させる。
武士が寄って来た蚊を素手で摘まんで掴まえた。
千影が持参した虫除けスプレーを皆で全身に振りかける。
そうして歩いていく中、勝が何かを察知して立ち止まる。
「なんか来る……!!」
セミの声が止まり、ヨーカイジャー達の耳に馴染みのあるメロディを奏でるピアノの音が聞こえてきた。
結月が思わず口ずさむ。
「かーらーすー なぜ鳴くのー……」
音のした方を振り向くと、真っ黒な靄のような闇の塊が蠢きながらヨーカイジャー達に迫っているのが見えた。
「妖怪変化!」
全員変身。
防御姿勢を取った次の瞬間には、ヨーカイジャー達は一切の光も無い暗闇の中にいた。
「これがヌラリヒョンの能力…………みんないるかー!」
「いる! でも何も見えない!」
「オイラは見える!」
「あたしもなんとか!」
「拙者は気配を感じられる!」
「これって妖力で真っ黒闇にしてるんだよね? だったら……みんな伏せてー!!」
イエローの声に何をやろうとしているか察した5人は言われた通りに地面に伏せる。
イエローは暗闇の中でカードホルダーの中の前から7番目のカードを取り出しムゲンブレスに入れる。
ガキの能力が発動し、闇の妖力はイエローのムゲンブレスから現れたガキの口のような物に吸収されていく。
やがて人間の目にも木々の色形が判別できるほどの視界が開け、イエローが闇の吸収を止めた頃、闇が迫ってきた方向から地面を重く踏みしめる足音が聞こえてきた。
ホオジロザメに屈強な手足が生えたような姿の妖怪が、黒いオーラのような物を身に纏い、瞳を赤黒く光らせながら歩いてくる。
「お前が……ヌラリヒョン……」
「人間……妖怪もいるようだが……」
「ああ、オイラは妖怪だ! 人間と仲良くしてる! お前も人間と仲良くしよう!」
「ウワアアアアアアアア!!!!!!」
ヌラリヒョンは叫びながら、妖力をピアノ型に生成して鍵盤を叩く。
先程と同じ聞き覚えのあるメロディ。
闇のオーラが無数の鞭のように変化しヨーカイジャーに襲い掛かる。
ヨーカイジャーはそれぞれ武器を装備してそれを払い除けるが、黒い鞭は際限なくヨーカイジャー達に向けて叩き付けられるため、このままでは体力を奪われていくばかり。
「だったら……」
グリーンがユキオトコの能力カードを発動。
両手から吹雪を放出し黒い鞭を全て凍りつかせる。
「今だ!」
素早いレッドとピンクがフェザーガントレットとスキャットクロウで凍りついた鞭を砕きながら走り、ヌラリヒョンの懐に入り一撃を喰らわさんと右腕に力を込めたところでそれぞれ片手で首を掴まれ、締め上げられると同時に黒い妖力を流され苦痛の声を上げる。
その声に誰よりも早く反応したイエローがライジュウの能力カードを発動。
コンコンボーから電撃を放つが、それは放り投げられたレッドとピンクを直撃しヌラリヒョンには届かなかった。
イエローは火花を散らしながら地面に叩き付けられた二人に駆け寄る。
「ごめん!!」
「いいよ、助かったから!」
「千影ちゃん悪くない!」
イエローは起き上がったピンクを抱き締める。
ピンクは優しいぬくもりを感じながら、怒りの眼差しを向けてくるヌラリヒョンに叫ぶ。
「どうしてこんなことするの!? あなたは本当は優しい妖怪なんでしょ!?」
「どうして……? どうしてだと……? それは……それは……人間のせいだアアアアアアアアア!!!!!!」
ヌラリヒョンが妖力のピアノであのメロディを激しく殴りつけるように打ち鳴らす。
すると膨大な闇のオーラが放たれ稲妻のようにスパークしながらヨーカイジャー達を飲み込んだ。
「うわああああああああ!!!!!」
闇に包まれたヨーカイジャー達は苦痛に耐えながらも何とか脱出を試みるも、急激に体力を削られ動きを鈍らされていく。
ヌラリヒョンが尚も激しく鍵盤を打ち鳴らす、その眼前の闇が完全に沈黙し戦いの決着が示されたかに見えたその時、闇の中から飛び出したシルバーがモメンカッターを縦一文字に振り下ろした。
その一撃はヌラリヒョンの顔面で火花を散らすと同時に妖力のピアノを両断。
ヌラリヒョンは衝撃で数歩後退、闇は次第に晴れ、互いに支え合いながら立つヨーカイジャー達の姿が光の元へ帰ってきた。
「オイラ達みたいに、妖怪と人間は仲良くなれるはずなんだ。教えてくれ……何があったんだ!!」
「それは……」
とある森の奥、ヌラリヒョンが開いた孤児院。
そこには親を亡くしたり、はぐれたり、様々な事情により親と暮らせなくなった妖怪の子供達が暮らしていた。
ヌラリヒョンは子供達と寝食を共にし、勉強を教え、共に駆け回って遊び、時には叱り、時には全力で褒め、親となり先生となり、子供達を守り育て、やがて巣立っていく子供達を涙を流しながら見送った。
メガガッパーから妖怪の里に移らないかと誘われたこともあったが、里の外でやることに意味があるのだと、ヌラリヒョンは里の外の森で孤児院を続けた。
そんなヌラリヒョンと子供達が特に好きだったのが、音楽の時間。
ヌラリヒョンのピアノに合わせて子供達が歌う、その時間が皆何よりも楽しみだった。
そんな音楽の時間、子供達が一番気に入っていた歌が……
「七つの子……」
「そうだ…………あの歌を歌う子供達の笑顔…………大切な……私の宝物…………なのに!!」
ある日、森の孤児院に一人の人間の猟師が迷い込んだ。
好奇心旺盛な一体の妖怪の子供が、その猟師に興味を持って近付いた。
ただ、近付いただけだった。
しかし猟師から見ればその妖怪の子供はこの世の物とは思えない恐ろしい姿をしており、迷い込んだ森で突然出くわしたそれに恐怖し悲鳴を上げながら持っていた猟銃を発砲。
妖怪といっても強さ丈夫さは様々。
銃弾ごときで傷付きもしない妖怪もいれば、そうではない妖怪もいる。
ましてや銃弾を食らった妖怪は子供。
ヌラリヒョンが銃声に気付き、駆け付けたときにはもう、撃たれた妖怪は息絶えていた。
ヌラリヒョンは怒りに震え、唸り声を上げながら猟師を闇で包み込み死に至らしめた。
振り向くと、そこにいたのは怯えた目をした子供達。
「私にはもう、君達の側にいる資格は無い……」
そう言い残し、ヌラリヒョンは撃たれた子供妖怪の遺体を抱きかかえて孤児院を去った。
遺体はその後、ヌラリヒョンが森の中に墓を作り手厚く葬った。
残された子供達がどうなったのかは、誰にもわからない。
ピンクは俯きながら小さな拳を握りしめる。
「誰が悪いかなんて、言えないよね……」
暗い森そのものがのしかかってくるような空気を振り払うかのように、レッドが前に出る。
「でもよぉ、ヌラリヒョンが殺したのって、その猟師だけじゃねえんだろ? 人間ってだけで、何もしてない人達を殺しちまうのは……」
「わかっている! そんなことは! だが! 撃たれた子も! 見た目だけで……恐がられて!」
ヌラリヒョンの全身から新たな闇のオーラが発せられ蠢きだす。
その禍々しさを目にしたグリーンの頭を駆け巡っていた考えが一つの答えに辿り着いた。
「妖力は使い手の思いに応え形となることがある。それによって俺達は今まで、合体巨人や必殺カード、ザシキワラシが急成長したヨーカイシルバーといった戦力を手に入れてきた。だがそれには逆もあったんだ。怒りや悲しみに増幅させられた妖力が、ヌラリヒョンの精神に影響を与え、その怒りを人間全体に向けさせてしまってるんだ!」
「即ち奴は今、自らの力により精神を蝕まれているという事……。ならばこのままでは、奴自身も危険ということではないか?」
「ああ……妖力が精神を蝕み、蝕まれた精神が妖力を生み出し……その悪循環はいずれ、ヌラリヒョン自身の命まで蝕んでいくだろう……」
「どうすりゃいい!?」
「殺さない程度の大きなダメージを与えて動きを止めて、妖怪の里に連行して治療を受けさせるしか……」
「悪魔をやっつけちゃうような攻撃だと、妖怪でも危ないよね?」
「そう、だからムゲンバズーカとかじゃだめだ」
「拙者の峰打ち……では奴の意識を失わせるほどの効果を見込めるか否か……」
「じゃあ、これなら?」
レッドがクロノスマッシャーの装備カードを取り出す。
「これなら闇の妖力をかわしながら近付けるし、喰らわすダメージの調節もできる!」
「よし…………みんなで拓実に時間を作るぞ!」
「オウ!!」
ヌラリヒョンが再びピアノを生成し鍵盤を殴りつけ、ヨーカイジャー達に向けてスパークする闇の妖力を放つ。
ピンクが最前に立ち、ヌリカベの能力カードでバリアを張って押し寄せる闇を防ぐ。
その背中を支えるイエロー。
互いのぬくもりがまた力になる。
鞭のように伸びてきた闇は、グリーン、ブルー、シルバーが武器を振るい払い除ける。
レッドは仲間達の奮闘を目に焼き付けられながらクロノスマッシャーのダイヤルを回す。
バリアに微かなヒビが入り始めた頃、デジタル表示の数字が「10」まで上がっていた。
「みんな、行ってくるぜ!!」
ボタンを押した。
体感10秒の間、レッドには全てがスローモーションのように見える。
時間を作ってくれた仲間達の側を駆け抜け、両腕をクロスさせて闇の中を突っ切り、ヌラリヒョンに充分な距離まで接近したところでデジタル表示が示すは残り5秒、ムゲンブレスに必殺カードを入れる。
「必殺妖技・時空百烈拳!!」
クロノスマッシャーとフェザーガントレットを装備した両拳合わせて10発、ヌラリヒョンのボディに叩き込む。
デジタル表示が0を示すと同時に、闇とピアノは消え、ヌラリヒョンは仰向けに倒れた。
グリーンはレッドの肩に手を置き労いを済ませ、目視により倒れているヌラリヒョンに息があることを確認する。
「ヌラリヒョン、お前を妖怪の里に連行する」
「まだだ……」
「何っ!?」
ヌラリヒョンは仰向けのまま両手を合わせ、意識を集中し力を込める。
「巨大変化の術!!」
危険を察したレッドがグリーンを仲間達が走っていく方へ引っ張る。
ヌラリヒョンは起き上がりながら木々をなぎ倒し大気を震わせ悪魔が巨大化した時と同じくらいの大きさになった。
「こいつ……ベルゼブルみたいに生きたまま巨大化しやがった……」
「巨大変化の術。それを使える妖怪はごく僅かしかいないとされる、超高等妖術……」
「オイラこれ50年くらい練習したけど全然できなかったぞ!?」
巨大ヌラリヒョンはまた黒いオーラを纏いながらヨーカイジャーに向かって歩き出す。
「仕方ない……」
レッド以外の5人はムゲンブレスとムゲンライザーに召喚カードを入れる。
「サモン、パートナーズ!!」
妖怪の里。
「河童ヶ沼」の底から長老妖怪メガガッパーが水飛沫を上げながら浮かび上がり、緑の光になって高速移動を開始。
「妖怪電気街」のステージのモニターに「きんきゅーしゅつどー」の文字が表示され、ステージ上の偶像妖怪ネコマタンがそれを見て敬礼、客席の妖怪達が振るサイリウムに見送られながらピンクの光になって高速移動を開始。
「試し斬りの竹林」で瞑想していた斬空妖怪カマイタチが空を見上げ、青い光になって高速移動を開始。
「妖怪稲荷神社」の神殿の扉が開き、奥から幻惑妖怪キュービルンが「お座り」のポーズのまま前進、その足元から機械的なカタパルトが伸び、どこかから響いてきた「five,four,three,two,one,zero!」というカウントダウンでキュービルンが「お座り」のポーズのまま空高く射出され、黄色い光になって高速移動を開始。
「さわやか草原」を走る爆走妖怪オボログルマ、上空に疾風妖怪イッタンモメン、2体同時に高く飛び上がりオレンジ色と紺色の光になって高速移動を開始。
カラステングとブルクダンも合わせて8体の巨大妖怪達が並び立ち、パートナー妖怪達は目からビームを出してヨーカイジャーをコクピットに転送する。
巨大ヌラリヒョンは怒りの形相で唸り声を上げ、その体を更なる黒いオーラで包み込んでいく。
「よし、合体……」
〔待ってくれ〕
「どうしたカラステング?」
カラステングは巨大ヌラリヒョンを真っ直ぐに見つめる。
〔かーらーすー なぜ鳴くのー からすの勝手でしょー……〕
巨大ヌラリヒョンの表情から少しだけ怒りの色が抜けたように見える。
〔これ、人間のお笑い番組で歌ってた替え歌なんですよね? 教えてもらって、みんなで歌って、腹ちぎれるくらい笑ったの、よく覚えてます〕
「君は……まさか……」
〔今じゃこんなにデカくなって、こんなにいっぱい仲間もできました。それはきっと、あなたと一緒にいっぱい笑って過ごせたお陰です。……お久しぶりです、ヌラリヒョン先生!!〕
「カラステング!!!」
巨大ヌラリヒョンが身に纏っていた闇が薄くなるのと同時に、赤黒かった瞳の赤も少しずつ穏やかな黒に近付いていく。
「長老、カラステングはヌラリヒョンの孤児院出身だったんですか!?」
〔ワシもヌラリヒョンの孤児院をずっと見ておったわけではないからのぅ、いつ、どんな妖怪が暮らしておったのかまで把握しておらん。カラステングも、妖怪の里に来る前のことは話そうとせんかったしのぅ〕
「お前……」
コクピットの中のレッドにも、カラステングの思いは操縦桿を伝わって……などではなく、その声から心の芯に流れ込むように伝わってくる。
〔ビビーッ!!〕
〔みんなに隠してたってわけじゃねえんだが、わざわざ親がいないとか話して、かわいそうとか思われたくなかったからな〕
〔コンコン!〕
〔ニャニャニャ……〕
「カラステング……立派になったなぁ……。それに引きかえ私は、取り返しのつかない罪を犯してしまった……」
〔実はずっと、気配消して話聞いてました。俺が卒業したのは事件が起きるよりも前だったから、俺の思い出の中のヌラリヒョン先生は、優しくて面白いヌラリヒョン先生のままなんです。いつか俺も、ヌラリヒョン先生みたいにみんなの役に立てる妖怪になりたいって思って、頑張って修行して、今じゃ妖怪だけじゃなくて人間とまで力を合わせて平和を守ってます。だから残された子供達も俺みたいに、どこかできっと元気にやってます。一緒に笑った、あの歌を歌いながら!〕
「カラステング……ありがとう、元気でいてくれて。私をまだ、先生と呼んでくれて……」
巨大ヌラリヒョンの瞳から怒りの色は消え、纏っていた闇が消えていくと共にその体は少しずつ小さくなる。
やがて完全に元の大きさに戻り、ヌラリヒョンは地面に倒れて目を閉じた。
〔大丈夫、眠っているだけじゃ。ずっと妖力を出し続けていた上に巨大化までしおって、しばらく目を覚まさんじゃろう〕
ヌラリヒョンはそのままカラステングの手に乗せられ、妖怪の里に連行されることとなった。
妖怪の里・妖怪大病院。
ヌラリヒョンは眠ったまま精神科病棟に入院。
闇の妖力に蝕まれた精神、それと合わせて戦いの傷を治療した上で裁判に掛けられ、刑罰が決定されることとなった。
もう少しここにいると言うカラステングを残し、ヨーカイジャー達は病院の出口に向かう。
巨大妖怪用病棟を通り過ぎ、ロビーに差し掛かったところで看護妖怪ウシオンナと出くわした。
以前見た牛柄のナース服ではなく、私服らしき牛柄のTシャツにジーンズ。
「あら、ヨーカイジャーの皆さん。いらしてたんですか?」
結月が数時間ぶりの笑顔でウシオンナに駆け寄る。
「ウシオンナちゃん!!」
「元気そうですけど…」
「ねえねえねえ、ゲキリンダーが中国に里帰りしちゃってて寂しい? ねえ寂しい?」
「へぇー、ゲキリンダーが中国に? 全然知らなかったし寂しい理由なんかカケラもありません。どうせあいつのことだから、今頃初恋の相手にでも会って首と鼻の下伸ばしてるんでしょ。さ、私これからお仕事なんで、無駄話で体力使わせないでください」
ウシオンナは他メンバーに会釈して歩いていく。
集団に戻った結月は千影に頭を撫でられハグを返した。
夏の夕日がガラス張りの出入り口をすり抜ける。
6人の中にはいない色の光に照らされながら自動ドアを通ると、自然にあの歌が零れ出す。
「かーらーすー なぜ鳴くのー」
それが耳に入ったウシオンナも思わず口ずさむ。
「からすの勝手でしょー ………………………………!?」
立ち止まり、振り返る。
夕焼けになぜか、瞳の奥が揺れる。
「ウシオンナさーん!」
「………………あ、はーい!」
看護長の声に返事を返し、早足で歩きだす。
【to be continue……】