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彼女は、ココで曇る事無く生き生きとしている。
お仕着せを身に纏い、侍女として、時には姉としてココで過ごしている。
それなりだ、と言っていた料理は、味付けも香草も最低限だが十二分に美味い。
そして洗濯も十分、それは掃除も。
彼女は侍女としては既に十分に能力が有る。
そして父親が危惧していた通り、伯爵家の者が訪れた際は直ぐにも好感を得ていた。
やはり手放したくない。
だからこそ、嫌味を言われようが何だろうが、ココにズルズルと滞在している。
「ご主人様、ご相談が有るのですが」
珍しい。
いや、コレは初めての事だ。
『構わない、何か有ったんだろうか』
「いえ、実は分からない事が有るのです」
『そうか、どんな問題だろうか』
「その、物語の後に、必ず。めでたしめでたし、と締めくくりの言葉が有るかと思うのですが」
『あぁ、そうだね』
「コレ、本当に、後に幸福になったとは思えない物語が多くてですね。それで、その、もしかして、めでたしめでたしとは。もしかすれば、私の知る言葉の意味とは」
『少し、確認がしたいんだが、例えばどの物語だろうか』
「灰かぶり姫です、貴族の礼儀作法を全く知らない筈ですのに。あ、いえ、表向きの行儀見習い等は出来てらっしゃるとは思うのですけど。その、内務、内政等を一切知らずに王妃になられたそうで」
『配下や家臣が、それだけ優秀、だけでは納得は難しいのだろうか』
「ですけど王族ですよ?」
『あぁ、相当に小さい国の事なんだよ』
「あ、成程。すみません、大変失礼致しました」
『いや、目の付け所は実に素晴らしいよ。君はこの屋敷の中だけで育ったんだ、国の大きさ、その違いに直ぐに目が向く事は殆ど無いだろう』
「ですけど、貴族の方は」
『私は最初から、大小様々な国が有り、その分だけ揉め事が有ると知っていた。けれどもし、君の様に育ったなら、君の様に疑問を持つ事は少し難しかったかも知れない』
「それは単に、無知だからでは?」
『いや、知識を生かす素地次第、だね』
「そこは、それはとても、難しい事では」
『あぁ、だからこその封建制度だった、真の王族になる血族が見定められる。コレからは、厳選される時代になる』
「庶民で助かりました、本当に。あ、お支え致しますね、全てをお捧げ致します」
私が言いたい事を、先に言われてしまった。
もう、いっそ貴族位を手放してしまおうか。
何も、必ず私が継がなければいけない理由は無い。
弟に譲り。
私と彼女が支えれば良い。
『どうか私と結婚して欲しい』
「あの、もう婚約は」
『アレは無効になったが、再度婚約すれば良い』
「あ、えっと、私は庶民で」
『私は分家か何かになる、君の納得出来る位置に就く、何としてでも君を得たい』
「それは、侍女として」
『いや、君の夫として傍に居たい、爵位は弟に譲る』
「それはまた、随分と」
『弟も十分に優秀なんだ、だが君を誰かに譲りたくは無い』
有能な者は、真に予備となる存在をしっかり育てる。
いや、寧ろどちらもが予備。
貴族なら、真に国を支えられる存在であるなら、誰であろうと徴用し生かすべき。
けれど、それだけではもう私は生きられない。
私は彼女の愛が欲しい。
彼女に、私的に関わって欲しい。
「あ、妹から読み聞かせて貰った物語が有るんです」
『ほう』
「貴族が庶民の娘に惚れてしまう物語なんですけど」
やはり、あの妹が肝か。
《条件は、以上ですわ》
子供達が出した条件は、以下の通り。
永続的にコチラ側の侍女を1人付ける事。
定期的に様々な者に代筆させた手紙を出させる事。
最低でも年に1度はコチラの家族に会わせる事。
それとは別に待遇の確認の為にも、家族の誰かを年に1度は家に入れ会わせる事。
降伏の赤紙が出されたなら、直ぐにもコチラへ引き渡す事。
「難しいのでしたら、遠慮して下さって構いませんよ」
コレは暗黙の了解だった事を、改めて明文化したもの。
育ってしまった子に、親が出来る事は限られてしまう。
ましてや見初められたなら、下手に手出しは出来無い。
だからこそ、交渉するしか無い。
如何に子供が不幸にならずに済むかを模索し、最大限の努力をする。
コレは当然の事。
『たった、コレだけで宜しいんですか』
《あら勿論、お姉様を口説き落とせて、且つお姉様が幸福である事が大前提ですわ》
「そうね、ふふふ」
『他に、君の要望は?』
「あの、出来れば貴族のままで」
『勿論、流石に庶民としての仕事を知らないからね』
「ですけど、爵位を落とされるのは」
《お姉様、意外と上って不便なのよ》
「そうね、敢えて下の方にいらっしゃる方も居るわ」
「そんな事が」
《そうなの、それに爵位なんてあくまで目安》
「その目安だけで、国の偉い方が仕事を振り分けていては、国が傾いてしまうわ?」
『まぁ、そうですね、大役を任される。その言葉は消えて無くなってしまいますから』
「ご主人様は、変わらずお国に貢献を」
『勿論、君に支えて貰えるなら、今以上に』
《あ、私達の前で口説く事も禁止してしまおうかしら》
「あら、それでは大事にしているかの判断が、難しくなってしまうわよ?」
《口では何とでも言えますもの、問題は行動ですわ》
「そうね、ふふふ」
例えどんな政略結婚であれ、真っ当な親なら必ず願っているのです。
どうか幸せに。
どうぞ、ウチの子を大切に、と。
「あの、色々と家族が、条件をお付けしてしまい」
『いや、確かに今まではこうした事は暗黙の了解だった、けれど明文化は。いや、寧ろ必要な事なんだ』
《ですわね、コレからはコレが主流となるでしょう》
『そうですね、暗黙の了解には、時に便利で不便な側面が御座いますから』
問題は、誰に不便か、誰に便利かだ。
女性は安心を得てこそ子宝に恵まれる事が多い、とされている。
子を成すには、ましてや育てるには、女性の協力が必須。
コレからは厳選される世となる。
女性にも選ぶ権利は当然存在するが、今までは、暗黙の了解により制限が科せられていた。
だが、この明文化により。
婚家での待遇は変わり、選び方の基準の1つとなる。
どちらにも疚しさが無いなら、コレは受け入れて当然の事。
「あの、私の一体、何が」
『君の』
《あぁ、そう言えば暗黙の了解は他にも有るのですよ》
『ですね、無闇矢鱈に接触する事は、はしたない事なんですよ』
「あ、そうなのですね」
こうした暗黙の了解は、なまじ道理が通っているから困るんだ。
《似た年の方、この際は上でも下でも構いませんが》
『男性に、こう、されたら思わずドキドキとしてしまいますよね』
私は、以前の婚約者の方の。
いえ、今でも婚約者の方のお屋敷に、今は雇われております。
そして、はい、婚約もしております。
「多分、はい」
《つまりは、お体を使い籠絡する事と同じ》
『肌を見せ誘惑するも同義、毅然とした態度で逃げるか、避けねばならないんですよ』
「はい、まだまだ、私は侍女見習いですね」
《お作法は、ですけどそれ以外は、十分ですよ》
『ですね、貴族夫人は滅多にお料理をしませんし、庶民で寧ろ良いのです。アナタは侍女の才が有り、しかも可愛い』
《可愛げが満載》
『アナタは褒められて伸びる子』
《ですから沢山、褒められましょうね》
『はい、ご褒美』
「はい、ありがとうございます」
ココではお給金とは別に、お菓子を頂けます。
サクサクの甘じょっぱいパイです。
『私も褒めたいんだが』
この、ムクれてらっしゃる?
拗ねてた様なお顔をしてらっしゃる方が、婚約者でありご主人様です。
《構いませんよ》
『お触りしないなら』
《はい、ぐぬぬ》
『少しだけですよ、少しだけ』
ご主人様は以前よりも近かったり、遠かったり。
柔らかくなられたり、固い雰囲気になられます。
どうやら、緊張なさっているんだそうで。
黙ってらっしゃるかと思うと、不意に驚く程に褒めて下さったり。
手を握られたり。
『出来るなら、君にいつか触れて欲しい』
「あの、ハグなら」
『同性か私以外は、それと家族以外は絶対にダメだ』
「あ、はい」
『そうだな、確かにそうだ。良ければ手を、置いてくれないか』
「はい」
温かい。
『出来るなら、君が喜ぶ事は、何でもしたい』
「ありがとうございます」
『もし、ココや私に不満が出たなら、直ぐに言って欲しい』
「はい」
何だか、初めてお会いした時のよう。
立場はさして変わらない筈なのに。
不思議ですね。
『君が、本当に好きなんだ』
好意とは、つまりは性欲。
だそうなんですが。
「あの、つまりは、抱きたいと言う事で宜しいでしょうか?」
『あぁ』
俯いてしまわれたご主人様の真っ赤は、お恥ずかしいか、私が大好きだから。
だそうで。
お耳まで真っ赤でらっしゃると言う事は、それだけ大好きだ。
と、受け取って良いのでしょうか。
でも、あ、例の貴族と庶民の物語なんですが。
結局は飽きられてしまい、悲恋となって終わっていたんですよね。
私は、それは嫌です。
「私、飽きられない様に頑張りますね」