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1番上のお姉様は、暫くココで過ごしてくれる事になった。
『お姉様』
「もう、僕が先なのに」
「何と私、意外と力持ちなんです。どうぞ、右膝か左膝か、お話し合いでお決め下さい」
ずっと、お姉様は大変な家で苦労していると聞かされていた。
読み書きが出来無いけれど、とっても優秀なお姉様は、大人の事情で酷い家に住むしか無いって。
だから、僕は兄が少し嫌い。
お姉様を守れなかったから。
『僕はどっちでも良いよ』
「じゃあ僕は左膝にします」
「はい、どうぞ」
僕と1番上のお姉様は、同じ血の繋がり。
他のお姉様はやお兄様は、違いなんて無いって仰ってくれてるけど。
生みの方を思うと。
僕は少し嫌です。
でも、1番上のお姉様は好きで、この子は嫌いです。
『じゃあ、譲ったから僕が先ね』
ほら、だから嫌いです。
「どちらも素敵な物語でした、ありがとうございます」
僕にはこのお姉様以外にも、兄弟姉妹が居ました。
虐める方か、何でも出来る方のお姉様だけ、だと思っていました。
でも、違いました。
『どう素敵でしたか』
「アナタのは勇敢な騎士様が正しく行動して下さって安心しました、そしてアナタのは恋のお勉強になりました、どちらも大切な事なのでとても助かりました」
お姉様は、読み書きが出来ません。
その事で虐められていました。
でも、それだけでは有りませんでした。
『うん、もう降ります』
「あ、僕も」
「では、お礼のハグをお受け取り下さい」
『僕は後で良いです』
「じゃあ僕が先に受け取ります」
「はい、どうぞ」
血が少し繋がっていませんでした。
それが僕には悲しかった。
「はい、どうぞ、じゃあね」
「はい、また」
本当のお母様は良い方です。
貴族らしい貴族の夫人。
でも、出来るなら、お姉様がお母様だったら良かった。
『やっぱり膝の上でハグが良いです』
「はい、どうぞ」
お姉様は良い匂いで柔らかくて、五月蠅くない。
優しくて、いつも最後まで話を聞いて下さって、読み書き以外は何でも出来る。
『お姉様は器用です、読み書き出来るだけの無能とは違います、有能です』
「ありがとうございます、それもこれもお父様のお陰なんです」
僕は、少し違うと思います。
『お姉様がお姉様だからです』
「そうかも、知れませんね」
離れたく無いけど。
お姉様は結婚適齢期、お姉様は有能だから、きっと直ぐに結婚してしまう。
きっと僕を忘れてしまう。
『お姉様と、ずっと一緒に居たい』
お姉様が居ない家は、香水臭くて汚くて、食事が不味くて静かで。
寂しかった、不安だった。
お姉様さえ居れば僕は十分なのに。
「アナタも過保護なのね?」
『違います、お姉様は、とても立派な方です』
「ありがとう、アナタもとっても、良い子よ」
彼女の兄弟姉妹に牽制されるとは思わなかった。
しかも、1番下の男児に。
『お姉様を取らないで下さい』
どうやら早熟らしい。
いや、確かに幾らか歪な家では、早熟となるらしいが。
あぁ、姉の差し金か。
『君か』
《あら、何の事かさっぱり。この子はただ、言うべき方に、言うべき事を言っただけ》
正妻と家族は、伯爵家で侍女として過ごしていた。
そこで貴族としての教育、侍女としての過ごし方も学んでおり、家に戻るには十分過ぎる程に貴族をしている。
コレを目の前にしていたら、事前の説得は寧ろ害悪にしかならなかっただろう。
危ない、恋はココまで盲目にさせるのか。
『そうか』
『いつお戻りになるんですか』
《そうよね、偉い方だもの、ココで漫然としてらっしゃるよりお仕事に精を出して頂くべきよね》
『そうだな、では君と相談しよう、どうだろうか』
《そうですわね、さ、後は私に任せて》
『はい、宜しく、お願い致します』
《はい》
彼女の妹が、もしかすれば最も厄介かも知れないな。
『で、何を牽制したいんだろうか』
《姉をどうなさりたいんですの》
読み書きが出来無いだけで、本当に姉は有能なんですもの。
伯爵家に奉公に出し、万が一にも見初められては困る、その父の考えは酷く当たっていた。
だって、この方、ずっと姉を目で追ってらっしゃるし。
侍女の方からも、色々とお伺いしているんですもの。
『出来るなら、娶りたいが』
《あら、そんなに周囲には優秀な方が居りませんのね、可哀想に》
姉の良さは有能さだけでは無い事は百も承知しております。
でも、だからこそ貴族の諍いに巻き込みたく無いのです。
私、確かに若輩者ですけど、それなりに伯爵家で学ばせて頂きましたから。
『彼女の』
《天真爛漫さや純真無垢さを、アナタ様が貴族社会の中に巻き込み穢さない、とでも仰いますか》
『だからこそ、困っているんだ』
あら、本当に本気でらっしゃるのね。
《では、お姉様からの好意は?》
あぁ、脈無し、ですわね。
『君の知恵を』
《何故です、ソレはソレ、コレはコレ。一体、何の見返りが有るのかしら》
お父様の唯一の欠点は、お覚悟が足りなかった事。
もし私なら、出産後にぶっ殺していましたのに、お父様は優し過ぎた。
優しさが覚悟を邪魔したのです。
貴族としては二流。
ですが、その優しさがお姉様を育てた。
本当、お姉様に優しさが全て遺伝してしまったのですよね。
『彼女の刺繍についての権利は、私が全て有している。そう、全てだ』
《なんて卑怯な》
道理で、お姉様から刺繡入りのハンカチすら頂けなかったワケですわ。
本当に、大人は厭らしいですわ。
『そう』
《本当、大人って厭らしいですわ》
誰にでも、何処かに必ず善意が有り。
決して、悪意だけでは生きてはいけない。
1番上の姉は、その言葉を見事に鵜呑みにし、前向きに生きてきた。
『仕方無いよ、貴族の大人だもの』
もしかすれば、少し頭の弱い姉なのかも知れないと思っていた。
けれど、真に純真無垢なる、天真爛漫な女性だった。
この姉とは真逆な存在。
《まーた、小憎らしい事を考えてますわね》
『いや、どうして、僕らと全く違うんだろうと思って』
《そんなの、隔世遺伝に決まってますわよ。アレの父親は、元は騙され廃位となったんですもの、善人さは血筋なのでしょう》
『あぁ、そうだったんだ』
《アナタね、それでは当主に》
『いや、お姉様がなってくれると思ってたんだけど?』
《は?》
『ほら、僕よりしっかりしているし。お父様がアレだから、こうして僕らはややこしい事になったんだし、産まれが確実なのはやっぱり女当主だよ』
《はぁ、あのね、産んで育ててその上統治だなんて》
『そこは僕が支えるよ』
《アナタ、結婚する気が無いの?》
『まぁ、男としてはね』
実は伯爵家の次女から求婚されている。
ただし、男として。
どうしてか、そう言う性癖なのかは分からないけれど。
悪い子では無いし、僕に特に拘りは無いし。
無難で妥当なのが彼女だった、それだけ。
《アナタ、幾ら他を知らないからって》
『必ずしも、次に現れる相手がより上位とは限らない、妥当だと思った段階で受け入れるべきじゃない?』
性別を変えると、その分だけ色々とややこしくなる。
だからこそ、性別を変えた者は当主にはなれない。
それこそ、こうして乗っ取りだ何だと有る位だし、妥当な法整備だと思う。
《はぁ、本当に早熟で嫌になるわ、全く可愛げが無いんですもの》
『まぁ、君もね』
僕らは年子だ。
母が安心して過ごせた証拠でも有るんだけど、それだけアレに愛情が無かった事になる。
1番上の姉は気にしていないけれど、問題はウチの下2人。
姉が居てくれている間に、少しは穏やかになってくれると嬉しいのだけど。
「お姉様ー!」
《何よ、何、どうしたの》
「アイツ、嫌い!!」
2人共、悪い子では無いのだけれどね。
うん、困ったものだ。