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「初めまして、宜しくお願い致します」


 報告通り、挨拶は問題無いな。


『あぁ、宜しく』

「あの、かなりの不出来者ですので、何か有りましたら直ぐに仰って下さい。可及的速やかに改善する努力を誓いますので、どうかご指導ご鞭撻の程、是非宜しくお願い致します」


 謙虚ながらも、向上心が有る。

 コレも、報告通りだな。


『あぁ、分かった』

《では奥様、ご案内致します》

「あ、はい。では、失礼致します」

「失礼致します」


 彼女の付き添いの侍女も、報告通りだな。


『どう思う、セバスチャン』

「私と致しましては、少なくとも、あの侍女は曲者かと」


『あぁ、だな』


 僅かに見せた主人で有る筈の彼女に対しての、嘲笑。

 コレだけなら、彼女は虐げられていた可能性が有るが。


「ただ、お荷物がコレでは、どちらかの判断は難しいかと」


 大した手入れのされていない、空の鞄の山。

 コレは悪しき令嬢にも行われる、コチラ側への警告。


 しかも彼女の手先や髪、肌艶に問題は無い。

 だが。


『ココへ来るまでに手入れをしていた可能性も有る、見定めを怠るな』

「はい、ですが、どう出ましょうか」


 懐柔か放置か。

 いや、やはり中庸だろう。


『中庸で構わないな』

「はい、次期当主様のご判断に従います」




 私が不出来だと言う事で、家庭教師の方を付けて頂く事になりました。


「文字が読めませんので音読して頂く事になるのですが、どうか1回で理解する努力を怠りませんので、どうぞ宜しくお願い致します」


《文字が、読めないのですか》

「はい、全く」


 動揺してらっしゃる。

 もしかして、コチラの情報が上手く伝わってらっしゃらない?


《そうでしたか、どうやらコチラの手違いが有ったのかも知れません》

「あ、いえ、コチラこそ。私もご確認に立ち会いを」

「お嬢様、文字が読めないのですからご迷惑になるかと」


「あ、すみません、出過ぎた真似を」

「私が立ち会います、お嬢様は刺繍を、出来る事が限られているのですから」


「はい、ありがとう」




 早々に良い機会に恵まれたわ。

 ココで洗い浚いアレの悪評をばら撒くしか無いわよね。


《失礼致します》


「はい、どうなさいましたか」

《どうやら情報の行き違いが有った様でして、先ずは》

「大変申し訳御座いません、どうやら情報が正しく伝わってらっしゃらなかったそうで、お詫びに参りました」


 この家庭教師、ちゃんとしているから少し面倒ね。

 私を排除しようとした。


 そうはいかないわよ、悪評を捻じ込むんですから。




『それで、文字が読めないだけでは無く』

「はい、お嬢様をこの時期に婚約させようとなさったのも、酷い男漁りをなさっていたからなのです」


『ほう』

「あ、未だ清い身では御座いますが。男と見るや見境なく、時には出入りの業者にすらも擦り寄り、奥様もご当主様も参っていたのです」


『成程』

「あの様に健気で真面目には見えるのですが、どうにも楽天家と申しますか、あのままデビュタントに出してはどうなるかと。ですが、刺繍だけは上手ですし、閉じ込めてさえおけば問題無いだろうと」


『はぁ』

「申し訳御座いません、こうした事を承諾してらっしゃっての事かと。どうかお嬢様には悪気は無いのです、少しばかり奔放ですが、人目さえ有れば問題は起こしませんので。どうか、直ぐに返す事だけは、お嬢様は純真無垢でらっしゃるだけなのです」


 コチラとて、下調べをしていると言うのに。

 この侍女はセバスチャンの言う通り、かなりの曲者だな。


『念の為に尋ねるが、本当に、それだけか』


「はい、私の知る限りでは」


 どうせ、その下げた頭の中ではほくそ笑んでいるのだろうな。

 全く、どうしてこうも田舎者は舐めて掛かるんだろうか。


 コチラには金と権力が有る。

 ソチラよりも遥かに。


『そうか、下がってくれ』

「はい、失礼致します」


 ただ、唯一、コチラが知らなかった情報が有る。

 文字が全く読めないとは。


《1つ、宜しいでしょうか》

『あぁ、構わない』


《本当に、文字が読めないのでしょうか》


『どう言う事だ?』

《こうした令嬢の中、全く学ばせて貰えなかった者も居ります、ですので教え方次第では会得が可能な場合も有るのです》


『成程な』

《ですが稀に、本当に読めない方も居るのです》


『居るのか』

《はい、文字が絵や記号に見えてしまい区別が付かない。実はそうした方は、いらっしゃるのです》


『そうか』

《ですが数字なら可能な方、絵が上手な方もいらっしゃいますので。先ずは確認をさせて頂きたく》


『あぁ、頼んだ』

《では、アレの排除を、邪魔をされては困りますので》


『あぁ、あの侍女だな、初めて見たかも知れない。あんな愚かな侍女を』

《田舎でも相当かと、ふふふ》


『穏便に離れさせるには、格がそれなりの場所に紹介状を出すのはどうだ』

《良いですね、適当に擁護し慰め、本当の貴族の侍女の辛さを味あわせれば宜しいかと》


『あぁ、そうさせて貰うが、少し掛かる』

《構いません、ココの方には寧ろ、良い暇潰しになるかと》


『あぁ、だな』




 田舎者と言うか。

 下品で下衆で下世話な侍女って、本当に居るのね。


《本当に、大変だったのね》

「そうなんです、お嬢様から目を離して良いだなんて、ココの方々には感謝のしようもありません」

『良いのよ、大丈夫、持ちつ持たれつだもの』


《いえ、寧ろ私達はあの方に慣れないといけないのだから、もっと情報が欲しいわ》

『そうね、先ずは、苦手なモノを教えて頂けるかしら』


「はい、是非、お嬢様を宜しくお願い致します」


 なんて下世話な笑顔。

 けど残念ね、アナタみたいな下衆の思い通りになんて、よっぽどの家で無ければ無理よ。


 だって、私達、とっくに事情を把握しているんですもの。


《まぁ、そんなモノも苦手なのね》

「それと蕎麦粉です、本当に死に掛けてらっしゃったので、絶対に枕やお茶にすら使用なさらないで下さいね」

『そうなのね、ありがとう。あ、お礼にコレをあげるわ、使い慣れてるかも知れないけれど新品よ』


《あ、ハンドクリームね、それ使い易いのよ》

「ありがとうございます」

『いえいえ、持ちつ持たれつ、だもの』


「あ、それで、旦那様の事なのですが」

《あら、何かしら?》


「何故、お嬢様に、全く厳しくなさらないのでしょう」




 本当にアホな子。


 厳しく出る手段なんて、論外よ。

 確かに物語ではそんな事を描かれる事も有るけれど、間違えば家の悪評を広める事に繋がるばかりか、使用人の制御すら出来ぬ愚かな当主として名を馳せる事になる。


 あぁ、多少の悪評に慣れてしまっているのね。

 田舎者のどうしようも無い貴族の家の侍女、だものね。


《ほら、旦那様はお優しいから》

『そうなの、特別にって、こんなモノも下さる方なの』


 あら、良いわね。

 旦那様が実はチョロい、と匂わせるだなんて、ヤるじゃない。


《それ、もしかして》

『ふふふ、貸してあげないんだから、ふふふ』


「綺麗な、櫛ですね」

『そうなの、けど内緒よ』


 流石ね。

 出戻りから侍女となり、旦那様のご友人とご結婚なさっただけは有るわ。

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