2
「初めまして、宜しくお願い致します」
報告通り、挨拶は問題無いな。
『あぁ、宜しく』
「あの、かなりの不出来者ですので、何か有りましたら直ぐに仰って下さい。可及的速やかに改善する努力を誓いますので、どうかご指導ご鞭撻の程、是非宜しくお願い致します」
謙虚ながらも、向上心が有る。
コレも、報告通りだな。
『あぁ、分かった』
《では奥様、ご案内致します》
「あ、はい。では、失礼致します」
「失礼致します」
彼女の付き添いの侍女も、報告通りだな。
『どう思う、セバスチャン』
「私と致しましては、少なくとも、あの侍女は曲者かと」
『あぁ、だな』
僅かに見せた主人で有る筈の彼女に対しての、嘲笑。
コレだけなら、彼女は虐げられていた可能性が有るが。
「ただ、お荷物がコレでは、どちらかの判断は難しいかと」
大した手入れのされていない、空の鞄の山。
コレは悪しき令嬢にも行われる、コチラ側への警告。
しかも彼女の手先や髪、肌艶に問題は無い。
だが。
『ココへ来るまでに手入れをしていた可能性も有る、見定めを怠るな』
「はい、ですが、どう出ましょうか」
懐柔か放置か。
いや、やはり中庸だろう。
『中庸で構わないな』
「はい、次期当主様のご判断に従います」
私が不出来だと言う事で、家庭教師の方を付けて頂く事になりました。
「文字が読めませんので音読して頂く事になるのですが、どうか1回で理解する努力を怠りませんので、どうぞ宜しくお願い致します」
《文字が、読めないのですか》
「はい、全く」
動揺してらっしゃる。
もしかして、コチラの情報が上手く伝わってらっしゃらない?
《そうでしたか、どうやらコチラの手違いが有ったのかも知れません》
「あ、いえ、コチラこそ。私もご確認に立ち会いを」
「お嬢様、文字が読めないのですからご迷惑になるかと」
「あ、すみません、出過ぎた真似を」
「私が立ち会います、お嬢様は刺繍を、出来る事が限られているのですから」
「はい、ありがとう」
早々に良い機会に恵まれたわ。
ココで洗い浚いアレの悪評をばら撒くしか無いわよね。
《失礼致します》
「はい、どうなさいましたか」
《どうやら情報の行き違いが有った様でして、先ずは》
「大変申し訳御座いません、どうやら情報が正しく伝わってらっしゃらなかったそうで、お詫びに参りました」
この家庭教師、ちゃんとしているから少し面倒ね。
私を排除しようとした。
そうはいかないわよ、悪評を捻じ込むんですから。
『それで、文字が読めないだけでは無く』
「はい、お嬢様をこの時期に婚約させようとなさったのも、酷い男漁りをなさっていたからなのです」
『ほう』
「あ、未だ清い身では御座いますが。男と見るや見境なく、時には出入りの業者にすらも擦り寄り、奥様もご当主様も参っていたのです」
『成程』
「あの様に健気で真面目には見えるのですが、どうにも楽天家と申しますか、あのままデビュタントに出してはどうなるかと。ですが、刺繍だけは上手ですし、閉じ込めてさえおけば問題無いだろうと」
『はぁ』
「申し訳御座いません、こうした事を承諾してらっしゃっての事かと。どうかお嬢様には悪気は無いのです、少しばかり奔放ですが、人目さえ有れば問題は起こしませんので。どうか、直ぐに返す事だけは、お嬢様は純真無垢でらっしゃるだけなのです」
コチラとて、下調べをしていると言うのに。
この侍女はセバスチャンの言う通り、かなりの曲者だな。
『念の為に尋ねるが、本当に、それだけか』
「はい、私の知る限りでは」
どうせ、その下げた頭の中ではほくそ笑んでいるのだろうな。
全く、どうしてこうも田舎者は舐めて掛かるんだろうか。
コチラには金と権力が有る。
ソチラよりも遥かに。
『そうか、下がってくれ』
「はい、失礼致します」
ただ、唯一、コチラが知らなかった情報が有る。
文字が全く読めないとは。
《1つ、宜しいでしょうか》
『あぁ、構わない』
《本当に、文字が読めないのでしょうか》
『どう言う事だ?』
《こうした令嬢の中、全く学ばせて貰えなかった者も居ります、ですので教え方次第では会得が可能な場合も有るのです》
『成程な』
《ですが稀に、本当に読めない方も居るのです》
『居るのか』
《はい、文字が絵や記号に見えてしまい区別が付かない。実はそうした方は、いらっしゃるのです》
『そうか』
《ですが数字なら可能な方、絵が上手な方もいらっしゃいますので。先ずは確認をさせて頂きたく》
『あぁ、頼んだ』
《では、アレの排除を、邪魔をされては困りますので》
『あぁ、あの侍女だな、初めて見たかも知れない。あんな愚かな侍女を』
《田舎でも相当かと、ふふふ》
『穏便に離れさせるには、格がそれなりの場所に紹介状を出すのはどうだ』
《良いですね、適当に擁護し慰め、本当の貴族の侍女の辛さを味あわせれば宜しいかと》
『あぁ、そうさせて貰うが、少し掛かる』
《構いません、ココの方には寧ろ、良い暇潰しになるかと》
『あぁ、だな』
田舎者と言うか。
下品で下衆で下世話な侍女って、本当に居るのね。
《本当に、大変だったのね》
「そうなんです、お嬢様から目を離して良いだなんて、ココの方々には感謝のしようもありません」
『良いのよ、大丈夫、持ちつ持たれつだもの』
《いえ、寧ろ私達はあの方に慣れないといけないのだから、もっと情報が欲しいわ》
『そうね、先ずは、苦手なモノを教えて頂けるかしら』
「はい、是非、お嬢様を宜しくお願い致します」
なんて下世話な笑顔。
けど残念ね、アナタみたいな下衆の思い通りになんて、よっぽどの家で無ければ無理よ。
だって、私達、とっくに事情を把握しているんですもの。
《まぁ、そんなモノも苦手なのね》
「それと蕎麦粉です、本当に死に掛けてらっしゃったので、絶対に枕やお茶にすら使用なさらないで下さいね」
『そうなのね、ありがとう。あ、お礼にコレをあげるわ、使い慣れてるかも知れないけれど新品よ』
《あ、ハンドクリームね、それ使い易いのよ》
「ありがとうございます」
『いえいえ、持ちつ持たれつ、だもの』
「あ、それで、旦那様の事なのですが」
《あら、何かしら?》
「何故、お嬢様に、全く厳しくなさらないのでしょう」
本当にアホな子。
厳しく出る手段なんて、論外よ。
確かに物語ではそんな事を描かれる事も有るけれど、間違えば家の悪評を広める事に繋がるばかりか、使用人の制御すら出来ぬ愚かな当主として名を馳せる事になる。
あぁ、多少の悪評に慣れてしまっているのね。
田舎者のどうしようも無い貴族の家の侍女、だものね。
《ほら、旦那様はお優しいから》
『そうなの、特別にって、こんなモノも下さる方なの』
あら、良いわね。
旦那様が実はチョロい、と匂わせるだなんて、ヤるじゃない。
《それ、もしかして》
『ふふふ、貸してあげないんだから、ふふふ』
「綺麗な、櫛ですね」
『そうなの、けど内緒よ』
流石ね。
出戻りから侍女となり、旦那様のご友人とご結婚なさっただけは有るわ。