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2-20 不意の刑(3)

 もしこの耐え難い痛みが拷問の最高潮であるなら、これで終わりだと思えるだろう。

 しかし、これが始まりに過ぎなかった。

 暗闇の中、どんな魔法を使おうとしても力を発揮できず、目の治療と回復には時間がかかる。しかも、その一針によって魔法は封じられてしまった。必死に何度も突破しようとしたが、痛みには耐えきれない。

 アシミリアン先生の言った通り、二回目の代償は一回目よりもさらに重く、そして強かった。

 三回目は二回目よりもさらに強力で、しかも攻撃の標的は目だ。耳や鼻よりもはるかに効く。

 周囲にどれほどの人数がいるのかもわからず、見えず、感じ取ることすらできない。

 痛みに苛まれながら、ただ何度も縛りを強化され、回復の余地もない。

 そして――突破できる可能性など、まったく存在しなかった。

 魔法は使えない。だが、周囲に残る魔法の痕跡――あるいは殺気――ははっきりと感じ取れた。

 月がこの狭い空間を覆い、ほんの少しでも動けば即座に感知され、さらに凄まじい痛みが襲ってくるだけだった。

 抵抗は一切許されず、従順に拷問を受け続けるしかない。

 指には針が突き立てられ、爪はピンセットで剥がされ、肌は焼けつくような痛みに包まれる。

 すべてが無力。言葉を発することも、考えることすら許されない。

 封じられた声帯は正確に切り取られ、叫び声ひとつ上げることもできない。

 閉じようとしても瞼は動かず、力を振るおうとしても一滴も湧かない。自由に戻りたくても――それすら、許されなかった。

 潮のように押し寄せ、引いてはまた押し寄せる痛み。

 月に囚われたまま、その支配から永遠に逃れる術はない。

 人格を踏みにじる屈辱でさえ、ここでは最低限の「慈悲」に過ぎなかった。

 体は粗い漁網で全身を締め上げられ、肉が網目の間から突き出し、動くたびに網が食い込み血が溢れる。

 刃は容赦なく3539回、正確に刻みを入れ、そのたびに世界が白く弾ける。

 息をつく間もなく、10分間だけの強制治療――それは回復ではなく、次の苦痛のための準備だ。

 裂けた皮膚の上に、溶けたアスファルトがじわじわと流し込まれる。

 熱が神経を焼き切る感覚を味わわせながら、冷えるまで延々と待たされる。

 やがて固まったそれを、重いハンマーで叩き砕く。

 アスファルトと共に剥がれ落ちる皮膚は、まるで意思を持った生き物のように、ぬるりと離れ、一枚一枚、引き裂かれていく。

 終わりはない。

 まだ癒えていない足に、赤熱した鉄板を踏ませられ、肉の焦げる匂いが鼻腔を満たす。

 真っ直ぐ歩けない体は歪み、よろめきながら熱鉄の上を延々と歩かされ、耐えきれぬ瞬間に一撃の蹴りで転がされる。

 そして、苦痛の終幕が見えてきたかと思えば、そこには百回刻みの追加が待っている。

 痛みは、もはや肉体だけではなく、脳の奥深くまで侵入し、思考を完全に支配していた。

 神経は断ち切られては繋がり、そのたびに全身を貫く電撃のような衝撃が走る。

 感覚はとうに崩れ、生きているのか、死んでいるのかさえわからない。

 ただ一つ確かなのは――痛みだけ。

 それが、終わりのない闇の中で脈打つように続いていた。

 そして「数」を数えさせられた。

 3539から13ずつ減らしていくのだ。

 3539、3526、3513、3500……。

 一度でも間違えれば、さらなる厳しい罰が待っている——

「君~計算が得意なんだろ?第一位なんだよ~」

 3539.

 爪が次々と剥がされ、治癒し、また剥がされる……

 3526.

 飽きたらまた針が体に刺され、何十本、何百本、何千本と数が増えていく。

 3513.

 一千?二千?三千?

 3500.

 もう数えることもできない。

 3487.

 3474.

 3461.

 3448.

 3435.

 3422.

 3409.

 3396.

 3383.

 3370.

 3357.

 3344.

 3331.

 3318.

 3305.

 3292.

 3279.

 3266.

 3253.

 3240.

 3227.

 3214.

 3201.

 3188.

 3175.

 3162.

 3149.

 3136.

 3123.

 3110.

 3097.

 3084.

 3071.

 3058.

 3045.

 3032.

 3019.

 3006.

 2993.

 2980.

 2967.

 2954.

 2941.

 2928.

 2915.

 2902.

 2889.

 2876.

 2863.

 何日も何も食べず、水も飲まず。

 頭から流れる血が口の中に入り、汗か涙かわからない液体が混ざりながら、ほんのわずかな水分を補う。

 今となっては、自分の肉体の存在を実感できるのは、数を数えることだけかもしれない。

「ぐ……」

 治療の合間に、腹がかすかに鳴り響く。

 すると容赦なく一蹴りが加えられる。

「腹が減ったか?よくもまあ腹が減ったなんて言えたもんだ!」

 システムも使えず、精霊も封印され、あの一刺しで全てが封じ込められていた。

 体は悲鳴を上げ、逆らうこともできないまま地面に蹴り飛ばされた。粗い麻縄が腕や手を擦り減らし、肉に食い込んでいた。

「さて、君、飯食べたい~?」

 彼らはそう言って、さらに一蹴り。

「食えよ!」

 また一蹴り。

「食わないのか~?」

 屈辱にまみれ、泥の中へ引きずり込まれ、頭から血に染まった皿へ叩きつけられた。

 心は必死に抵抗を叫んでいたが、その舌先が肉に一度触れた瞬間、もう止まらなかった。肉体は機械のように動き、もはや自分のものではなくなっていた。

「刺身の味は、ど〜う?」

 魔法が体に作用し、視力が回復すると、目の前には破れた盆に盛られた肉があった。最初から知っていたはずなのに、実際に自分がそれをむさぼり食う姿を目にして、驚愕する。

 野蛮。

 視界の端に、蝶の形をしたサファイアの髪飾りが映った。

「いい食いっぷりだな~。あれは……なんだっけ。ああそう、グラウシュミが作った刺身だ。おいしいか?」

 彼は唇を舐めた。

「君の意見なんて聞く気もな〜い。味なんて大したことはない〜初めての挑戦って感じはあるけど、あまりおいしくないね。テーブルに出すなんて、テーブルがかわいそうだ〜。」

 彼はニヤリと笑いながら言った。

「でもさ、手足をついて這う姿がちょうどいいんだ〜。そんなにガツガツ食べるなんて、腐った肉でも平気で食べちゃうんだね〜」

「そいつはね、かなり反抗的だったぞ〜。『奸賊は悪事を尽くし、政道を損ね、民衆を害し、善を抑え、良を欺く』——ほんと、褒め方がうまいよね〜。どうした?食べ物に選り好みでもしてるの?」

 その言葉を吐き終えるや、自分で自分を怒らせたかのように、まず骨と肉がくっついた塊を蹴り飛ばし、続けざまに足が雨のように降り注ぐ。

「続けて食えよ!もっと、全部食いきれ、早く! さっきまでガツガツ食ってたくせに、どうしてやめる?」

 そう言いながら、手にしたものを無理やり口へ押し込む。

「食えないのか? まだご主人に教えてもらわないとダメか?」

 そして、もう一蹴り。顔面を蹴られ、ようやく生えそろった歯は半分以上が砕け飛んだ。

 ああ。そうか。

 刺身を、食ってしまった。

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