2-20 不意の刑(2)
「デルガカナ!」
長い間植物状態にあったリリラアンナはついに意識を取り戻した。
目を開けた瞬間、反射的にベッドから起き上がろうとしたが、全身に鋭い痛みが走り、「シー……」と低くうめき声を漏らしながら、再びベッドに身を沈めた。
「やっと目が覚めたか。」
ベッドの隣にある窓辺の椅子に腰掛け、本を読んでいるアシミリアン先生が、視線を本から外して声をかけた。
「お前さん、いいことをしてくれたな。」
リリラアンナはうつむき、かすれた声でつぶやいた。
「……余はデルガカナを……やったのは余だ。だから……」
アシミリアン先生は静かに本を閉じ、落ち着いた口調で言った。
「理論的には、君にはまだ休養が必要だ。外でも君を探している者たちがいる。」
「……あのグズのせいで?」
リリラアンナは悔しさを込めて拳をベッドに叩きつけた。しかし力が入らず、衝撃も弱く、すぐに全身の力が抜けて再びベッドに倒れ込んだ。
「……くそ!」
どれほど自信を持っていても、人間の体はあまりにも脆く、簡単に機能を失い、不便な存在だ――そう痛感せざるを得なかった。
「少なくとも命だけは助かった。」アシミリアン先生は事実だけを述べた。
「彼らは今、君のために拷問を受けている。彼ら自身のためでもある。」
「どこに……?余は……」
リリラアンナは必死にベッドから起き上がろうとした。しかし全身から力が抜け、三度も床に倒れ込んでしまった。それでも諦めず、荒い息を整えながら言った。
「……大丈夫だ先生。続けて話してくれ……」
アシミリアン先生はすぐには答えず、しばらく窓の外を無言で見つめていた。
「……」
「え……?」
不安を隠せない声でリリラアンナが問いかけると、先生はようやく視線を戻し、低く重い声で告げた。
その口から発せられた地名は、リリラアンナの心を一瞬で絶望へと突き落とした。
「……校事院。」
「……何……」
「校事院?!!!」
リリラアンナは声を荒げて叫んだ。
「どうしてよりによってあそこだ!あそこは——!!」
——生きて入れば、死んで出てくる場所。
「ダメだ、どうしても行かなければ……」
意識を取り戻したばかりのリリラアンナは、支えを求めるようにベッドの縁や枕元を手探りで押さえ、落ち着きなく撫で回した。
「早急に連絡を……」
……
「……おやおや、ようやく目が覚めたか~」
インテリ風の男が黒いフードをゆっくりと外し、にやけた顔を晒した。
コントロールを奪われた体は長く血に染みた木製の拷問台――屠殺場の作業台のようなベンチ――に押し付けられていた。
両手は太い麻縄と冷たい鉄鎖で骨が軋むほど後ろ手に縛られ、指先の感覚が消えかけている。足首も同様に締め上げられ、足の甲に食い込む鉄の感触が鈍い痛みを発していた。
頭は自重に耐えきれず垂れ下がり、首の筋肉は悲鳴を上げ、呼吸は浅く荒い。動く意志すら奪われていた。部屋の中は、血と鉄と湿った石壁の匂いが支配している。
「以前はねぇ……モルモットで試していたんだけど~」
男はゆっくりとした動作で、手に持つ注射器を視界の正面に突き出してきた。中には薄く濁った液体が揺れ、先端の針が灯りを反射して光っている。
「でもやっぱり……『人間』にちゃんと味わってもらうのが、一番効くんだよなぁ~」
平手打ち。
掌底に近い一撃だった。
鈍く乾いた音が耳の奥に響き、頬骨にまで痺れる痛みが走る。視界が一瞬白く跳ね、唇の端から温かい血が伝った。
「あらあら……前に何度も小細工を見たことはあったけれど、こうして正式に『対等な身分』などという形でお相手するのは……やはり、『初めまして』と申し上げねばなりませんでしょうねぇ~」
さらに平手打ち。
「……僭越ながら名乗らせていただきます、余の名はエフィラトスでございます。もっとも、苗字のほうは――聡明な君なら、とうにご存じでしょうから、あえて申し上げるまでもございませんな~~」
――リリラアンナと同じ名。
「……お察しのこととは存じますが、一応これでも刑部省の役人でございましてね~」
彼は笑みを浮かべたまま、血に濡れた手で頭を鷲掴みにした。髪の毛が根元から引き抜かれそうな鋭い痛みが、頭皮全体に走る。
「ある人は余を『アイくん』と呼ぶ。ぷぷっ……それ、面白いでしょう?」
三度目の平手打ち。
先ほどよりも深く頬を打ち抜いた。
リリラアンナの演技を超え、さらに悪質な態度を見せるその男は、ただの芝居ではなく、心の底からの冷酷さを備えていた。
その冷徹さは、経験や環境によって形作られたものではない。まるで生まれ落ちた瞬間から、他者を傷つけ、苦しめることを当たり前とする本能を持っていたかのようだった。
手に持った魔法もまだ発動していない。
封印された……?いや。恐らくそれは……
「おお、反抗するつもりか~?」
男は笑い混じりにそう言うと、乾いた音を立てて頬を平手で叩いた。
皮膚の奥にまで響く衝撃が走り、視界が一瞬揺らぐ。
その手はすぐに振り上げられ、今度は鋭い注射器を握っている。
針先が光を反射し、ゆらりと揺れる。
「この針が、君の眼球に突き刺さる瞬間を……楽しんでみるといいな~」
ぷっ。
白い四芒星の中に突き刺さり、眼膜を貫いた。
針先から注ぎ込まれる魔法抑制の薬が、血管と神経を通じて全身に広がっていく。
感覚が急速に遠のき、世界が音も光も奪われて暗闇に沈んだ。
「人間の皮膚で最も敏感な部分の一つ……それが眼球だと思わないかい~?まあまあ~、他にもあるんだよ~!指先の腹とか、唇の内側とか、舌の裏とか、耳の穴の奥とか……足の裏の中心も悪くないなぁ~。
でもねぇ……やっぱり眼球が一番だよ。痛覚にとても敏感だし、微かな異物でも強く反応する、ここの反応を見ちゃうと、もう他は物足りなくなっちゃうんだよな~」
男は冷ややかな笑みを浮かべながら言った。
見えなくなったはずの左目の奥で異様な感覚が生々しく蠢いていた。
鈍く鋭い感触は、まるで玉ねぎの皮を何層も剥ぐように、一層一層を丁寧に剥ぎ取られていく。
角膜。
前眼房。
虹彩。
水晶体。
毛様体。
脈絡膜。
血管。
視神経。
……。
右目はまだ生きており、その光景をはっきりと捉えていた。
「耳の方は……やっぱり目ほどは効かないんだな〜。ああ〜、やっぱり!」
男は軽く笑いながら、針を抜き取り、血と透明な体液で濡れた金属をちらつかせた。
「最初は考えてたけど〜、やっぱりもう片方の目にするべきだな〜」
その瞬間、目が痛みと共に簡単に壊された。
麻酔はない、そんなもの効かない。