2-20 不意の刑(1)
「先生。」
事件発生から、わずか三十分後。
扉を、間を置きながら——トン、トン……と六度叩く。
やっと「入れ」という声が返ってきた。ラルシェニは扉を押し開け、足早に入室した。
「なぜ——セリホは、あの場所に連れて行かれたのでしょうか?」
声は熱気に押しつぶされるように、わずかに掠れていた。
「わからない。」
机の向こうの人物は、視線も上げず、短く言い捨てた。
「……でも、先生がその時、彼に会わなかった唯一の人物だということに気づきました。」
ラルシェニは一歩近づき、机上に影を落とす。
「先生は……何か知っているのだと思います。」
「では——なぜ、彼に会う必要がなかったのか。考えたことはありますか?」
「?!?」
背中にじっとりと汗が滲む。
心臓がひとつ跳ね、息が詰まった。
——そうか。
あの時、ただ一人、まったく動じなかったのがアシミリアン先生だとしたら……。
もしかして先生には、常人の想像を超える何か——特別な身分か、あるいは能力か——があるのではないか。
それも、国王と肩を並べる者にさえ、一歩も退かず尊厳を保てるほどの力。
そうだとすれば……。
「でも——先生は約束したでしょう。誰であれ、名簿に登録された学生が卒業する前に、本当の意味で危険に遭ったら……必ず、すぐ助けに来てくれるって。」
ラルシェニの声は揺れながらも、真っ直ぐだった。
「今のところ、先生が俺に害を与えることはないと……信じています。」
「……はい。」
アシミリアン先生は短く答えた。
「では、先生も——彼らを助けるつもりですか?」
沈黙。
机の上で組まれた指が、わずかに動く音だけが聞こえた。
「……」
「彼らは……グラウシュミも含めているのか?」
アシミリアン先生の問いに、空気が一瞬固まる。
「え?」
「そうだ。」
「……それは、どういうことですか先生?」
ラルシェニの眉間に皺が寄る。
「グラウシュミは、俺を倒した人物じゃないですか。それは——大勢の人が目撃したことではありませんか?」
「……君、セリホのことを——本当に、よく知っているのか?」
「まあ……そうですね。」
ラルシェニはゆっくりと頷いた。だが、自分の返事にわずかな迷いが混じっていることに、本人も気づいていた。
「それで……これはどういうことなんですか?」
「特優班には……毎年、選ばれるのは十人だけだ。」
アシミリアン先生は淡々とした口調で言った。
「——今年は、追加で二人。要望によって加入した。それだけだ。」
「?!」
ラルシェニの喉が詰まる。それは、「それだけ」で済む話ではなかった。
「この約束は、学校側の要求に基づいてなされたものだ。」
先生は指先で机を軽く叩く。
「理論上、学生を助ける責任はある。だが——この約束の前提は、学院の規則に従うことだ。」
「規則……?」
「学院は、表向きは彼女たちを特優班に受け入れることに同意した。」
そこで先生は一瞬言葉を切り、視線を鋭くラルシェニに向ける。
「だが実際には……学院は彼女たちを受け入れる姿勢が、まるでない。」
空気が重く沈む。
「だから、規則的な観点から見れば——彼女たちを助ける行動には、制限がある。」
先生の声は冷たく響く。
「つまり……現行のルールでは、何もできない。」
ラルシェニは拳を握った。
「……それでは、この背後には一体、何が隠れているのでしょうか?そして……もう一人とは……誰ですか?」
「……分家の二人だ。」
「?!」
ラルシェニの瞳が大きく見開かれる。
「そう。」
「では……セリホの考えに、先生は賛同するのですか?」
「うん。」先生は短く頷いた。
「だから……僕は……」
喉が詰まり、言葉が途切れる。
「結局、どうすればいいのでしょうか?あの——生ける者が死者に変わる場所で、僕にできることは……何かあるのでしょうか?
先生は、何か方法をご存知なんですよね?」
「……家族の力がうまく使えれば、ある程度は状況に影響を与えることができる。」
アシミリアン先生は机の端に指を置き、続ける。
「あなたは家族の重要なメンバーです。いくつかのリソースを使う権利があります。」
「……そうすると、先生は——助けない、ということですか?」
ラルシェニの声は低く震えていた。
「彼の能力なら、安心して任せられる。」
「でもあの場所は……!」
ラルシェニの両手が無意識に握りしめられる。
「誰もが、どういう場所か知っているでしょう……先生は、それをただ見ているだけでいいんですか……?」
言葉の最後は怒りと恐怖が入り混じり、震えていた。
アシミリアン先生はしばらく答えず、低く息を吐いた。
「——いくつかの決まったことは、私には変えられない。だが、君たちは変えることができる。」
——?!
「はい!」
「まずは準備を整えろ。そして……別の要素が加わるのを待つのだ。そのとき共に動けば、受ける脅威は最小限にできる。」
「……」
ラルシェニは唇を噛み、視線を落とした。
——わかっている。先生の言葉は、正しい。
しばらくした後、彼は口を開いた。
「……わかりました、先生。」