1-9 僕、入学試験が終わった
「見て見て!あれ!オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様だ!」
廊下が一瞬でざわつき、人々がわっと集まっていく。少し気になって、僕も近づいてみた。
オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ……
長い名前だな。
その名前にふさわしい、魅惑的な曲線美を持つ紅髪の女が、そこに立っていた。
赤い髪は濃密で美しく、一本の長いポニーテールに結ばれ、背中まで垂れている。
橙色の瞳は威厳に満ち、わずかに上がった口元と白く滑らかな肌からは、健康で活気あふれる生命感がにじみ出ている。
彼女は銀色のぴったりとした鎧をまとっており、精巧な宝石がちりばめられたその鎧は、淡い光の中で輝いている。
手足にも同じく銀色の防具を着け、腰には幅広の革製ベルトが巻かれ、そこには鋭い大剣と、いくつかの便利そうな道具がぶら下がっている。
……なるほど、こんなにも魅力的な人に心を奪われる人が多いのも無理はない。
僕は一目見て、さっと踵を返した。
そんな気質が好きじゃないからだ。
外見じゃなく、内面が強い女性が大好きなんだ。たとえばグラウシュミ――彼女にはまるで一姉の面影を見た気がした。
「ん?」
オレリアがこちらに視線を向けた。まるで「自分に興味のない人間もいる?」と驚いているような表情だ。
はぁ、本当に自分のことを展示台の上の観賞品だと思ってるのかしら。いいわ、好きに指摘させてもらう。
そんなに見られる覚悟があるなら、興味を持たれない覚悟だって持たなきゃいけないでしょ。
「オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様!今回の指揮、本当に素晴らしかったです……」
「お世辞は要りません。」
彼女は軽く手を振りながら言った。
「これは私の務めですから。」
「オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様、現在の国家情勢について、どうお考えですか?」
「私は戦士です。職務は、国家を守ることだけ。」
彼女は当たり障りのない言葉で人々を遠ざけながらも、ちらちらと周囲に目を向けていた。
まるで誰か特定の人物を探しているかのようだ。
その様子が、僕の目に留まった。
「オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様、少し失礼ですが、今回なぜわざわざ学生の入学試験にお越しになったのですか?」
「対戦します。」
彼女は目的に関係ありそうな言葉を耳にしたらしく、立ち止まってそう答えた。
でも——
「えええええええええええええええええ?!!!!!!!!!!!!!」
今日の試験が終わったばかりなので、僕は理論上、友達と校内をぶらぶらするつもりだった。
学校は広いので、散歩するだけでもちょうどいい気分転換になる。
ここにはたくさんの学生がいて、敷地が広くなければ収容しきれないのだから。
「さっき、オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様が視察に来てたよね?」
「そうだよ! オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様、本当に美しいよね!」
……バカみたいだ。
「セリホ!」
グラウシュミが背後から飛びついてきて、ドンッと肩に重みを感じた。
「私、試験終わったわよ! 君はどうだったの?」
「まあ、ぎりぎり合格ラインに届いたくらいかな?」
鬢髪を少し巻きながら、そう返した。
「本番は明日だからね。」
グラウシュミは僕を見つめ、理解とからかいの入り混じった表情を浮かべると、顔をつまんできた。
「本当に、君っていつも本気を隠してるんだ。」
「そんなことないって!」
ちょっと痛いところを突かれたように言い返す。
「ただ、この段階の入学試験で目立つのは、あんまり賢いやり方じゃないと思うだけだよ!」
「賢いやり方?」
「つまりさ、わざわざ基礎知識と適応力の確認を目的とした試験で全力を出すのは……あまり得策とは言えないってこと。だって、この試験、まだいろいろと不正もあるし……」
どの世界にも、絶対的な公平なんて存在しない。遺伝子操作でもして、すべての人が同等の知能と情緒的な素質を持ち、同じ教育環境と成長条件のもとで育てられることが、根本から保証されない限り、それは実現し得ない。
しかし、このような絶対的な理想に基づいた仮定に、一体どんな意味があるのだろうか? それに、これはすでに――
「ねえ、何考えてるの? 明日の試験のこと?」
「いや、全然。それより君こそ、明日の午後に何戦も連続で試合があるんじゃないの?」
「ふん、そんなんじゃ私、全然怖くないね。」
「でも、デルガカナって名前の相手がいて、ちょっと厄介そうだった。今日の試合を見たけど、剣さばきが尋常じゃなかった。」
「どういうこと?」
「簡単に言えば、蛇みたいにしつこいっていうか……普通の剣術とは全然違う。」
「それでも、私だって対処できるわ!」
「ただ、あの子――本気で相手を殺すつもりで戦ってる。」
「え……?」
彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに考え込んだ。
「規則内ではあるけど、それって……」
「うーん、確かに……でも、そんなに危険なら、むしろさらに挑戦的になった!さあ、学校の中を案内して!まずは食堂への最短ルートを確認しに行こう!」
「必要ないと思うけど。さっき廊下で、学年全体の時間割を見たんだ。」
「もう時間割が出てるの?早いなあ!」
「実技中心の授業がほとんどだよ。確かに実践的な教育方式には賛成だけど、授業のほとんどが校外で行われるなら、食堂に行く機会は減るかもしれない。」
「それでも、食堂は大事よ!食事が遅れると、体にも心にも悪影響なんだから。朝ごはんだって必要でしょ?」
「ほんと、食べ物のことばっかり考えてるな。」と僕は笑いながらからかった。
「エネルギーを適切に補給するのは、戦闘力を維持するための知恵よ! 君みたいな貴族には、この大切さはわからないんだから!」
「いや、わからないわけじゃない。ただ、『ご飯』のない食堂なんて、魂のない食事みたいなもので、どうにも満たされない気分になるね。どんなにおいしい料理でも、心が空っぽじゃ意味がない!」
「君こそ、頭の中が『ご飯』でいっぱいなんじゃない!」
「ハハ!」
翌日は体育館で過ごすことに。これも「団結を深めるための」特別イベントらしいが、実際のところはお決まりの、退屈な集団活動だった。
もう慣れた。
今日は試合のスケジュールが詰まっていたため、できるだけ多くの試合の合間に休憩を取りたくて、すぐに勝負を決める戦術を選ぶことにした。
素早く相手の武器を奪い、攻撃力を削ぐことで、自分の勝利を確実にしつつ、双方が安全に試合を終えられるようにした。
しかし、予想通りには展開せず、思いがけない出来事が起こった。
「オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様!あなた様が……!」
長い赤髪をなびかせ、名前があまりにも長すぎて覚えられそうにない女性が試合会場に入ってきた。
そして彼女は、剣の切っ先をまっすぐ僕に向けて突き立てた。力強く、決然とした声が空気を裂く。
「そう!私が対戦相手として指名するのは――お前だ!」
「……?」
僕?
その瞬間、会場全体が、まるで油の中に水が入ったかのようにざわめき、騒ぎが巻き起こった。
「あいつが相手だって!?」「なんだって!?相手はあいつなのか!」と、あちこちから驚きの声が上がる。
どうやら校内中の誰もが、彼女が対戦相手を探していることは知っていたものの、その相手が僕だとは思っていなかったらしい。
僕は眉をひそめた。
おいおい、君、ただでさえ有名人なんだから、そんな公衆の面前で大声で他の人の名前を呼ぶのはやめてほしいの!
こっちは社交不安症ってわけじゃないけど、そんなことされたら、さすがにこっちまで不安になっちゃうだろ!?
それに、剣で人を指すなんて、失礼にもほどがあるんじゃないか? お育ちが悪いのか?
心の中では文句があふれそうになったけれど、表情だけはなんとか平静を保ったまま、言葉を返した。
「えーっと、その……オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様?相手をお間違えではありませんか?」
「いいえ、間違っていない! あなただ!」
彼女の剣先は、なおも僕を捉え続けている。
「私の挑戦、受ける勇気はある?」
やけに子供っぽいじゃないか……。
「僕? ええ、せっかくだから、受けないわけにはいかないですね……」
僕は少し引き気味に答えた。
「ただ、今日の試験の進行に影響が出ないように、昼休みに……」
だが、僕が言い終えるか否かというタイミングで、昼休みのチャイムが鳴り響いた。
オレリアは一歩前に踏み出し、声を張り上げる。
「今すぐ明確な答えを! 今のこの対戦を受けるのか、拒否するのか!」
「……いい。わかった。対戦、受ける。」
観客席は再びざわめき、口々に囁きが広がった。
「おいおい、こいつ無謀にもほどがあるぞ。あんな強者に挑戦するなんて!」
「正気か? オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様に勝てるわけがないだろ?」
「賭けでもするか?」
ローブの人物はそう尋ねた。
「賭け? 結果は見え見えじゃないか! 誰が彼に賭けるっていうんだ!」
「でも、オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様の戦う姿が見られるなんて、これは……!」
「戦う姿って? 三秒で決着がつきそうな気がするけどな!」
「オレリアのオッズは1.01倍、セリホは81倍だ」とローブの人物は言った。
「そんなの聞く必要ある?俺は全部オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様に賭ける!」
「俺も!!!」
「私も!!!」
「はーい、契約書。」
今や食堂には誰もおらず、全員が試合場に集まっていた。
観覧席からの視線は、どれも期待とともに僕の失敗を待ち構えているようだった。
仕方なく、僕はリングに上がった。
「それでは、規則通りお名前を伺っても?」
わざと質問して、少しでも時間を稼ごうとする。
「オレリアでいい。」
彼女はあっさりと時間稼ぎを無視し、大剣を構えると続けた。
「それで、あなたはセリホよね?」
僕は頷き、唐大刀の構えで応える。
「仕方ないから。」
戦いが始まった。
オレリアは大剣を舞わせる。その動きは、優雅でありながら鋭く、一直線に僕へと迫ってきた。
僕は冷静に攻撃を分析し、かわしながら反撃の隙をうかがう。
確かに、大剣の威力は絶大だ。だが、その重さのせいか動きにはどこか遅れがあり、攻撃の軌道にはあるリズムが生まれていた。
僕は自分の小柄な体格と、日々のトレーニングで鍛えた素早さを駆使し、その剣閃の中で回避と防御を繰り返しながら、彼女のパターンを見極めようと努めた。
「完璧な守り。全方位をカバーする隙のない防御。唯一の方法は、体力を消耗させることだ……武器に重さがある以上、それにも限界があるはずだ。」
どれほどの時間が過ぎたのかもわからない。オレリアの攻撃が徐々に弱まり、ついに攻守が逆転した。
——僕、速攻戦が得意だからって、長期戦が不得意なわけじゃない!
やがて絶好のチャンスを捉え、唐大刀をひねって見事に大剣の隙間へと切り込んだ――狙いは最初から変わらず、彼女の武器を奪うことだけだ。
「ははっ! 面白いじゃないか!」
しかし、隙を突かれたオレリアは、なんと爽やかに声高に笑い声をあげた。
僕はすぐに異変に気づくと、唐大刀を振りかざして攻撃のポイントを切り替え、一歩下がった。
案の定、オレリアの大剣は二つに分かれ、軽やかな両手剣へと変形し、さらに猛烈な攻撃を仕掛けてきた。
頭の中に警鐘が鳴り響く。彼女の動きが、ますますしなやかで華やかになっていることに気づいた。
「チッ、この名声はただの噂じゃないか。」
戦況は、オレリアが技を切り替えた瞬間に一気に白熱した。
疾風のように空気を切り裂いて、オレリアの手に握られた軽い剣は、まるで生き物のように舞い踊る。
左右に、上下に、時には横薙ぎ、時には突き刺し――目が眩むような動きだった。
その鋭利な刃先をなんとかかわし続けていたが、一瞬たりとも気を抜くことはできなかった。
毎秒が永遠に感じられ、全神経を集中させて、オレリアの攻撃を一つ一つ読み取ることに全力を注いでいた。
幾度もの攻防の末、ついに彼女の小さな隙を見つけた。大剣から両手剣に持ち替えるその瞬間、ほんのわずかな遅れが生じたのだ。
オレリアが両手剣を使う場面はあまり多くない。だからこそ、ずっと彼女がこの武器に不慣れな瞬間を待っていた。
心の中で「見つけた!」と叫び、わずかな隙を狙って攻撃を仕掛けた。
唐大刀が一閃し、光の残像を残しながら、その小さな破綻へと突き進む。
鋭い金属音が響き、オレリアの手から両手剣が滑り落ち、地面に転がった。
「……」
「……」
一瞬、会場全体が静寂に包まれた。
誰もが目を見開き、口をぽかんと開けて、この驚きの瞬間を目撃していた。
僕は表情を変えずに唐大刀を回転させ、見事に鞘へと納めた。
その音が静まり返った会場に響き渡り、すべてが終わったことを告げた。
周囲は、あまりの展開にまるで凍りついたかのように沈黙している。
「……まさか、こんなことが……」
「……誰が、勝ったのか……?」
観客たちもようやく声を発し始め、あちこちでざわめきが広がっていく。
「ふん。これは本当に一幕だったな、首領? まさに目を見開かされた。」
ローブの人物が、冷ややかに鼻を鳴らした。
そんな声に耳を貸す余裕はない。だって――
裁ー判ー! 早く結果を発表してくれないか?
もう疲れ果ててるんだよ! 視界がかすむほど消耗してるんだから、こっちは!
「……」
「……」
「勝者、セリホ・サニアス・ブルジョシュ・トレミ・アルサレグリア!」
「やっとこれで退場できるのか……」
とはいえ、体力はすでに限界で、今すぐ歩くのも辛い。
唐大刀に体重を預け、どうにか後方へ向かおうとしたその時――
グラウシュミが飛びついてきた。
「やったね! やっぱり勝ったんだ!」
「アハハ、この名声がただの見せかけだと思ってたの? ……でも、今は汗でびっしょりだから、もし嫌じゃなければ――あれ、空が暗くなってきた?」
振り返ると、まるで壁のような先生が目の前に立っていた。
なんと、昨日会ったあの厳しい先生だ!
同じ険しい表情を浮かべながら、彼は言った。
「よくやった、セリホ。戦場の猛将を打ち負かした。筆記試験もこの調子であれば、特別に合格を認められるかもしれない。」
「いや、先生、筆記は得意じゃありません。二時間も座りっぱなしだと、感覚が麻痺するほど疲れるんです。」
先生は眉をひそめ、納得したようにうなずいた。
「確かに、座学はきついかもしれない。」
「ですよね、休憩も――」
「先生、セリホの話を真に受けないでください!」と、グラウシュミが横から口を挟んだ。
「この人、口では不安がってますけど、筆記の成績はいつも満点なんです!」
「なるほど、実力はすでに証明されているというわけか。」
なんとなくわかってきた。まさか、奥様が先生に、こっそり僕に便宜を図らせようとしていたんじゃないか?
でも、僕には自分の実力で証明する力があるし、先生もまた、自らの信念に反することは決してしない方だった。
「特優クラスの教師兼担任、アシミリアン・アレクサンダー・クリストファー・ナザニエル・イマヌエル・ジッド・ベネディクト。」
そう名乗ると、先生は僕たちに手を差し伸べて言った。
「君たち、グラウシュミとラウシュミとセリホ・サニアス・ブルジョシュ・トレミ・アルサレグリア。この国立総合大学校への入学を歓迎する。」
「…分かりました、アシミリアン・アレクサンダー・クリストファー・ナザニエル・イマヌエル・ジッド・ベネディクト先生。」
「長すぎる名前だな」と心の中でツッコミを入れつつ、そう答えた。
「アシミリアンでいい。長い名前は好きではない。」
え、先生もこの長い名前に辟易してるのか?
人への印象の変化は一瞬の出来事であり、アシミリアン先生に対する見方が、初めて真剣なものとなった。
その姿はまるでシングルプレイヤーゲームのキャラクターが現実に抜け出してきたかのようであり、存在そのものが力と美を体現しているかのようだ。
その身長は、群衆の中でもひときわ目立っていた。身長は190センチくらいだと思う。
幅広い肩は、年月が刻んだ屈強な背筋を支え、露出した筋肉の一つひとつは、まるで彫刻された芸術作品のように力強く、堂々としていた。
歳月が刻んだ独特の表情のラインは、その風格を損なうどころか、むしろ年輪のような深みを与えていた。
「今後、君のことをセリホと呼んでもいい?」とアシミリアン先生が問いかけた。
「はい。」
僕は静かにうなずいた。
「当初の予定では、試験において優れた成績を収めた二名の候補者に個別に通達し、全試験終了後に最終決戦を実施することで、優勝者および準優勝者を正式に決定するつもりだ。まさか、君たちががすでに顔見知りだったとは思はない。
「三歳の頃、夏祭りで初めて会った関係ですけど。」
「まったく、若いって素晴らしいな……」
アシミリアン先生はそう一言感嘆を漏らし、立ち去っていった。
「これで、特優クラスの一員ってことで間違いないね。」
「それは当然。」
「まさか……最終的に、君と対戦することになるなんてね。次は、誰が三位になるか見届けてから、そして全力で戦おう!」
「僕も全力で行くよ。」
新しい朝の光が、国立総合大学校の隅々にまで差し込んでいた。
由緒ある家柄が重んじられるこの環境で、特別裕福でもない僕の身分は、時に疎外感を覚えることもあり、情報を得るのにも苦労する。
最近、偶然耳にした話によると、国で最も影響力のあるグレミカイヴァキス家の重鎮が学校を訪れ、ほとんどすべての生徒に魔法の洗礼を施したらしい。
この重鎮は高い社会的地位を持つだけでなく、魔法の道を深く研究する系の首領でもあり、絶大な威望を誇っているという。
僕がその話を知ったときには、彼はすでに帰ってしまっていたらしい。
僕自身はその影響をあまり受けていないけれど、グラウシュミの状況はもっと厳しい。
彼女は卓越した実力を持っているのに、特別な家庭背景もなく、試験の結果もはっきりしないため、より大きな試練に直面しているのだ。
だから、こういうのが嫌いなんだよな。
観客はすでにいっぱいだ。先ほどの3位決定戦ではデルガカナが勝利し、その五分後には優勝決定戦が始まる。
僕たちは別々の控え室に入り、お互いを知らないふりをした。
座ったばかりのとき、デルガカナが傷だらけのまま台から降り、つまずいて倒れてしまった。
放っておくのは性に合わないので、軽く花系魔法で傷を癒してやった。
「時には、自分を武器のように扱いすぎないことも大事だ。」
試合の時間が来た。名前を呼ばれ、刀の柄を握って軽く抜き、「よろしくお願いします」と微笑んで挨拶する。
グラウシュミは、宝石が散りばめられた直剣を手にし、しなやかな構えで応じた。
試合が始まる。唐大刀を速やかに振り出し、瞬時に攻勢に出た。
グラウシュミもすぐに対応し、難なく僕の攻撃をいなして反撃してくる。
即座に反応しなければ、あっという間に主導権を握られてしまいかねない。
初めのうちは、グラウシュミの剣技と速さに翻弄されたものの、すぐにその動きに馴染み、対抗できるようになった。
それでも今回は、あえて自分に不利な状況を作って戦っている。
「ふむ、こんな簡単に降参するわけにはいかない。」
心の中でつぶやきながら、わざと刀を少し緩めた。
彼女の剣が当たる瞬間、刀身を滑らせてかわす。そのまま刀を背中に引き、彼女のバランスを崩すと、鞘を振り上げて直剣を空中に舞い上がらせた。
グラウシュミは完全に不意を突かれたようだったが、剣が手を離れた瞬間、すぐさま魔法を発動した。
腕から一本のツタがスルスルと伸びて、舞っていた剣を絡め取った。
まさに、これこそが勝敗を分ける絶妙な隙だった。
僕にとっても、彼女にとっても、これは勝負の分かれ道。
このチャンスを掴めば、戦局をひっくり返せるかもしれない。
もしかしたら、負け戦を勝利に――いや、逆に勝利を敗北に変えてしまうことすらできるかもしれない。
僕はすぐに攻撃を続けるふりをしながら、グラウシュミにわざと反撃の隙を与えた。
外から見ればただの全力攻撃に見えるだろうが、彼女には僕の微妙な力加減が伝わったのか、わずかに戸惑いの表情を浮かべた。
「やばっ。気づいたのか。」
それでも彼女は、ためらうことなくその隙を利用し、一気に剣を構え直して反撃してきた。
剣先が唐大刀を突き上げた。
その勢いに任せて刀を手放すと、刀は空中で数回回転し、やがて地面に突き刺さった。
「……負けたよ、僕。」
勝負がついた瞬間、観客から盛大な拍手が巻き起こり、「グラウシュミ、おめでとう!」という声援が響く。
しかしグラウシュミは納得がいかない様子で、怒った顔で僕の服をグイッと引っ張った。
「……君ってやつは! 本気出せば勝てたのに……!」
僕は唐大刀を拾い上げ、鞘に戻しながら気楽に言った。
「いやいや、僕、怠け者だからさ。早く終わらせるのも悪くないでしょ?」
「それって、手加減したってことじゃない! 本気を出せば絶対に私に勝てたのに……!」
「後ろで話そう。観客がたくさん見てる。」
「……そうね。じゃあ、後ろで話すわ!」
そして控え室に戻ると、彼女は待ちきれない様子で詰め寄ってきた。
「3、2、1、合理的な説明をしてちょうだい!君、わざと私に譲ったでしょう? 最初は君に攻めてきたのに、本当は勝てる実力があったんだから!」
「もう少し声を抑えて……他にも人がいるんだから。……ん?」
「話を逸らすな!」
「いない? まあ、いいけど。」
鬢髪を少し指に巻きつけながら、「いやね、実はそう考えたんだ。でもさ、もし筆記試験と実技試験で全部トップを独占しちゃったら、目立ちすぎるでしょ?」
「じゃあ、どうしてもっと1位を狙わないの?」
「人間ってね、欲張りすぎない方がいいって、今ならわかるんだ。全部で1位を取っちゃったら、他の人たちはどう思う? みんなが輝けるチャンスがあった方が、やる気も出るし、成長できるじゃん?」
「ほんとに、君はいつも手を抜いてばっかり! まさか筆記試験でも手を抜いたんじゃないでしょうね?!」
「これは絶対に手抜きしないって――いたっ!」