表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/112

1-4 僕、精霊を仲間にする(1)

 スティヴァリの森、12時、日中。

 太陽の光が木の葉の間からちらちらと差し込み、草むらや背の高い木に柔らかい斑模様を描いていた。森の中はほのかに花と木の香りが漂い、そよ風が枝を揺らして「カサ……カサ……」と優しく葉擦れの音を奏でている。

「ぴゅる?」

「お腹が空いたのか?ああ、そういえば、君の食べ物の好み、まだ聞いてなかったな。」

「ぴゅるぴゅる……」

「ただの水でいいのか?それなら、向こうの川で飲めばいいんじゃない?」

 けれど、スライムはぷるぷると小さく震えながら、わずかに体を引っ込めた。

「……あれ?川の水、嫌いなのか?」

 仕方がない。

 僕は魔法で氷を作り出してみた。

 するとスライムがそれに飛び乗って、パクパクと食べ始め、「ぴゅるぴゅる!」と嬉しそうな声を上げた。

「……溶かして飲ませるつもりだったんだけど。」

 さて、精霊に名前をつけるのは、けっこう大事なことだ。

 名前はその精霊の「第一印象」を決定づけるものだから、「刺身」とか「スイカ」とか「ワンワン」なんて、適当には呼べない。

 だから僕は、スライム自身に名前を選ばせることにした。

「契約も結んだし、君はどんな名前がいい?」

 スライムは「ぴゅるぴゅる!」と元気よく鳴いた。

「……僕に任せるの?変な名前をつけられるかもしれないんだぞ?」

「ぴゅるぴゅるぴゅる!ぴゅるぴゅるぴゅるぴゅるぴゅるぴゅるぴゅる!」

 スライムは、意外にも真剣な様子で応えた。

 それから、少し頭を下げて、「ぴゅるぴゅるぴゅるぴゅる……ぴゅるぴゅる、ぴゅるぴゅる……」と、どこか寂しそうに鳴いた。

 その声は、はっきりと僕の心に届いた。

「どんな名前でもいいから……お願い、見捨てないで……」

「なるほど……過去に何があったんだ?」

「気づいたときには、見知らぬ場所にいて。湿っぽくて、暗くて……もう、うんざりするほどでした。そこに誰かが来ては、私をケージに閉じ込めては去っていって……毎日、やましい気持ちばかりで……」

 僕は黙って耳を傾け続けた。

「捨てられて……ひとりにされて……一度だけ、優しい人が私を救ってくれたんです。それなのに、またすぐに捨てられてしまって……私が弱すぎたから!全て私のせいです!!こんな私がこの世界に生き残って……意味が、ない……」

「……そうか。つらかったな……じゃあ、君の名前は――『ヴィーナ』だ。」

「『ヴィーナ』……はい、覚えました、主人。」

 精霊と主人の契約は絶対であり、一度契約を結べば、明確な主従関係が成立する。

 ただし、主人が死亡すると契約は無効となり、その後は精霊が従うことはない。

 この契約関係は、精霊と人間の間に限らず、人と人の間でも成立する。

 この世界では、そうした契約は比較的一般的なものだ。

 前世の歴史で言えば、ちょうどコロンブスが新大陸を発見する以前の時代で、契約という概念が重視されているのも、この世界の構造からすれば当然のことだ。

 この魔法の世界において、精霊との契約方法は大きく二つに分けられる。

 ひとつは、戦いの中で相手を限界まで追い詰め、力で服従させる方法。

 もうひとつは、精霊が自ら心を開き、進んで従おうとする方法である。

 もっとも、後者――精霊が自ら心を開いて従う方法――は、現実にはほとんど実現しない。

 どの世界でも「強者こそが支配する」という法則が深く根付いているからだ。

 精霊が心から服従するには、主人がそれにふさわしいだけの実力とリーダーシップを持っていなければならない。

 つまり、ただ力があるだけでは足りない。知恵と器量、そして信頼に足る人格が必要とされる。

 そうした自然な関係が築かれるまでの道のりは、決して短くはない。

 むしろ、多くの精霊にとっては、適切な主人に出会えること自体が奇跡に等しい。

 知恵ある精霊なら、価値のない主に縛られるくらいなら、迷わず逃げ出すだろう。

 ……だが、ヴィーナは少し特別だ。

「システム。」

「お待ちしておりました。ご質問は、『収復した精霊の扱い』についてでよろしいですね?精霊の管理方法、あるいは用途に関してでしょうか? もう少し詳しくお知らせいただければ、より的確な回答が可能です。」

「……なかなか賢いじゃないか。じゃあ、教えてくれ。」

「はい。収復した精霊は、持ち主の判断で『保管状態』にしておくことも可能です。必要なときに名前を呼ぶことで、精霊は自動的に召喚されます。また、常時身の回りに展開し、共に行動させることも可能です。」

「なるほど。日常生活では、呼んだときだけ出てきてもらうか?スライムを連れ歩いていたら、目立ちすぎて困るから。」

「あの……スライム一匹だけで戻るおつもりですか?」

「……今ちょっと煽ったろ?」

「いえ、決してそのような意図では。ただ――この新たに収復された『特殊個体』が、戦闘や支援でどれほど役立つか、一度試しておく価値はあるかと。」

「ふーん……理屈は分かる。でもな、もしヴィーナが死んだり、逆に相手を殺しちまったら?リスクのほうがデカいだろ?」

「ご心配なく、主人。この俺は強いですから。ちょっとだけ、腕前をご覧にいれましょうか。」

 ヴィーナはそう言うと、ぴょんと青い毛玉けだまのほうへ跳ねていった。

「待て!」

 っていうか、「この俺」ってどういう意味?

 青毛玉あおけだまは、システム図鑑に新しく登録された小型モンスターで、その学名もそのまま「青毛玉」。

 羊毛のようなふわふわした青い繊維に包まれた体をもち、つぶらな大きな瞳と、無邪気な表情が特徴だ。まるで毛玉がぴょこぴょこと跳ねているような見た目で、思わず触りたくなる可愛さを持っている。

 戦闘力はあまり高くないが、特筆すべきはその防御能力。

 攻撃を受けた瞬間、青毛玉はふっと丸まり、硬い青い球に早変わり、どんな攻撃も、ぷるんと弾き返してしまう。その様子は、まさに「天然の盾」。

 個体としては弱くても、集団になると話は別。複数が一斉に丸まり転がり始めたら、地形を変えるほどの勢いを持つこともある。

 そのため、「可愛いけど油断ならない」という認識がこの種には付きまとっている。

 僕が止める暇もなく、ヴィーナは突如攻撃を開始した。

 その身体はみるみる膨張し、ドロリとした酸性の粘液に包まれたかと思うと、凄まじい勢いで青毛玉に体当たりをかまった。

「早すぎるって!」

 青毛玉は反射的に防御姿勢を取ろうとしたが――遅かった。

 ヴィーナの攻撃は見た目以上に重く、粘液の一撃が青毛玉を貫通した。ひび割れが広がり、目に見えてHPが減っていく。

「予想した通りヤバイ……」

 青毛玉はあわてて足元の草をむさぼり回復しようとしたが、ヴィーナはそれを許さなかった。間髪入れず次の衝突を仕掛け、さらには高濃度の酸性液体を体から噴き出し、じわじわと青毛玉の体表を侵食し始めた。

 ふわふわとした青い毛がばさりと剥がれ落ちた。肌には焼け焦げた痕が赤黒く浮かび、逃げようと足掻く毛玉の体は、ヴィーナの粘ついた体にがっちりと絡み取られていた。

 逃げ場など、最初からなかった。

「必要があれば、精霊が危険にさらされた時点で収納することも可能ですし、決着がつく直前に呼び戻して攻撃を止めることもできます。」

 システムが不意に現れ、無機質な声で説明した。

「無理だろ!まだ契約してないから!ヴィーナ、やめろ!」

「……わかりました。主人がそう仰るなら。」

 ヴィーナは後退し、静かに僕の前に戻った。そして、こう言った。

「ご覧になりましたか、主人?これが俺様の圧倒的な力――つまり、勝利の証です!」

 なんだこいつ、過去の人から一体何学んできたの……?

「でも君、まだ正式な契約はしてないんだから。」

 僕は花系魔法で作ったペンと契約書を手に構えた。

「え、ええっ!?」

 そう――実は、ヴィーナとはまだ正式な契約を交わしていなかった。

 物理的に精霊を従わせることは、あくまで前提条件に過ぎない。本当の契約には、いくつかの決まりきったプロセスと儀式が必要だ。

 その中でも、最も重要なのは――「契約書に自らの意志で署名すること」。

 これは単なる形式ではない。心理的な準備を整えるための儀式であり、意識下に「自分はこの契約を受け入れた」という暗示を強く刻む行為でもある。

 かつての世界でも、書面にサインをすることが信頼と誠意の証だった。

 この世界でもそれは同じ。文字を刻む動作、紙の感触、視覚に映る契約の文面――

 そのすべてが、契約という行為に真実味と重みを与えるのだ。

 この正式な印が心に刻まれることで、契約は単なる取り決めではなく、魂と魂の絆として成立する。

 それによって、互いに対する信頼はより強固になり、裏切りや誤解の余地も限りなく少なくなる。

 契約書には、当然ながら古くから伝わる定型フォーマットがある。

 その名も――

「魂の契約」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ