1-3 僕、とここの幼馴染(2)
「ずるい!君絶対、魔法使ったでしょ!」
グラウシュミはぷりぷりと怒りながら叫んだ。
「う、バレた?次からは使わないって約束するよ!」
僕は素直に木から降り、足元にふわりと青い花を咲かせて、柔らかく着地した。
「もう!ズルしたらダメだってば!」
グラウシュミはふくれっ面で僕の腕を軽く叩いたけれど、すぐに笑顔に戻って、「でも楽しかったから許してあげる!」
その無邪気な笑顔に、なんだか僕も心が温かくなった。
遊びから帰った僕は、なんとなく気になってシステムを開いてみた。
すると、データパネルの中に、見慣れない新しいエリアが追加されていた。前までグレーアウトされていた項目が、いつの間にかロック解除されている。
その名は──「精霊」。
「精霊を発見し、契約を結ぶことで仲間にできる。
契約した精霊は、戦闘・生活のあらゆる場面で使役可能。精霊は主に対して絶対服従し、意思を裏切ることはなく、秘密を漏らすこともない。
全ての意思疎通は魔法を通して双方向で行われる……」
まるで魔法使いの相棒みたいな存在。でも、あまりに都合がよすぎて逆に少し怖い。
これを見た瞬間、なぜか頭の中に「契約精神」「個性尊重」「平等」、さらには「法的保障」や「法治主義」なんて妙な言葉が次々に浮かんできた。
……ちょっと待て、前世の自分は数学専攻だったよな?なんで急に法律っぽい知識が出てくるんだよ……。
すると、突然システムの音声が聞こえてきた。
「質問:今後、システムの知識成長を自動で進めるか、手動で制御するか、その選択肢について検討されているのですね?」
「え、いや違う! そもそもなんで喋ってるんだ?」
「質問:では、今後どうすればよろしいですか?」
「いや、だから!知識の成長は『お前の機能』だけでやってくれ!僕の前世の記憶とか知識とか――勝手に押しつけてくるの、やめて!」
「了解しました。自動成長機能を解除し、知識の共有は手動制御に切り替えます。以降、すべての情報転送はユーザー様の明示的な許可を必要とします。この設定変更で問題ありませんか?」
「それそれ!」
「設定変更が完了しました。どうか素晴らしい一日をお過ごしください!」
と、システムはどこか嬉しそうな声色でメッセージを残し、自動的に終了した。
……いや待て。
その「素晴らしい一日を」って。システム、もしかして自我、持ち始めてる?
「システム?」
「こちらにおります。」
すぐに返事が返ってくる。
「……前世が死んだ直後くらいに流行ってたゲーム、出せるか?オンラインのやつ。」
「申し訳ございません。ネットワークの接続に制限があるため、オンラインゲームの復元は現在の環境では対応できません。」
「……じゃあ、オフラインゲームは?」
しばらくして、視界の半分ほどを覆うスクリーンが突然出現した。反射的にまばたきするが、目を閉じてもスクリーンはそのまま残っている。
「オフラインゲームであれば再現可能でございます。方向キーのご操作につきましては、脳内で上下左右をイメージしていただくことで操作できますので、ご案内申し上げます。」
「それなら……『私』が死んだ後に出たゲームとかは?それって、遊べないのか?」
「申し訳ございません。お手持ちの記憶に存在しないゲームにつきましては、当システムではデータ構築が不可能でございます。現時点で提供可能なのは、前世のプレイ記録、記憶、または学習済みデータに基づくシミュレーション環境に限られております。何か他にご希望のゲームがございましたら、お知らせくださいませ。」
「そうか、仕方ない。……あ、そういえば、精霊ってどこに行けば見つかるの?」
「スティヴァリの森での探索を推奨いたします。多様な生物が生息しており、お近くの地域としては最適な候補地です。――どうか、探索をお楽しみくださいませ。」
「……ふーん、スティヴァリの森か。準備してから行ってみよう。」
スティヴァリの森は、確かに近い。
グラウシュミと遊んでいた場所から西へ、ほんの3キロほど進めば、魔物や魔力があふれる森にたどり着く。
森に足を踏み入れた瞬間、高くそびえる木々から溢れるエネルギーを感じる。
陽の光が、鮮やかな緑の葉を照らし、小川がさらさらと流れて、水面は陽光を反射してキラキラと輝いていた。
花の香りも漂っていて、まるで夢の中にいるような場所だった。
けれど、森の奥に進むにつれ、空は黒い雲に覆われ、光は次第に届かなくなっていく。
冷たい風が吹き抜け、どこか不気味な気配が漂い始める。
奥地には、誰彼かまわず襲いかかってくる恐ろしい魔物が潜んでいる――そんな噂もある。
「……あなたの父さんは、この森に入って、もう戻ってこなかったんだって。」
アルサレグリア奥様は、いつも僕にこう言う。
「森の奥深くには、伝説の人喰い鬼が潜んでいると伺っております。」
システムもそう言った。
「それは約500年前の記録に基づく伝承でございますが……近年、その人喰いの悪鬼が再び目を覚ましたという噂もございます。ですので、あまりお立ち寄りにならない方がよろしいかと存じます。」
──「虎穴に入らずんば虎子を得ず」ってやつだな。
とにかく、まずは森の外れを軽く探ってみることにした。
何度も説得を重ねて、ようやくアレグリア奥様の許可をもらい、僕はスティヴァリの森へと足を踏み出した。
ここは、どの国にも属さない自由地帯。すべての魔法使いを歓迎する――そう謳われているが、実際は「危険地帯はこちら」と看板でも立てたくなるような場所だ。
森の中に足を踏み入れると、まるで夢の中のような幻想的な光景が広がっていた。
光は木々の隙間から斑に差し込み、空気は魔力を帯びてかすかにきらめいている。
少し進んだ先で、もこもこと青いスライムがぬっと姿を現した。
見た目はただのドロドロしたゼリー状の魔物。けれど、そのつぶらな瞳の奥には、確かな輝きが宿っていた。
――あの光。間違いない、「特殊な魔物」だ。
貴重な物を保管できる内部構造と、酸性の粘液。自分がなく、忠実で、使役魔法にも適応しやすい。高ランクの魔物として、ペットには理想的だ。
僕はそっと指先を伸ばし、火球を生み出した。
それはシステムの理論で、花系魔法から派生した特殊魔法――今のところ、僕しか使えない特殊な魔法だ。
スライムはこちらをじっと見つめていた。その目が、ふいに十字に光った。
ん?なんだ、その反応。
怒ってるわけじゃない。でも、どこか怯えているような――いや、まさか……
このスライム、自我があるのか?
そう思った瞬間、身体の方が先に動いてしまっていた。
火球を――投げてしまった。
「しまった!」




