2-7 普段一日(4)
「おお、恩人、来てくれたんや!」
十遊秤が玄関に立っていた。
「これから予定ある?」
「あるんや。あ、こいつ……なんや?」
道を空けて後ろの人にうなずき、「自己紹介してください」と促す。
「はい、ラルシェニです。」
ラルシェニは控えめな声で言った。
「彼は貴族出身で、ズィラン家から来ています。家族の直系の子息として、いずれ家の次期当主になる予定です」と僕が付け加えた。
「ん? 貴族? 恩人?」
「この件に関しては信じて大丈夫。まずは自分の用事を済ませてください。もし必要があれば、彼は後でここに上がってくるでしょう」
僕は十遊秤に、先に用事をこなしてほしいと伝えた。
「俺、恩人ずっと信じとるんやで。」
「セリホくん。これから……何を……いつに……?」
「最後に、もう一度我慢強く僕たちの考えを聞いてみてください。
それがラルシェニ君の考えと完全に一致しているかどうかを確かめて。」
僕は彼を会場に案内しながら言った。
「ここでは、まず耳を傾けることに集中しましょう。ラルシェニくんの意見は非常に大切にしているから。」
「なにか間違っとるんか!? 中世の王って、自分で生活するもんちゃうんか? 北は何をしてる? どうしてこんな根拠のない税金を取るんや……!」
リリラアンナは奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めた。
「……このくそったれブレランカイスニ家!」
リリラアンナは言葉を共通語に切り替えた。
「全部食われてしまえばいい! この国と手を組んだ野郎どもめ!」
「……
さっき観察さしてもろたんやけど、皆はんの目ぇからは、これまでの恐怖とか従順さがだんだん薄うなってきとるわ。せやけど、その代わりに反発心とプライドが芽ぇ吹いてきとるんやあらへんか。
これは今までになかった力やし、自分の価値に目ぇ覚めはった証拠やで!
俺ら獣人は、知恵も勇気も感情も、ちゃんと持ち合わせとるんや。差別される筋合いなんかあらへんし、下に見られてたまるかいな! この目覚めは平等と尊敬を勝ち取るためのもんや。血みどろの復讐が目的やあらへん!
道のりは険しゅうて、命懸けになるかもしれへん。それでもな、たとえ俺が真っ二つにされても後ずさりはせぇへん!
仲間のため、獣人の明日のため、手ぇ取り合うて世界に証明せなあかんのや。俺らは人間と対等に、この大地で胸張って生きていく価値があるんやで!」
十遊秤が発言を終えた後、僕はラルシェニに目を向けた。
「賛成か?」
「賛成だ。」
「では、次は君の番だ。何を言うべきか分かっているだろう。」
「何も言わなくてもいい、セリホくん。それは当然のこと。」
そう言って、ラルシェニは拍手の中ステージに上がった。
突然の変化に、ほとんどの出席者は対応できず、顔を見合わせながら疑問に満ちた目で互いの表情から答えを探していた。
「以前の無知と偏見について、皆さんにお詫びいたします。」
ラルシェニは口を開いた。
「ラルシェニ・グラン・ズィランです。ズィラン家から参りました。」
会場は静まり返った。
「ズィラン家の代表として、そして、いまだ目を覚まさず古い考えに縛られたままの貴族たちをも代表して、心よりお詫び申し上げます。
長い歴史と現実の複雑な事情の中で、皆さんが長きにわたり大きな不公正や差別を受けてこられたことを、私は深く理解しています。
それらの不公正は、一朝一夕に変えられるものではありません。
私はその事実を胸に刻み、深い痛みを感じています。」
ラルシェニは軽く頭を下げ、目には心からの確信に満ちた光が宿っていた。
「私は貴族の一人ですが、ときに自分の力の小ささを痛感します。
根深い偏見や不公正を前に、無力さや迷いを覚えたこともありました。
それでも、変えるための道を探すことだけは、決して諦めませんでした。
本当の力とは、出自や地位にあるのではなく、問題に正面から向き合い、それを変える勇気を持てるかどうかにある――そう強く信じています。
一人の力だけでは、貴族階級の偏見を揺るがすことは難しいと分かっています。
身近な人すら変えるのは容易ではありません。
それでも、私は立ち上がる人間でありたい。
皆さんと心からの対話と理解を築き、偏見をなくし、真の平等を実現する道を、共に探していきたいと思います。」
彼はわずかに身をかがめ、敬意と決意を示すように深く一礼した。
「私の力は小さいかもしれません。けれど、どんな努力も決して無駄にはならない。
行動を通して、より多くの人に影響を与えていきたいと願っています。
どうか信じてください。
私はただの空論を語っているのではありません。
皆さんを支え、皆さんの権利を守り、そして社会の前進を共に実現するため、必ず具体的な行動を取ります。」
拍手が雷鳴のように鳴り響いた。
彼がステージ裏に戻ったとき、十遊秤の態度もわずかに緩んでいた。
「言うてたんは、恩人さんからのアドバイスやったんか?」
「恩人って、セリホくん?」
「あーん、そやそや!」
「セリホくんは、秤くんをかつて助けたのか?」
「そらもう! 俺がここまで来れたんは、恩人さんのめっちゃ丁寧なご指導のおかげやで!」
「もう、そんなふうに言われると恥ずかしくなるよ。」
僕は彼らの真ん中に歩み出て言った。「お互いにとってもいい言葉だ。」
「俺に丁寧に指導してくれてありがとう。ただ、少し残念な点がある……」
「そばにいる人たちを変えきれなかったこと?」
「はい。」
「リツイベットさん?」
ラルシェニは言葉を失って、顔を赤く染めた。
「でも、彼女って結構頑固で、北の国で政治と権力を握っているあの名家の娘とすごく親しくしている感じなんだ。
彼女自身は、大きな転機を経験して、初めて気づくのかもしれないね。」
「貴族さん同士の関係って、めっちゃややこしいんやんか!」
「あっ、ちょっと用事があるから外出してくる。後でまた二人に会いに来る。」
「はい。」
「うん。」
「セリホくんのこと、尊敬してるんだ。」
「ええなあ。恩人さんはホンマ親切やで。自分がケガしてもなんとも思わへんくらいや。そらもう、恩人さんがめっちゃ強いからやろなあ。」
「うん。彼は強いだけじゃなくて、みんなの幸せのために一生懸命なんだ。生まれながら誰もが自由で、尊厳と権利において平等だってことを教えてくれたのもセリホくんなんだ。
だから、俺は彼を信じ続けて、その力になりたい。だから君たちも信じて、いつでも来てほしい。」
「おお、ラルシェニくん!これホンマめっちゃえらいやん!」