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2-5 秘事一隅(1)

 朝の喫茶店は、まるで世の中から切り離された桃源郷のように、静けさと安らぎに包まれている。

 店内のレイアウトは整然としており、一番奥の席を除けば、すべての椅子がテーブルの下にきちんと収められ、美しい直線を描き出している。

 明るい窓からは日差しが斜めに差し込み、テーブルの上に金色の光と影をそっと描き、この空間にゆったりとしたくつろぎを添えている。

 部屋いっぱいに広がる濃厚なコーヒーの香りは、隅々にまで染み渡り、まるで香りそのものの中に身を置いているかのようだ。

 白い壁に掛けられたアート作品も、静かにこの空間の一部として寄り添っている。

「……あ?」

 カウンターの向こうでは、旦那さんがコーヒー豆を丁寧に磨いている。その所作は、まるで芸術的なパフォーマンスのようで、見ているだけで胸が熱くなる。

 コーヒー豆を挽く音は柔らかく、一定のリズムを刻みながら、一粒一粒が砕けるたびに、小さな物語を語りかけてくるようだ。

 旦那さんの顔にはどこか見覚えがあり、その手際の見事さは、動作の一つひとつにコーヒーへの愛と執念が込められていることを物語っている――それが、なぜだか懐かしい。

「デルガカナ、分からない。セリホ、もう一度言ってください。」

 銅製のコーヒーポットから水がゆっくりと流れ出し、細い糸のように柔らかく、ちょうど良く挽かれたコーヒーの粉へと落ちていく。

 それはまるで時を刻む芸術のようで、一滴一滴が正確に、秩序をもって粉の隙間に染み込み、瞬く間に小さな泡を立ち上らせる。

 まさに、コーヒーの粉と水が初めて出会う瞬間の、熱烈な反応だ。

「お前……?! 風系の首領が入れないなんて本当だったのか……?!噓?!!まあいいけど……。え、え? えええ???」

 やがて色は浅い褐色から深みを増し、宝石のようにきらめく紅茶色へと変わっていく。

 予熱されたカップに注がれると、その内壁には美しいリングが残り、これは高品質なコーヒーの証である。

 まさに、時間と技術が育んだ小さな芸術品だ。

 旦那さんは、そのコーヒーをリリラアンナのテーブルへと静かに運んできた。

「ご注文の『砂糖も塩もガーリックもミルクも入っていないエスプレッソ』でございます。」

「わあハハハハハ、ありがとう! ところで旦那、これいくらでしたっけ? 価格を見忘れちゃった!」

「45ゴールドだ。」旦那さんは笑いながら答え、リリラアンナもすぐに心地よくゴールドを取り出した。

 旦那さんが去ったあと、僕はリリラアンナに声を低くしてつぶやいた。

「たった一杯のコーヒーなのに!」

「まあ、他の店に比べれば安い。それに、ここに来たのはただコーヒーを飲むためじゃないんだよね~」

「環境を買うってこと? 以前、家を追い出された時にも買ったけど、今の物価に換算すれば30ゴールドでも十分だった。

 それに、買った後は充電しながらネットを使って、いくつかチェスの対局をしても特に問題はなかった。

 この経済環境は規模が小さいから安定しているし、インフレーションの水準もそれほど高くない。

 ゴールドは、あちらで流通しているお金に比べてより高い購買力を持ち、価値も保障されているから、最も価値があるんだよ。けれど、こっちはね……」

「え、待って待って。さっきチェスを指すって言ったよね? 一局やってみない?」

「チェスは下手だ。」

「逃げるつもりなの? やってみようよ、やってみよう! 将棋とかシャンチーでもいい!」

「逃げるつもりじゃない。ただ……君が基本をおろそかにしたまま僕と将棋を指しているってこと自体、時間の無駄に思える。」

「そうそう、無駄無駄。だってここに来た余はただ……」リリラアンナは話題を変えるようにコーヒーを置き、「デルガカナ、グラウシュミ、何か食べ物でも注文して。お前、余と一緒に来い。」

「分かった。」

「何か問題でもあるの、リリラアンナ?」

 旦那さんはニコニコしながらこちらを見た。

「見てわかるだろ、旦~那! 図書館はいつ開くんだ?」

 リリラアンナは胸を張って言った。

 知り合い……なのか?

「図書館……?」

「余たち、入ってもいいのだな?」

「何を調べたい?」

「月系魔法。」リリラアンナは遠慮なく答えた。

「何も知らない。」旦那さんはそう言い終えると、テーブルに鍵を置いた。

「トイレは奥の方にある。」

「分かる!」

 リリラアンナは僕を奥へと案内し、小道を少し進んだところで、急に振り返った。

「ところでお前、どうしてあんな連中と関わることになったんだ? さっきはお前に邪魔されたし、それに彼女たちがいたから聞けなかったけど。」

「それは君自身が邪魔をしたんだろ? そして彼女たちに責任を押し付けようとするなんて……。」

「い! い! 関! 係! ない! 言えよ!」

「確かに、あの中の一人──代表らしき人物とは、一度会ったことがあるみたいだ。魔法の適性検査を受ける時に。」

「『確かに会ったことがあるみたい』? そうか。」

 リリラアンナは少し考え込んだが、あまり追及しようとはしなかった。

「それなら普通だな、疑い深い死んだ鬼。」

「はあ?僕はまだ生きている――この世だけど。」

「前世は?」

「もう前世になったから!君ももう死んでるだろ?」

「死鬼(死体)がしゃべっている。」

 リリラアンナはようやく僕をトラップドアの前まで連れて行き、「余は喫茶店で待っている。お前はゆっくり見てこい。」

「……はい。」

「……」

 ……

 その後戻ると、グラウシュミとデルガカナは遠慮なくたくさんの料理を頼んでいた。

 リリラアンナも遠慮なく全部注文し、すぐに支払いを済ませた――さすがリリラアンナ、本当に気前がいい。

 さっきデルガカナを調べたとき、うっかりメニューを見てしまったのだが、ここでの平均的な朝ご飯が400ゴールドもするなんて、本当に驚いた。

 昼ご飯も晩ご飯も天文学的な値段で、普通の人なら目を覚ますほどに衝撃を受けるだろう。

 ――さすがリリラアンナだ。

「なんだって? スティヴァリの森?」

「知らない。」グラウシュミは答えた。

「そのことについての記憶はない。デルガカナの方が、もっと詳しい時期を覚えているんじゃないか?」

「たぶん、四歳、いや、三歳かな。四歳に、しておこう。四歳の時、デルガカナ、森の中で、白い光、見た。森が、全部、月の光に、包まれて、とても、美しいと、デルガカナ、そう、思った。」

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