2-4 怒林空痕(3)
「なら!そう考えると、あの豚肉野郎のおかげで、初めて理論を実践できたことに感謝せねばならんな!」
「結局殺したのか?」
「半殺。殺人は違法だかたそんなことはしない。一刀入れては魔法で癒し、死なぬぎりぎりで生かしてやったのだ。だがな、奴らが他人にしてきたことと比べれば、余のやったことなど、まだまだ優しい方さ。」
「それでデルガカナを君に渡したのか?」
「ありえないだろう?まずは値切らねば!豚肉野郎が最初にふっかけてきたのは、億単位の身代金だったのだ。だから余は、少し傷を負わせて値を下げさせた。
でーーも!それでもまだ高い!!さて、どうする?ありえんよな?だから余は、さらに少しずつ切り刻み、スプーンで肉をえぐり取ってやった。最後には、ついに奴が観念して、『もういい、やる、やる!』と叫んだのだ。」
「それで?デルガカナをその男から買い取ったのか?」と、グラウシュミが尋ねた。
「買い取った?そんなわけないだろう。それに――命というものは、値段で測れるものなのか?」
そしてリリラアンナは、ふいに声を落とし、共通語で語り始めた。
「その時の私には金もなかったし、周りに人影もなかった。なにしろ、あいつを一発殴り倒した後は、私の声があの豚肉野郎の叫びよりも大きく響いたから、周りの連中も皆、逃げ散ったのだ!」
「デルガカナは、その時、教会の外で、はっきりと聞いていた。」
デルガカナが口を開いた。
「リリラアンナ、言ったのは、『これは、取引じゃない。交渉でも、ない』という、言葉、だった。」
「負け犬は負け犬らしく振る舞え。私と豚肉の間に、交渉も取引も存在しない。」と、リリラアンナは共通語で言い放った。
「『じ、自分の価値をわきまえろ!条件?取引?――自分が何様だと思っている!よ、余と、交渉する、資格は、余が、与えて、やっている、最大の、慈悲だ!それ以上、なお望む、つもりか!?』」
デルガカナは、いつになく自信ありげに、リリラアンナの表情を真似しながら言葉を並べ立てた。だが、途中で言葉を忘れたのか、慌てて元の様子に戻ってしまった。
「リリラアンナ、たしか、そんな感じ、だった、よね。」
「もっと鋭く言ったはずだけど、大体合っている。」とリリラアンナが言った。
「あ、そうだ。リリラアンナ、また、そう言った。『無価値』、『無価』――だって。デルガカナ、その言葉に、すごく、感動した……」
「あの肉塊など、市場に出しても五十円の値もつかない。その時そう皮肉を言ってやったが、理解できたかどうかは怪しいものだな。」
リリラアンナは目を転がすようにして続けた。
「まあ、ともかくいろいろあって、デルガカナはついに余のそばに来た。精神状態が不安定なのも知っていた――あの家族に関わる者で、しかもこの代、殻借りて根っからの正しいヤツ以外全員精神的に安定してない。
特別な奴がいるからかもしれない。」
「あれだけ苦しんだのに髪が白んでないね。」僕は軽く冗談を言った。
「もし短期でもっと酷い目に遭ったら、そうかもしれない。」
リリラアンナが静かに答えた。
「どういう意味?」
「約十年前、デルガカナが拷問を受けていた時、余はずっとそばにいた。もし余がいなければ、その虐待はもっと苛烈で、何度も繰り返されていただろう。
あの頃は、魔力を振り絞ってようやく治せるかどうかという限界だったからな。余がいなければ、デルガカナは今も生きていたかどうか……怪しいものだ。
そのおかげで、余に見せつけられた拷問の手口は、すべて目に焼きついた。もっとも、余に見せられたのはデルガカナ一人だけではなかったがな。」
「そういえば……グレミカイヴァキス家は、まさか『吏戸礼兵工刑』――律令体制の官僚機構を六つに分けたうちの最後で、罪を裁き刑罰を司る『刑部』――を、グレミカイヴァキス家が担っているのか?
なるほど、だからあれほどの権力を握っているのか……」
「ええ。世間知らずなお前でも、校事院の名前くらい知っているだろ?阿鼻叫喚のごとく悪名高いあの場所は、グレミカイヴァキス家が管理しているの。
もう十年も過ごしたから、その手段はきっと何度も改良されて、今では一夜にして髪が白くなった人も増えているでしょう。」
「そっか……」
「まあ、白髪になる前に、奴らの方法で三度も四度も五度も六度も、何度も死んでいるはずだ。」
そう言い終えると、リリラアンナはいつもの軽い口調に戻った。
「まあとにかく、事件は完璧じゃなかったけど、一応は解決した。それでいいんだ。解決したことが重要なの。その後はね、デルガカナを連れてここまで逃げてきたってわけ~」
リリラアンナは微笑みながらグラウシュミに向かって言った。
「そして余は、君が彼女の両手を切り落とすのを見ていた~」
「デルガカナは強い。とても強い。私と一対一で戦った者の中で、間違いなく最強の一人だった。」とグラウシュミは答えた。
「あの時は緊急事態だったし、デルガカナも何もかも顧みずに突き進んでいたから、両腕を無力化しない限り、一時的な休息さえ得られないと思ったんだ。」
「でもその後、彼女をちゃんと助けてくれたんでしょう?」とリリラアンナは目を細め、微笑みながら言った。
「はい。あの時は本当に……」
「それは余も分かっているよ~。迷宮で会ったとき、君は『私も同じ』と言った。その気持ち、嘘じゃないでしょう?」
「確かに。」
「まあ、治せなくても構わなかったんだけど、もうここに逃亡してきたんだから、もう済んだことだよ。ありがとう、グラウシュミ。」
「デルガカナのことは分かる。でも、お前も『逃亡』?この言い方、ちょっと違わない?」
「当たり前じゃない?それ『逃亡』以外に呼び方ある?名目上の上の奴をその程度に扱ったら、完全に反逆行為でしょ?本家でも許されないから。」
彼女は手を広げて、言葉を続けた。
「彼らがいずれ行動に出る日が来るのは余も早くから予想していたが……
でもおかしいね、本当に。余たちの行方がいつばれるのか……理屈で言うなら、王城みたいな場所に踏み入るわけじゃなくて、むしろ教皇国みたいな隠れ場所を選ぶべきなんだ……」
「もしかして、彼らの目的は君たちじゃなく……」
「余が目的じゃない?じゃあ誰のせい?グラウシュミ?あり得ない。デルガカナ?それも……」
「僕だ。」