2-3 暗流の夜(2)
リリラアンナも厳しい顔をしていて、その場の空気は一気に引き締まった。
そして彼女は小さく唇を噛みしめる。
「やっぱり……」
「なに?」
「やっぱり……」
「誰に命令されてたの?」
リリラアンナはそう叫ぶと、ネズミの顔に拳を叩きつけた。
「くたばれ! さっさと吐け!」
怒りに任せ、何度も何度も殴り続ける。
「リリラアンナ! どうしたんだ!」
グラウシュミが慌ててリリラアンナを引き離そうとしたが、無駄だった。
「放せッ!!! 誰に言われてここに来たんだっての!」、リリラアンナの声には、明らかな怒りがこもっていた。
「このしつけのなってない犬め! 意気地なしの下僕! 媚びへつらう小憎たらしい奴! 風に流される腐った舟! おべっか使いの盗人! 揺れればすぐにこぼれる草みたいな奴! 見世物小屋の道化師め!
こんなところに来るなんて……誰に指図されたんだ!」
「!!」
グラウシュミに押さえつけられていても、リリラアンナはなおも口汚く罵り、ついには空振りで足まで突き出した。
「余を攻撃するつもりか!? それとも彼女を連れ去ろうとしたのか!? もうそんなに惨めで――」
「リリラアンナ!」
デルガカナが突然、声を張り上げた。
「デルガカナ! そいつをやっちまえ!」
「……デルガカナは、断る。」
少しの沈黙ののち、デルガカナは迷いながらもそう答えた。
「デルガカナ……それは……約束が……」
「そうだな。今は、やめておこう……」
その時、ネズミが突然、くすくすと笑い出した。
「生きていたのか、デルガカナ。まさか……ここまで生き延びるとは……驚いたよ、まったく!」
「デルガカナ、絶対、殺さない。」
デルガカナは一歩前へ踏み出し、迷いのない声で続けた。
「デルガカナ、いい子、だから。」
「は? 何を言って……?」
「デルガカナ、返して、あげる。デルガカナ、ぐっすり、眠れる、時間を。」
デルガカナは地面に落ちていた手回し懐中電灯を拾い上げ、リリラアンナに向き直った。
「リリラアンナ。デルガカナの、ために、その男と、同じくらい、高さの鉄桶を、作って。」
「ああ!分かった分かった!」
リリラアンナは息を切らしながら、一人分の大きさの鉄桶を作り上げた。
鉄桶の中には氷がぎっしり詰められ、残りのスペースはちょうど一人分だけ空いている。
「グラウシュミ、グラウシュミ。デルガカナの、ために、ちょっと、お願い。」
「何か手伝うことある?」
グラウシュミはネズミを踏みにじり、腕と足をつたでぎっしり縛り付けた。
ネズミの魔力はもう底を突いており、魔法での攻撃は不可能だ。しかし、殴られる可能性もあるため、しっかりとガードしている。
「グラウシュミ、グラウシュミ、その鉄桶を、つたで、三重に、巻いて。ぴっちり、ね。」
「了解! でも、こうなると樫の桶の方がもっと適当じゃないかな? ちょうど原材料もここにあるし。」
「これの方がいい。」
「了解! できた!」
グラウシュミが作り終えた氷桶を見て、デルガカナは嬉しそうにうなずいた。
「うん、ありがとう、グラウシュミ。」
「で、次は?」
「デルガカナに、任せて。」
デルガカナは少し呪文を唱えると、風刃でネズミの服をばさりと裂き、口に氷を押し込んだ。
そして風でふわりと氷を桶の中に滑り込ませる。
「今、暑い……もっと熱くなれ……最高。」
ネズミの喉から漏れる、何やら意味深げなぐるぐる音が耳に飛び込んだその瞬間、デルガカナは高速で呪文を唱え、巨大な氷を鉄桶に向かって放った。
桶の中では氷が激しく跳ね回り、水しぶきが飛び散る。
「うん。」
彼女は再び呪文を唱え、周囲の空気から風を生み出した。その風が巧みに桶を包み込むと、魔法は精密に作用し、まるで見えない手が桶を支えているかのように安定した。
激しく揺れ動く氷の塊の中でも、桶は決してひっくり返らず、しっかりと保たれていた。
「リリラアンナ、デルガカナに塩をちょうだい。さっき料理した時のでも、大丈夫。」
「はいどうぞ。」
リリラアンナは塩びんを掴み、迷わず桶へと塩を全部注ぎ込んだ。
「あーー!」
鋭い叫び声が喉から漏れそうになったが、ネズミは自分の体温で口の中の氷を溶かしてしまったようだ。すると、デルガカナは素早く魔法を使い、音が漏れないように口の中の氷を再び固め、鉄桶の上にもすぐに厚い氷の蓋を作った。
「もしお湯とかがあれば完璧なんだけど……。今、デルガカナ、大満足!」
彼女は楽しそうに手回し懐中電灯を振りながら言った。
「そして、オレリアさんが、来るまで、ゆっくり、待とう。その大悪党は、そのまま、オレリアさんに、任せて。」
三人は揺れる桶を見つめ、内部から氷の壁に何度も当たる音が聞こえてきた。
グラウシュミが少し心配そうに尋ねた。
「でも、死なないかな?」
「ちょっとやり過ぎたかしら?もう手加減した方だ。」リリラアンナも苦笑しながら言った。
「グラウシュミ。」デルガカナが顔を上げた。
「何?」
「ありがとう。」
全身の疲れを引きずりながら、しばらくして自分の部屋に戻ると、リリラアンナがツタで桶をしっかり固定しており、デルガカナは「今の、出来事、テレビより、面白い!」と一人で興奮していた。
「?! 何してるのさ?! 殺さないでって言ったでしょ!」
「いや、殺してないよ?」
「せめてこいつを片付けてよリリラアンナ!」
「はぁああ?! 片付けて? 持って帰れって? 何すんの? オレリアが余とデルガカナの部屋に来るって? まったく……こいつは始末しとけばいいのに。
まあ、お前がそこまで言うならしょうがないけど……結局、余にそれを持って行けって?」
「でも……」
花系魔法を使ってみたら、相手が生きてることに気づいて気まずくなったから、そっと半持続の治療魔法をかけて、ネズミの治療が強すぎて逆に痛みが悪化しないようにした。
そして、無理やり話題を変えてみた。
「悪夢見ちゃうんじゃない?絶対に!」
「お前、悪夢が怖いって?おや。デルガカナ、行くぞ、もう眠いから。」
「デルガカナ、セリホに、おやすみ。」デルガカナは少し頭を下げて、「えっと、グラウシュミ……」
「セリホと一緒にいる。」グラウシュミは僕を指さして、「臆病者には誰かが必要だよ。」
「ちょ、臆病者じゃないし……」
「貴族様にはお世話係が必要でしょう?」とグラウシュミがニヤリとして僕に言ってくる。
「言っとくけど必要ない。」