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2-0 約五年間(2)

「特殊?だったら、歴史上の偉大なアーティストや科学者たちが精神疾患に苦しんだのはなぜだ?ゴッホの耳切りとかニュートンの精神障害とか、これが全部たまたまだって?」

「むしろそれは、どれほど優れた人間でも困難に直面するという事実を示してるだけだ。けれど、その苦しみこそが天才の証だと言うのは違う。天才である本質は、彼らの独創性や革新的な視点にあって、決して病にあるわけじゃない。君は、天才にレッテルをつけている。」

「レッテル?むしろ理想化してるのは君でしょ?現実の天才は、普通の人よりもずっと大きなプレッシャーを受けていて、そのせいで孤独や不安、そして時にはうつにまで追い込まれる。それは弱いからじゃなくて、自分に課せられた期待や他人からの圧力が大きすぎるからでしょ?」

「だからこそ、社会や自分自身が完璧さを求めることで、一部の人々が間違った道を選んでしまうことがある。しかし、それはすべての天才に当てはまるわけではない。

 我々が注目すべきなのは、彼らがストレスをよりうまく管理できるよう支援することであり、心理的な問題を成就の代償として美化すべきではない。君の言い方は、本当の天才たちの努力と達成を軽視しているように聞こえる。」

「軽視?私はただ事実を言っているだけだ。天才とは、恒星のように自ら燃え尽きることで光を放つように、彼らの作品が生まれた背景にはそんな葛藤や苦悩があったからこそ、っていうのは否定できないでしょ?『健康』を強調するのは少し浅はかすぎるんじゃない?」

「浅はか?それが天才をロマンチックにしている。確かに、彼らは普通の人には想像もできないような困難を経験したかもしれない。でも、それだけが彼らの成果の源だとは限らない。

 君の言い方は、苦しみを美化しているように聞こえる。まるで非人道的な苦しみを経験しなければ芸術や科学の頂点には立てないかのようだ。そうした見方は一面的だし、人々に『雨が降らなければ虹は出ない』という誤った考えを与えかねない。これは普通に努力してる人に対しても失礼だと思う。」

「私は『苦しみこそが成功の条件』なんて一言も言っていない。ただ、天才と精神障害が無関係だと否定するのは、人類の文明に大きな貢献をした人々が実際に払った代償を無視することになる。むしろ、この現実をしっかり見つめるべきなんじゃない?」

「現実をしっかり見つめるためには客観的な分析が必要だ。個別の事例を一般化してしまうのは違うと思う。

 天才一人ひとりには、それぞれの人生があり、成功も失敗も、多くの要因が絡み合っている。精神疾患だけで説明するのは、他の重要な要素を見逃すことになるんじゃない?時代背景、社会環境、個人の選択など……」

「リリラアンナ!セリホ!まだか!!」

 ドアの外で激しくノックする音がした。

「……てか、なんでディベート始まったの?」

「さあね。でも、天才でも普通の人でも、お互いを理解して尊重し合うことが大事ってことには同意できる。」

「意外とまともなこと言うじゃん。」リリラアンナはそう言ってから、ドアのほうに向かって声を張り上げた。

「今、コルセット締めてるから!ちょっと問題があって、もう少しだけ待って!こ・い・つ太りすぎで思ったより時間かかってる!」

「また勝手にレッテルを貼って……!」

 オレリアの成人式は西の国で盛大に行われた。

 でも、リリラアンナの話によると、元の世界では年齢認証の基準が20歳に引き上げられたそうだ。

「前世の記憶をシステムにロックせずにそのまま受け入れてるのか?そして必要ないものはシステムに預けてるって?」

「そりゃあ、覚えきれないこともあるし、どうせ使わないからシステムに保存してもらった。ポケットに何テラもデータが詰まった外付けHDDみたいなもんで本~当に便利だね。」

 正直言って、年齢認証の制限があっても、僕にはほとんど影響がなかった。趣味といえば、本を読んだり、将棋やシャンチーを指すくらいで、とくにシャンチーが好きだった。

 でも、元の世界ではスピード重視の生活だったから、どうしても早指しで済ませるしかなかったし、じっくり指す時間もなかった。

 今ならスローライフを満喫できるし、そういう機会もあるんじゃないかって思ってたんだけど……どうもシャンチーを指す相手が見つからない。

 今の唯一の相手は、あの武器屋の店長だけだった。

 その後も「寂しい」って言って、しょっちゅう店を訪れるのは気が引けたから、デルガカナのために槍を作ってもらう口実で店に通っていたけど、槍を受け取ったら、もう理由がなくなっちゃった。

 それでもどうしても、シャンチーがやりたい……! もう我慢できない!

 心の中をかき回されるような、そんな気持ちだった!

 本当に、あの武器屋の店長とまたチェスを指したいと強く願っていたんだ!

 結局、何度も考えたけど、この気持ちは抑えきれなくて、夜が明けそうになる前に、期待に胸をふくらませながら、静かに武器屋へ向かった。

 しかし、あの『歓迎の局』を指していたシャンチーの盤はすでに片付けられていて、なんとも言えない虚しさと不安が広がった。

 慌てて花系の魔法を使おうとしたけれど、直すべきものが見つからず、魔法を使うことができなかった。

「マジか……」

 ドアは変わらず開いていたが、中はとても静かで不気味だった。

 唯一残っていたのは、今にも消えそうな炉の温もりだけだった。

 鍛冶台の上には、いつものようにハンマーとプライヤーが並べられていた。燃えていたはずの炉には、すっかり冷めた灰しか残っていなかった。

 どうやら、意図的に火が消されたようだ。

 心がキュッと締め付けられる。

 そして──

 見た。

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