2-1 朽ちぬ人(3)
「デルガカナ……?」
デルガカナの名を口にしたが、実際に心当たりがあった――
グラウシュミだ。
「彼女が蛇に変身することか? それは月系魔法じゃない。
月系魔法を知らない魔法使いほど、月系に引き込まれやすいんだ。次に、知識はあっても使えない者、普通の人間、後天的に適応する者、そして先天的な適応者の順になる。」
「先生、どうしてそこまで……まさか……?」
「あなたたちは何も間違っていない。当時の状況を考えれば、あの魔法を解く唯一の方法はあれしかなかった。」
「そう……知っていたら、もっと……」
「そんなに自分を責める必要はない。君の今の気持ちも考えも、よく理解している。実際、事件のあとに全体を深く見直して整理した。」
「はい……」
「当時、その場には月系魔法に適応できる魔法使いが二人もいたにもかかわらず、それでもあの魔法は発動された。これは、この魔法の威力と施術の難しさを証明していた。
確かに大きなダメージを伴ったが、今振り返れば、君たちの取った方法は多くの可能性を検討した中でも、最も損傷を抑えられる理想的な解決策だった。」
「そうか……でも月系魔法と先生の長寿にはどういう関係?」
「月系魔法の先天適応者は非常に珍しい。しかし、この魔法が長年密かに伝わり続けてきた理由は、それが人為的に他者に与えることができるからだ。まるで貴重な商品のようだ。
一度与えられれば、その人はその『一部の魔法』を成功させられるようになる。」
「一部だけ?全部じゃない?」
「その通りだ。月系魔法をすべて使いこなせない理由は単純だ——その魔法の構造は極めて複雑なんだ。
そして、先天的に適応できる人は頭の回転が速いことが多い。これは『頭が良いから月系魔法に適応できるのか、それとも適応したことで頭が良くなるのか』――まさに鶏が先か卵が先か、という永遠の謎だ。」
「つまり、後天的に月系魔法を得た人々は、その思考の活発さが魔法の複雑な構造に追いつかない。CPUが過負荷になって一部の処理しかできないように、彼らも魔法の一部しか扱えない。
それってつまり、『高いコストを払って高いリターンを得る』みたいなこと?」
「そうだ。たとえ月系魔法を授かっても、その多くの人々は複雑な原理に適応しきれない。しかし、この高いハードルがあるからこそ、月系魔法にはそれに見合った革新力、創造力、そして破壊力が備わっている。」
「なるほど。本当に月系魔法を使いこなせる人たちは、並外れた知恵を持っている。あるいは、その知恵があるからこそ月系魔法に適応できるのかもしれない。
つまり、その深い理解力とスキルを花系魔法にも応用できる、ということね?……これも確かに決定的ではないにせよ要因の一つだ。」
「ところで、先輩として一つ聞いてもいい?」
「はい。」
「ここでの生活、もう慣れたか?」
「……生活のペースは少しゆっくりしていますけど、高度な学習を詰め込むよりは楽です。」と僕は答えた。
「対局する相手がいないのが少し残念なくらいで、あとは割と快適です。」
「向こうでは、十二歳でそんなにハードな学習をしていたの?」
「まあ、それほどでもないのですけど……学校の事情で。――先生、オリンピック数理大会って聞いたことありますか?」
「聞いたことがある。だから数学の腕はすごいんだね。」
「そうですね。あの学校の入学試験には筆記試験がないんですが、制限時間五分で五問を解き、その答えを覚えてから先生に報告するんです。」
「他の転生者たちからも、そんな条件を課す学校は名門だと聞いたことがある。」
「そうですか? その学校は新しいと思いますが……もしかして百年前のこの時代にも、僕と同じ転生者や……いや、異世界から来た人がいたんでしょうか?」
「どの『同じ』を指しているの?」
「ほかに意味があるんですか?」
「さっきも言ったけど、あるにはある。ただ、かつての全盛期と比べれば、本当に少なくなった。もう二度と見られないと思っていたくらいだよ。」
「詳しく教えてもらえますか?」
「彼らはこの大陸に多くの技術をもたらしたが、ここの生産力や社会構造では、その技術を全面的に活用することはできなかったんだ。」
「それゆえ、ここに学校が設立されたわけです。」
「そう。さて、もう一つの問題。」
「何ですか?」
「君は、『真実』や『神』についてどう思う?」
「急にそんなことを……?」
「前にある人に頼まれたんだ。君に聞いてほしいって。」
「誰かが僕のことを知っているのですか?」
「そう。でも、その質問を頼んだ人は、もうこの世にはいない。」
「復活はしないのですか?」
「絶対にない。」
「なら、こう答えます。僕は神に特別な感情は持っていません。人間ですから。神が唯物史観を信じているかもしれませんが、ここで天に祈るよりは、教皇国に行った方がマシかもしれません。」
少しぼかして答えたけど、これでも一つの回答だ。
「どうして教皇国の方がマシなの?」
「認めざるを得ませんが、教皇国には経済的にも政治的にも強力な特権がありますし、思想の支配力も絶大です。文化的な側面にも影響を与えていて、人の心までコントロールしているようです。」
「そうね。」
「そして、他の国々とうまくやっていて、お互いに利用し合っている感じです。今の時代においては、必要悪だと言われることもあります。でも、正直に申し上げますと、教皇国に頼るくらいなら、いっそ自分に頼った方がよいと思います。」
「じゃあ、『真実』については?」
「どんな代償を払ってでも、真実を探し出すつもりです。たとえその『真実』が何を意味しているのか、まだわからないとしても。」
事務室のドアが三回ノックされ、僕とアシミリアン先生は話を切り上げた。
「おーい、セリホ!」
グラウシュミとリリラアンナが、デルガカナを連れて飛び込んできた。
「どうしたの?」
「デルガカナ、食堂で心配して泣きそうになってたよ。君、いったい何してたの?」
「デルガカナ、泣いて、ない。」
「泣いてたよ! 余まで泣きたくなるくらいだったんだ!」
「デルガカナ、泣いて、ない。」
「いやいや、鼻赤いよ? それ、証拠!」
「赤く、ない。」
「じゃあ先生、先に失礼します。」
「どうぞ。」
助かった! みんな!