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2-0 約五年間(2)

 今の唯一の相手は、あの武器屋の店長だけだった。

 その後も「寂しい」って言って、しょっちゅう店を訪れるのは気が引けたから、デルガカナのために槍を作ってもらう口実で店に通っていたけど、槍を受け取ったら、もう理由がなくなっちゃった。

 それでもどうしても、シャンチーがやりたい……! もう我慢できない!

 心の中をかき回されるような、そんな気持ちだった!

 本当に、あの武器屋の店長とまたチェスを指したいと強く願っていたんだ!

 結局、何度も考えたけど、この気持ちは抑えきれなくて、夜が明けそうになる前に、期待に胸をふくらませながら、静かに武器屋へ向かった。

 しかし、あの『歓迎の局』を指していたシャンチーの盤はすでに片付けられていて、なんとも言えない虚しさと不安が広がった。

 慌てて花系の魔法を使おうとしたけれど、直すべきものが見つからず、魔法を使うことができなかった。

「マジか……」

 ドアは変わらず開いていたが、中はとても静かで不気味だった。

 唯一残っていたのは、今にも消えそうな炉の温もりだけだった。

 鍛冶台の上には、いつものようにハンマーとプライヤーが並べられていた。燃えていたはずの炉には、すっかり冷めた灰しか残っていなかった。

 どうやら、意図的に火が消されたようだ。

 心がキュッと締め付けられる。

 そして──

 見た。

 店の奥、いつもの場所には、店長がいつもの鍛冶の姿勢で座っていた。ただ、その身体にはすでに温もりも力も残っていなかった。

 安らかな表情で、膝の上に手を置き、その手には兵の駒をしっかりと握っていた。そして足元の盤面には、「将」の駒が一つ立ち尽くしていた。周囲に敵の駒こそ見当たらないが、もはや一歩も動けない状況だった。

「見た目は自然死っぽいけど、よく考えたら店長の生活や仕事環境のせいでこうなったんだろうなぁ。」

  ずっと鍛冶の仕事をしていたから、粉塵や煙、それにあのうるさい騒音の中で、きっと呼吸器や耳にダメージを受けていたと思う。何年もそれが続けば、慢性的な呼吸器の病気や、聴力に取り返しのつかない問題が出てくる可能性もある。

 このような負担の積み重ねが、彼の体全体の衰弱を招いた。

 それに、店長はとても真面目で働き者だったから、仕事一筋で健康管理を後回しにしがちだった。

 鍛冶に全力を注いで、気がつけば自分の体のことを考えなくなっていたんだろう。そうやって仕事を続けてきたせいで、最終的には健康がどんどん悪化していき、それが命取りになってしまった。

 職業病と過労により、彼の命は早すぎる幕を閉じた。人生を共に歩んだ炉のそばで、静かに眠りについたのだった。

「……あれ?これは?」

 碁盤の下に、きちんとした筆跡の手紙が一通置かれているのを見つけた。遺書と思しきそれは封もされておらず、手に取った瞬間、内容が自然と目に飛び込んでくる――

 親愛なる弟へ

 この手紙を読んでいるということは、わしはすでにこの世を去っておることじゃろう。どうか、わしの旅立ちに涙を流すことなかれ。わしは満ち足りた心で、静かにこの生を終えたのじゃ。

 そなたもよく知っておろう。わしはこの鍛冶場にて、我らが家に代々受け継がれてきた務めを、愚直に果たしてまいった。今、こうして筆を執るとき、ようやく胸を張って申せる——その務め、無事に果たし終えたと。

 振り返れば、火花と槌音に包まれた日々であった。妻子に恵まれることはなかったが、わしの手で鍛え上げた一振り一振りが、わしの子のようなものじゃ。それらには、わしのすべての愛情と誇りが込められておる。

 そなたのこと、若き日にはよう理解できなかった。だが今なら分かる。豆を挽き、湯を注ぎ、香りを研ぎ澄ませる——その世界にもまた、わしと同じく職人の魂が宿っておるのじゃな。

 そなたを想う気持ちは、炉の火にも勝る熱さで胸を焦がしておった。道は違えど、技を極めんとする心は同じ、我らはずっと繋がっておったのじゃよ。

 ただひとつ、いや、三つ。悔いがある。もっと日常を語らいたかった。そなたと碁を打ちたかった。そして、そなたの淹れてくれるコーヒーを、この舌で味わいたかった。叶わなかったその三つは、わしの心に深く残っておる。

 わしの亡骸について、ひとつだけ願いがある。この身、長年を火の傍で過ごし、鋼と語らい、魂を注いできた。ゆえに、死してなおこの鍛冶炉にて焼かれることを望む。

 遺灰を持ち帰る必要はない。それは、わしがこの仕事に捧げた最後の礼であり、同時にこの命が別の形で、ここに宿り続けることを願う祈りでもある。死は終わりではなく、新たな始まりじゃ。

 そなたには、これからもコーヒーという世界で、その心を尽くして生きてほしい。わしが鉄に向き合ってきたように、そなたもまた、豆一粒一粒に愛を注いでおくれ。それが、我が家に連なる精神の灯を絶やさぬ道となる。

 それとな、健康を大切にせよ。わしのように身体の声を無視してはならん。命はひとつきりじゃ。わしのように早くにこの世を去っては、ならんぞ。

 そなたには、未だにわしに対するわだかまりがあるやもしれぬ。それでも、わしは心を決めた。全ての遺産、この鍛冶場と道具一式を、そなたに託す。これが、そなたの道を後押しする力となるように。そして願わくば、わしらの家の心を忘れぬように。

 鉄を鍛える槌音にも、コーヒー豆を挽く音にも、共にあるべきは「技を敬い、命を慈しむ心」じゃ。

 我が家五百年の誓いは、ここに果たされた。ゆえに、どうか忘れぬでおくれ。いついかなる時も、わしは空の向こうから、そなたを誇りに思っておる。そして夜空の星々の下、暁の光の中で、そなたの道をそっと祝福しておるのじゃ。

 これが最後の別れじゃ、我が弟よ。

 永遠の愛とともに——

 兄より」

「……」

 炉火が消えかけた武器屋の真ん中で立ち尽くし、手に持っていた手紙のぬくもりがまだ少し残っているのを感じながら、なんとも言えない気持ちが胸に広がった。

 弟さんは結局、来ることはなさそうだった。

 いろいろ考えた末に、店長の遺志をそのまま引き継ぐことに決めた。

 気持ちを落ち着けて、花系魔法で炉に炎を戻した。燃え上がった炎は、まるで店長が鍛冶をしていたときの情熱そのままのようだった。

 店長の体をゆっくりと鍛冶台に乗せ、炉の中へと送り込んだ。炎がその身を包み込むと、彼が生きている間に捧げてきた鍛冶の魂が、永遠の輝きへと変わっていった。

 火が弱まり、炉が静かになるのを見届けてから、工具や店の物を整理し、手紙をそっと工具の隣に置いて、静かに店を後にした。

 ああ、知恵と技術をぶつけ合う勝負というのは、本当に楽しいものだ。

 リリラアンナも「シャンチー?わかるわかる!」と胸を張っていたけれど、どこかで覚えてきた妙な速攻戦法は、数手であっさり見破られてしまった。

「ちゃんとした指し方をまず覚えないと、最初から変な手は無理だ……」

「彼女もそう言ってたもん……」

「普通はそうすべきだろ? 基本をしっかりマスターしたほうがいい。」

 彼女が勝負を挑んでくるのも、無理はない。

 学術と実戦、両方の試練を乗り越えながら、グラウシュミやリリラアンナ、それにデルガカナと僕らは、一つのチームになっていった。

 そのおかげで、試験でもずっと上位をキープしているし、リリラアンナとデルガカナも、それぞれ文化と実戦の分野で素晴らしい成績を収めている。

 オレリアも順調に国の要職に就いて、最近はあまり会いに来なくなった。たぶん、僕が仕掛けた防御トラップが効いているのだろう。

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