1-15 僕、暇つぶしにチェスをする(3)
「心配しないでください。人生がどうなるかなんて分かりません。もしかしたら、弟さんもある日ふとこの技の大切さに気づいて、もう一度鉄槌を手に取るかもしれません。血のつながりは、そう簡単には断ち切れないものですから。もともと同じ環境で育ってきたわけですし、鍛冶の基礎はきっと彼の中に残っているはずです。」
「されど――技術を継ぐ者の有無という不確かさ以上に、わしの胸を深く満たす孤独とは、この長き人生の道のりにおいて、もはや共に棋の奥義を語り合い、知恵を分かち合える友を見出すことが叶わぬという現実なのじゃ。
もし、わしの生あるうちに、志を同じくする者と一局を指すことができたなら――それは、わしにとって人生の叡智を求める旅路における、何よりの心の支えとなろう。それだけではない。我が家が重んじてきた価値、その精神の灯火をも、確かに未来へと伝えることになるであろう。」
その言葉を聞いて、僕の胸が温かくなった。
思わず、「もしよろしければ、一局お付き合いいただけないでしょうか」と言った。
「へえ。」
「僕の棋力はまだまだで、店長の深い読みや技には及びませんが、実は前から一度、ご一緒に打たせていただきたいと思っていました。
すべての一手に込められた人生観やご家族の智慧を読み解く自信はありませんが、こうして向き合うことで、少しでも棋力を高めるだけでなく、心の面でも大きな学びが得られるのではないかと感じています。」
店長は少し驚いたように僕を見つめ、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「ふふ……そんなふうに言うてくれるとはな。あんたのその気持ちだけで、もう十分嬉しいんじゃよ。」
九月の晴れた日、空は海のように澄んでいて、暖かな日差しが古い武器屋さんの前に優しく注いでいた。
風が軽く吹き、店の前の木々がさわさわと音を立てて、それがなんだか落ち着くんだ。
時間が止まったみたいな、静かで平和な午後だった。
店の前にシャンチーの盤が広げられていて、紅と黒の駒が日光にキラッと輝いていた。無音の詩のように、静寂の中にひとつの物語が紡がれていく。
深みのある澄んだ旋律が流れ始めた。お互いの手のひらからは、深い思考と慎重な決断が溢れ出しているが、その裏には確かな決意が込められている。
「炮二平五」――先手が開局の一手を打つ。黒の兵がわずかに身じろぎ、「卒七進一」と応じる。
そこから、まるで熟練の舞踊のように駒が静かに、しかし確実に動いていく。
「馬八進七」、「馬二進三」……
引いて、進んで、また誘い込み、攻守の変幻自在な展開が繰り広げられていく。時間が止まったかのように、全ての動きがひとつに収束していく。
外の世界が変わり続けているにもかかわらず、僕たちは盤の上に夢中で、周りの喧騒など耳に入らない。全てが戦いに集中し、息を呑んで次の一手を待っている。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
紅の「車二進六」が黒の将軍を真正面から突き、黒は逃げ場を失った。
――将死。
店長はゆっくりと手元の駒を盤上に置いた。
年季の入ったその眼差しは、入り組んだ盤面を静かに見つめている。
やがて、口元にほのかな微笑みを浮かべ、どこか懐かしさと感心の入り混じった口調で言った。
「この一局、見事じゃったな。」
そう言いながら、彼の指先が盤面をゆっくりと撫でる。まるで、さっきの勝負の余韻を噛みしめるように。そして顔を上げ、穏やかな目でこちらを見つめてきた。
僕は深く息を吸い込み、しっかりと立ち上がって、まだ温もりの残る盤上の駒を見つめながら申し上げました。
「お褒めいただき、恐れ入ります。この一局は、僕にとってただの技術の研鑽に留まらず、心構えや人生観にも深い影響を与えてくださいました。貴重なご示唆を惜しみなく分かち合ってくださったこと、心より感謝申し上げます。
どうかお体を大切になさって、これからも末永くご健勝でいらっしゃいますよう、そしてますますの棋力をご発展されますことをお祈りいたします。
本日の対局はこれにて一区切りとなりますが、またいつの日かお会いできるその時を楽しみにしております。その際には、さらに鍛えた腕で、改めてご指導を仰がせていただきたく存じます。」
店長はゆっくりと微笑み、しっかりと頷いた。
僕はふと隣の店に目をやった。店の外からは、賑やかな声が響いていた。
女の子たちがどのように過ごしているのか、少し気になった。きっと楽しんでいることだろう。僕がいないのが少し残念だが、もともと買い物はあまり得意ではない。
一姉さんが得意だから。
でも、この「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」大陸にいるのは僕だ。
でも、どのみち買い物のチャンスはいつでもあるから、次はまた彼女たちに付き合ってあげよう。
心の中でつぶやきながら、僕は少しだけ武器屋を離れた。
街の賑やかさの中で、新たな一歩を踏み出す準備が整った気がした。
魔法を使って、国立図書館へ向かった。
空気はひんやりとしていて、足元の石畳がカリカリと音を立てる。
武器屋の店内には、すっかり静寂が戻っていた。まるで、あの時の騒がしさが嘘だったかのようだ。
店長はふと我に返ったように、席に静かに座り直した。
その顔には、複雑な感情が浮かんでいるのが見て取れた。
そして、何かを感じ取ったかのように、小さくつぶやいた。
「やっぱり、予言通りか……」
店長はしばらく黙ったまま、何かを考え込むように視線を落とした。その後、少し遅れて、再び口を開いた。
「あの力強く、生気に満ちた紅い瞳には……無限の可能性が宿っているんだ。ただ、この剣と縁を結ぶだけじゃない。あの子は間違いなく、知恵のある人物だ。現実の理不尽にぶつかっても、きっと正義の味方として立ち続けられるはずさ。」
「心から願っているよ。あの子が未来の道を歩んでいく中で、常にその優しさを忘れずにいてくれることを。どれほど生活が厳しくなっても、その情熱や意志が、決して鈍らぬように……」