1-1 私、死んで、転生して、しかも性別まで変わっちゃった?!(3)
それから何年かが経ち、ようやく自分の置かれた状況がはっきりしてきた。
今の僕――そう、「僕」はどうやら「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」という名前の人物として、異世界に転生してしまったらしい。
ところで、「異世界転生」と「異世界転移」は、似ているようでまったく別物だ。
簡単に説明すると――
転生とは、明確な自我(たとえば魂や霊体、性格、記憶など)を保ったまま、新しい肉体に生まれ変わること。
一方で、転移は、現在の身体と精神状態をそのまま持って、別の世界へ移動することを指す。
前世の記憶を引きずりながらも、新しい体で生きるということは、新たな人生に意味を見出すということだ。どうやら昔の自分の感覚や思考も、少しずつ変わっていくらしい。
というのも、人間の性格や行動は、脳内の化学物質によって大きく左右されるからだ。
新しい肉体――つまり、新しい脳――に転生した以上、その化学的な構造や反応も当然変化している。
脳内の化学物質の組成や分布が変わることで、感情や情緒、認知のパターンにも影響が現れる。
結果として、転生後の自分は、前世とは微妙に違う性格や思考を持つようになる。
だからこそ、僕は「私」でありながら、少しずつ「新しい僕」に生まれ変わっていくのかもしれない。
それに、この新しい世界では、「私」が知っていた物理法則やエネルギーのルールが通用しない。
だから、前世の知識がどこまで役に立つのかは正直、怪しい。そう考えると、少し不安にもなる……。
でも、ラッキーだったのは、この転生に「システム」と呼ばれるお助け機能がついていたこと!
……やれやれ、ありがちだけど、異世界転生モノの定番だ。頭の中の「システム」。異世界アニメでもおなじみの重要アイテム。
このシステムのおかげで、異世界の言語を理解できる。
なぜなら、同時通訳機能が備わっているからだ。
とはいえ、将来的にシステムが突然故障して、パネルが開かなくなる可能性もある。
そう考えて、私はこの二年間、あえてシステムをオフにして、今の母親や周囲の人たちが使っている言語を自力で学ぶことにした。
さあ、いよいよシステムを再起動する時が来た。
僕は、まだ記憶に残っていた音声を翻訳して入力し、自分の推測と照らし合わせてみた。
結果、正確さは83%。悪くはないけど、決して高くはない。
このレベルでは、他人に聞かれたら「異邦人」だと見抜かれてしまうかもしれない。
だから今は、まだ言葉が話せないふりをして、周囲の様子を慎重に観察するのが賢明だろう。
自己と環境への理解――それが、実はとても重要なファクターだ。
僕が今生まれたこの家、「ワルツィナイズ・ミロスラックフ家」は、かつて大陸に燦然と名を刻んだ貴族の末裔らしい。
……とはいえ、今ではまるで、古びた絵画のキャンバスにかすかに残る金粉のような、色褪せた存在に過ぎないけれど。
そう、この貴族家族はもう、没落した。
貴族といえば、もともとは封建社会における上位階級──
つまり、権力や財産を手にしていた人々を指していた。けれど、この世界では時代が進むにつれ、その意味が少しずつ広がっていったらしい。
今では、特権を持っていたり、単に金持ちだったりする人々のことも、まとめて「貴族」と呼ぶようになった。
でも――
特権を失い、財産も尽きれば、あとは自然と衰退していくしかない。
……とはいえ、「貴族」の名がまだ残っている限り、少なくともこの世界が動乱の最中でなければ、ある程度の安定は保てるものらしい。
前の世界では、そんな余裕すらなかった。
核弾頭の脅威に怯えながら、日々を生き延びるしかなかったのだから。
「Weapon of Mass Destruction。」
元の世界の時間軸に基づくなら、この異世界はまるで「清潔で整然とした中世」のようだ。
伝統的な転生異世界モノによくある、あの「剣と魔法、そしてちょっとだけ衛生概念がある」世界。
とはいえ、当然ながら生産力は未来世界には遠く及ばない。それでも、変なものが頭上から降ってくる心配はない。
それよりも重要なのは、「システム」という工具の存在だ。
これは翻訳機能だけじゃなく、僕が前世で学んだ知識や思考様式、記憶なんかも全部保管してくれているらしい。
しかも、どうやらいくつか「隠し機能」もあるようだ。
いわば、心と魂――この二つの核心を除けば、このシステムはほぼ「人」と言ってもいい。
つまり、生きている人間と変わらない存在なのだ。
それが「工具」である理由もそこにある。今の僕にとって、極めて重要な「生存ツール」だからだ。
身長や体重といった身体の基本情報も、システムで直感的に把握できる。
……まあ、身長は少し気になるが、体重はどうでもいい。
他の表示されるステータスは、物理攻撃力と物理防御力。魔法攻撃力と魔法防御力は、今のところ非表示のままだ。ちなみに、物理防御力はぎりぎり10ポイント。
そう、魔法。聞き慣れた言葉だけど、ここの世界ではそれが「日常」だ。
「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」大陸と呼ばれるこの異世界と、元の世界との最大の違い、それは魔法の存在だ。
理論上、この世界では誰もが魔法を使える。身体の変異も代償もいらない。正しい呪文さえ知っていれば、軽く唱えるだけで魔法は発動する。
魔法にも、得意なジャンルや向いているスタイルがある。人と同じで、向き不向きってやつだ。
でも、それを本当に使いこなして進化させていくには、時間と努力、それから――お金がいる。
魔法を学ぶって、実は「生きるために必要なスキル」ではないけど、しっかり学ぼうと思ったら、とんでもなく費用がかかる。学費も教材も高い。教わるには専門の師匠や教育機関が必要だし、それらは大抵、教皇国みたいな大拠点に集まってる。
だから、そういう負担を軽くこなせるのは、やっぱり貴族階級の人たち。
要するにこれは、一種の「選別システム」なんだと思う。経済的な壁を設けておくことで、本当に魔法に情熱を注げる人間だけが、その先へ進める――そんな仕組み。
たとえば、3歳の頃から魔法で生きていく覚悟を決めた子どもたちは、家族に支えられて教皇国へと渡る。そして、お金を払いながら、いろんな魔法分野に触れ、試行錯誤を繰り返し、少しずつ自分に合った魔法を見つけていく。
だって、分野が合わなければ、いくら努力しても、その分野に向いてる人には追いつけない。これは厳しいけど現実だ。だから、自分に合った分野を選ぶことが、一番の近道なんだ。
そして、そうじゃなきゃ……ただの「お金の無駄遣い」になってしまう。
これが、僕の魔法攻撃力や魔法防御力の数値が今でも不明瞭な理由なのかもしれない。
魔法攻撃力と魔法防御力の数値が低すぎて自衛ができない事態を避けるため、僕はまず物理攻撃と物理防御に重点を置くことに決めた。魔法が適合するまで、努力して物理魔法使いになることを目指し、シンプルで直接的なコンボを繰り出すつもりだ。
結局、「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」っていう異世界は、僕が前に知っていたエネルギー保存の法則とか、万有引力の法則がそのまま適用されているわけではないんだ。
ニュートンとか、そんな知識に頼れるわけでもないし、僕の頭は前世の記憶を理解するのがすごく難しい。
もしかしたら、この記憶は、僕がもっと成長して学習能力が上がったときに役に立つのかもしれない。けれど今の僕には、あまり実感がなくて、むしろ理解できないことが多く、悩みの原因になっている。
だからこそ、今はできるだけ前世の記憶が、現在の生活に影響を与えないよう気をつけている。
事故でも起きない限り、システムの力を使って最適解を探るようなことはせず、この異世界「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」でどうやって生き延びるか、未来に備えて自分の力を高めることに集中している。
子どもの成長は早く、経験を吸収するスピードも速い。
試験対策教育の束縛がない分、子ども時代の時間はもっとあっという間に過ぎていく――
その束縛を知っている人なら、この感覚がどれほど貴重か、きっとよく理解できるはずだ。
信じられないなら、スマホをいじっているときと、1〜2時間勉強を続けているときの時間の流れを比べてみればいい。
その違いは、誰でもはっきりと感じられるはずだ。
僕は、試験対策教育が、大嫌いだ。
いつも寝不足で、学ばなければならないことは山のようにあり、あのわずかな人数しか異能力を持っていない世界で、いったいどうやって生き延びてきたのか全然わからない。
幸いにも、僕は「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」という異世界に転生し、その世界の束縛から解放された。
勉強や抑圧された生活からは解放されたけど、この世界にも不便なことは山ほどある。
例えば……電気がない!コンピュータもない!スマホなんて当然ないし、「端末」なんてものも存在しない!
VRゴーグル?そんなものがあったら逆にビックリするよ!
ここはまだ中世の終わりくらいの技術レベルなんだ。中!世! だから!
元の世界で考えると、電気が使われ始めたのは産業革命の時代だし、デジタル革命なんてもっともっと後の話だ。
……まあ、正直言うと、僕/私にとってはそんなに問題じゃない。
でも、一姉がここにいたら、かなり不便だろうなと思う。
こっちでは、少し年上の子たちは魔法を使って遊ぶのが好きらしい。魔法があるから、退屈しのぎもできるし、リアルファイトも楽しめるかも?
あとはチェス。
チェスを一局指したいんだけど、今のところこの世界でチェスを知ってる人にはまだ出会ってない。
仕方がないから、今は諦めてる。
……でも、こういう小さなことでも、うっかり正体がバレるかもしれない。目立たないようにして、いざって時にビックリさせるつもりだ。
つまり、ここで最初から大きなことを起こすつもりはないってことだ。