1-9 僕、入学試験が終わった(2)
「さっき、オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様が視察に来てたよね?」
「そうだよ! オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様、本当に美しいよね!」
……バカみたいだ。
「セリホ!」
グラウシュミが背後から飛びついてきて、ドンッと肩に重みを感じた。
「私、試験終わったわよ! 君はどうだったの?」
「まあ、ぎりぎり合格ラインに届いたくらいかな?」
鬢髪を少し巻きながら、そう返した。
「本番は明日だからね。」
グラウシュミは僕を見つめ、理解とからかいの入り混じった表情を浮かべると、顔をつまんできた。
「本当に、君っていつも本気を隠してるんだ。」
「そんなことないって!」
ちょっと痛いところを突かれたように言い返す。
「ただ、この段階の入学試験で目立つのは、あんまり賢いやり方じゃないと思うだけだよ!」
「賢いやり方?」
「つまりさ、わざわざ基礎知識と適応力の確認を目的とした試験で全力を出すのは……あまり得策とは言えないってこと。だって、この試験、まだいろいろと不正もあるし……」
どの世界にも、絶対的な公平なんて存在しない。遺伝子操作でもして、すべての人が同等の知能と情緒的な素質を持ち、同じ教育環境と成長条件のもとで育てられることが、根本から保証されない限り、それは実現し得ない。
しかし、このような絶対的な理想に基づいた仮定に、一体どんな意味があるのだろうか? それに、これはすでに――
「ねえ、何考えてるの? 明日の試験のこと?」
「いや、全然。それより君こそ、明日の午後に何戦も連続で試合があるんじゃないの?」
「ふん、そんなんじゃ私、全然怖くないね。」
「でも、デルガカナって名前の相手がいて、ちょっと厄介そうだった。今日の試合を見たけど、剣さばきが尋常じゃなかった。」
「どういうこと?」
「簡単に言えば、蛇みたいにしつこいっていうか……普通の剣術とは全然違う。」
「それでも、私だって対処できるわ!」
「ただ、あの子――本気で相手を殺すつもりで戦ってる。」
「え……?」
彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに考え込んだ。
「規則内ではあるけど、それって……」
「うーん、確かに……でも、そんなに危険なら、むしろさらに挑戦的になった!さあ、学校の中を案内して!まずは食堂への最短ルートを確認しに行こう!」
「必要ないと思うけど。さっき廊下で、学年全体の時間割を見たんだ。」
「もう時間割が出てるの?早いなあ!」
「実技中心の授業がほとんどだよ。確かに実践的な教育方式には賛成だけど、授業のほとんどが校外で行われるなら、食堂に行く機会は減るかもしれない。」
「それでも、食堂は大事よ!食事が遅れると、体にも心にも悪影響なんだから。朝ごはんだって必要でしょ?」
「ほんと、食べ物のことばっかり考えてるな。」と僕は笑いながらからかった。
「エネルギーを適切に補給するのは、戦闘力を維持するための知恵よ! 君みたいな貴族には、この大切さはわからないんだから!」
「いや、わからないわけじゃない。ただ、『ご飯』のない食堂なんて、魂のない食事みたいなもので、どうにも満たされない気分になるね。どんなにおいしい料理でも、心が空っぽじゃ意味がない!」
「君こそ、頭の中が『ご飯』でいっぱいなんじゃない!」
「ハハ!」
翌日は体育館で過ごすことに。これも「団結を深めるための」特別イベントらしいが、実際のところはお決まりの、退屈な集団活動だった。
もう慣れた。
今日は試合のスケジュールが詰まっていたため、できるだけ多くの試合の合間に休憩を取りたくて、すぐに勝負を決める戦術を選ぶことにした。
素早く相手の武器を奪い、攻撃力を削ぐことで、自分の勝利を確実にしつつ、双方が安全に試合を終えられるようにした。
しかし、予想通りには展開せず、思いがけない出来事が起こった。
「オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様!あなた様が……!」
長い赤髪をなびかせ、名前があまりにも長すぎて覚えられそうにない女性が試合会場に入ってきた。
そして彼女は、剣の切っ先をまっすぐ僕に向けて突き立てた。力強く、決然とした声が空気を裂く。
「そう!私が対戦相手として指名するのは――お前だ!」
「……?」
僕?
その瞬間、会場全体が、まるで油の中に水が入ったかのようにざわめき、騒ぎが巻き起こった。
「あいつが相手だって!?」「なんだって!?相手はあいつなのか!」と、あちこちから驚きの声が上がる。
どうやら校内中の誰もが、彼女が対戦相手を探していることは知っていたものの、その相手が僕だとは思っていなかったらしい。
僕は眉をひそめた。
おいおい、君、ただでさえ有名人なんだから、そんな公衆の面前で大声で他の人の名前を呼ぶのはやめてほしいの!
こっちは社交不安症ってわけじゃないけど、そんなことされたら、さすがにこっちまで不安になっちゃうだろ!?
それに、剣で人を指すなんて、失礼にもほどがあるんじゃないか? お育ちが悪いのか?
心の中では文句があふれそうになったけれど、表情だけはなんとか平静を保ったまま、言葉を返した。
「えーっと、その……オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様?相手をお間違えではありませんか?」
「いいえ、間違っていない! あなただ!」
彼女の剣先は、なおも僕を捉え続けている。
「私の挑戦、受ける勇気はある?」
やけに子供っぽいじゃないか……。
「僕? ええ、せっかくだから、受けないわけにはいかないですね……」
僕は少し引き気味に答えた。
「ただ、今日の試験の進行に影響が出ないように、昼休みに……」
だが、僕が言い終えるか否かというタイミングで、昼休みのチャイムが鳴り響いた。
オレリアは一歩前に踏み出し、声を張り上げる。
「今すぐ明確な答えを! 今のこの対戦を受けるのか、拒否するのか!」
「……いい。わかった。対戦、受ける。」
観客席は再びざわめき、口々に囁きが広がった。
「おいおい、こいつ無謀にもほどがあるぞ。あんな強者に挑戦するなんて!」
「正気か? オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様に勝てるわけがないだろ?」
「賭けでもするか?」
ローブの人物はそう尋ねた。




