1-2 僕、自分を見つめ直す
ようやく3歳になって、魔法の適性検査を受ける時が来た。
役人、長老、司祭、裁判官――来るべき人も、来るべきでない人も、全員集まった。
確かに、「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」大陸では、魔法の強さが社会的地位を左右し、遺伝的な要素も影響するって言うけど……
でも……!
「なんで魔法検査にこんなに人が集まってんだよ!!新人の適性検査だけなのに、この注目度、マジでヤバすぎるってば!」
勘弁してくれよ……。
そう思ったそのとき、司会者が口を開いた。
「至高なる知恵と永遠の主の御名において……」
その言葉を聞いた瞬間、視界が一気に暗くなり、思わず倒れそうになった。
あれは元の世界のアスレン人が、口を開くと真っ先に使う言葉で、まるでシャンチーの初手で駒を動かすように、ごく一般的なものだ。
いや、それ以上だ。
というのも、アスレンでは神への信仰が非常に重要視されている。神という存在が具体的に何なのかはよく分からないが、彼らはあの言葉を必ず使うのだ。
「唯物史観を徹底して守っていたはずの元の世界で、どうしてあんなに多くの人が神を信じていたのか……それは今でも不思議でならない。」
まさか、こんなにも馴染み深い言葉が出てくるなんて……まだ僕は、元の世界から完全に抜け出せてないのか?
それとも、ここは元の世界の並行世界?
いやいや、そもそもあの世界自体が虚構だったのか?
……え?
ええええええええええ!?
いや、でも……みんな普通に見えるし。なんでこんな状況なんだ? 意味が分からない……!
ああ……頭がぐるぐるして、もう一回生まれそう――。
そんな混乱の渦の中、案内役の言葉に従いながら、ふらふらと前に出ていく。
そして、右手を静かに祭壇の魔法陣の中心にそっと置いた。
その瞬間――
バッ!!
激しい風が巻き起こり、大地が震えたかのように空気が一斉に揺れ動いた。
「激・し・す・ぎ・る!!」
心の中でそう叫んだ。
ようやく風が止んだ。
その瞬間、会場は音を飲み込んだみたいにしんと静まり返った。
ざわついていた人々も、ざわめきかけていた声も、すべてが凍りついたように止まり――
全員の視線が、まっすぐ僕一人に注がれていた。
「いや、ちょっと待って?」
その時、僕の周囲にぽっかりと三つの光の粒が浮かび上がった。
それぞれの粒は、淡く、それでいて力強い光を放ち、キラキラと輝く文字を映し出していた:
「風」
「花」
「雪」
「な、なんということでしょう……! まさか――すべてに適合していると仰るのですか!? これは、どれほどの天才なのですか……っ!」
「ご覧いただけましたでしょう? 以前から申し上げておりました通り、彼ならばきっと可能だと、私、信じておりましたの。」
アルサレグリア奥様は、静かに、しかし誇らしげに微笑んでいた。
「奥様……あなたは……」
「まさか……本当に、あなたのお子様がこれほどの資質を……!」
「ええ、愛するお子様のことですから、何でも知っておくべきでございましょうね。ごく普通のことでございましょう。」
アルサレグリア奥様はさらに胸を張った。
「奥様、あなたは本当に幸運ですね。彼がその才能をお持ちでなかったら、どうなっていたことでしょうか。」
「うっ……」
冷や汗が、心の奥でじわっとにじむような感覚がした。
アルサレグリア奥様は、確かに僕のことを大事にしてくれてる。応援もしてくれるし、優しくて、決して僕を否定しない。
……でもさ!
こんなに大勢呼んで魔法の検査なんて、さすがにやりすぎだって!!
奥様、ちょっと……僕の気持ちも、考えてくれませんか……?
別に人前が苦手ってわけじゃない……でも、これって「注目されすぎ」じゃない?
お願いだから、これ以上広めないで……頼むから!
全員注目しすぎだよ!
ただ普通にやりたいだけなのに、なんでこんな大ごとになってるんだろう。
やっぱり、少しでも目立つのは嫌だし、どうしてみんながこんなに興奮してるのか、全然理解できない……。
「彼の風は、信じられないほど強力だ。」
「いや、最強なのは雪だ!」
「どう考えても風だろ!」
「いやいや花が最強だって!」
「何言ってんだ、雪が一番だろ!見ろよ、この光!」
みんなが口々に騒ぎ出す中、ふと手元に違和感を感じた。
ん?僕の手の中に何か握り込んでる……?
そっと手首を返して確認すると、手のひらには月白い輝きを放つ小さな光の粒が隠れていた。
そして、その粒の中に浮かんでいた文字は――「月」。
見た瞬間、なんとなくその意味がわかった。
まずい、これ、他の人に見つかったら面倒なことになる!
すぐに頭をよぎったのは、「もしこれがバレたらどうなるか」という不安。周囲をそっと確認し、こっそりとその光の粒を握りつぶそうとした――
が。
その瞬間、背後からビシッと冷たい視線が突き刺さるのを感じた。
殺気!
……いない?
でも、これはただの気のせいじゃない。こんなときこそシステムに頼るべきだ。
「システム。何かおかしな気配とか感じない?」
「異常はございません。」
「……ほんとに?」
まったく頼りにならないけど、他の粒の光を使って後ろの様子を反射させてみることにした。
うっすらとだけど、なんとなく視線の主を確認できた。
黒い影がひとつ……いや、やばい、完全に僕のほうに視線を飛ばしてるじゃん!
急いで振り向いて確認したけれど、そこにいたのは白いローブを着た人たちだけだった。
黒い影は跡形もなく消えていた。
「なんか気味悪い……」
「いかがでしょうか?」と、システムが尋ねてきた。
「いや、なんでもない。ただの勘違いかも。」
こうして僕の魔法適性検査は無事(?)終了し、その後は「啓智儀式」だ。
この儀式は、よく分からない液体を注入するだけらしいんだけど、僕の場合は適性が多すぎて、普通の何倍も時間がかかったらしい。
儀式が終わって家に戻ると、母さんが部屋に山のような魔法の書を積み上げて、無言で去っていった。
僕はこっそりシステムを起動して、前世の記憶を少しずつ取り戻して……
……って、あれ?なんかこの記憶の量、ちょっと増えてる気がするけど……
まあ、いいか。
新しい記憶を消化しているうちに、この世界の魔法について基本的なことが少しわかってきた。
どうやら、この世界の魔法は、呪文を唱えないと使えないらしい――普通にはそう見えるんだ。
しかも、その呪文が長ければ長いほど、魔法の精度が上がって、発動する魔法も強力になるらしい。
要するに、呪文は正確に、はっきりと唱えなければならないし、さらに熟練度が高ければ高いほど、より強力で上級な魔法が使えるってわけだ。
もっと高度になると、魔法陣を自分で構築する段階に入る。
ちょっと面倒だけど、まぁ、こういうものなんだろう。関数を呼び出す前に宣言が必要なのと、似たような感じだ。
しかし私は、全ての魔法に適応できる「全魔法適応者」であるだけでなく、さらにまれな「無詠唱魔法」の使い手でもある。
簡単に言えば、どんな魔法でも、心の中で念じるだけで即座に発動できるのだ。
この感覚、なんとなく前世の異能力者っぽい。
そして、元の世界の異能者が能力を使う前にエネルギーを摂取しなきゃいけなかったのと、けっこう似てる気がする。
だ!か!ら!魔法を使い続けるには、しっかり食事を取らなきゃいけない!
ご飯がないと、なんとなく不安になる……これ分かる!異世界で食糧を探す展開の典型パターンだ!
前世の記憶を一旦しまって、僕は部屋に置かれた魔法書を手に取った。
ページをパラパラとめくってみると、風、花、雪――いろんな呪文がズラッと並んでいた。
システムのおかげで、内容はなんとなく理解できる。
……けど、あえて「わかってないフリ」をしておいた方がいいよね。たぶん。
風系の魔法は、強い風を起こしたり、風の刃で攻撃したりするものらしい。でも、防御や回復系は含まれていないみたいだ。
でも、こっそり無詠唱で練習するなら、「疾風」っていう初心者向けの魔法がちょうどよさそう。
魔法の基本を理解したところで、廊下の窓に向かって手をかざしてみた。
魔力――というか、エネルギーがじわじわと手の中に集まってくるのがわかる。
これが魔法か……!
そう思った、その瞬間。
たった一秒だけで――
エネルギーが一気に爆発!
窓ガラスがバーン!って粉々に!
いやいやいや、ただの粉々じゃないよ!?
窓枠ごと吹っ飛んで、ガラスも細かく砕けて、よりによって下の階でティータイム中のアルサレグリア奥様の頭上に――
降り注いでる!?
うわ最悪!!これ、たった一秒だよ?!!!
魔法の選択ミス?いや、「疾風」って初心者向けの魔法だったはずだよね?
破壊力、そんなにないはずでしょ!?
なんでカーテンと一緒に窓も枠も、壁までぶっ飛ぶの!?
やばい、アルサレグリア奥様には絶対バレたくない!どうか「家の再興」なんて重たすぎる使命、押しつけられないように……!
とりあえず、こっそり自分の部屋に戻って、少し落ち着こう。何も知らないふりをするのは、それほど難しいことではない。
「……」
ようやく、正面から自分の「新しい生活」と向き合う決心がついた。
転生して、貴族の子息として生まれ変わった男の僕。
名前は「セリホ・サニアス・ブルジョシュ・トレミ・アルサレグリア」。
「アルサレグリア」……どうやらこの世界では、それなりに名の知れた家柄らしくない。
とてもめちゃくちゃな名前だね、長すぎ。
普通の人にとって、覚えるのは面倒だし、呼びにくいから、「セリホ」だけでいい。
この世の母さんは「アルサレグリア奥様」って呼ばれてる美しい貴婦人で、金色の髪がキラキラ光って、青い瞳はまるで空みたいに透き通ってる。
いつも落ち着いてて、優雅に笑ってるから、まるで絵の中の人物みたい。
父親はいるらしいけど、生まれてから一度も見たことがない。
まあ、貴族の家族って、そういうパターン、けっこうあるみたいだ。
僕も一応、なんとなく「貴族っぽい」格好はしてるらしい。
短くて光る黄金色の髪に、真っ赤な瞳――まるで、前世で見た「赤い隕石(赤隕)」みたいな色。
白いシャツに赤いルビーのタイ、上質な黒い燕尾服、そして金糸刺繍が入った光る黒い革靴まで履いてる。
「ルネサンス時代の貴族っぽい」っていうのは、一応納得できるかも。
時々、システムから前世の記憶がぽつぽつ浮かんでくることがあって、「ああ、僕、確かにあっちの世界で生きてたんだな……」って実感する瞬間がある。
でも、気のせいかもしれないし……ちょっと散歩でも行こうかな。
今日は夏祭りの日だから、なんだか気分がそわそわする。
この「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」大陸では、夏祭りは大きな行事のひとつだ。8月になると、大陸の「イザカルス」国では、全国の人々が王都の広場に集まって、盛大にお祝いするらしい。
もう一つの大きな行事は年末の聖除祭。
「王都の夏祭りって、どんな感じなんだろう?」
ワクワクしながら、僕は街へと出かけた。
城門をくぐると、まっすぐに伸びる石畳の通りが広がっていた。頭上には旗やカラフルなランタンが風に揺れ、お祭りムードが街を包み込んでいる。
「いいね……?」
通りの角を曲がった瞬間、ぱっと視界が開けた。目の前には広大な王城広場が広がり、露店や特設の舞台がびっしりと並んでいる。音楽を奏でる人々、リズムに合わせて踊るダンサーたち……その光景は、まるで異世界のテーマパークのような賑わいだった。
「そっか。」
でも、ふと目を向けた人混みの端に、違う色の存在が見えた。
簡素な布の衣装をまとった「獣人」の奴隷たちが、黙々と荷物を運んだり、屋台の設営を手伝ったりしていた。
獣人奴隷たちは、それぞれ動物の特徴を持ちながらも、無表情で淡々と働いている。
初めて目にするその光景に、思わず言葉を失った。
ちらっと隣に立つ母さんを見ると、彼女もまた獣人たちと目を合わせないようにしていた。
横顔には、どこか複雑な――言葉にしがたい感情が浮かんでいた。
もしかしたら、彼女にも何か深い事情があるのかもしれない。
その後、母さんから少しのお金を手渡され、「夜になったら、ここでまた会おうか」と微笑まれた。
僕は何も言わずにうなずいて、一人、人混みの中へと歩き出した。
「……いや、しかし、こんなに人が多いとは思わなかったな……」
音楽や笑い声が通りに満ち、香ばしい匂いが風に乗って漂ってきた。
そんな中、一人の紫髪の子供が、包帯でぐるぐる巻きにした何かを引きずりながら、スイカをぺちぺちと叩いていた。
「おぉー!これだ、これはいいぞ!さあ、余に運んでもらうぞ……なーんて、冗談だよ!自分でちゃんと持つってば――あああああぁぁぁぁぁぁ落ちた!!スイカを守る――」
「この世界の人は、元の世界の人よりちょっと早く成長する感じがする。」
そう思って、その人がつまずいて転びそうになった瞬間、反射的に魔法で強風を起こして姿勢を立て直してあげたからだった。
顔をすりむかずに済んだその人は、「うわ、助かった~!」とニコニコして、またスイカを抱えてどこかへ走っていった。
その笑顔を見た瞬間、少し前世の記憶がふっとよみがえった。
放課後、一姉と一緒に喫茶店に寄っていたあの柔らかい午後の光景が、頭の中に一瞬だけ浮かんできた。
……でも、もうあの頃には戻れない。
前世は終わり、僕は今、この世界に生きている。
自分を落ち着かせながら、僕はふらふらと歩いていると、ふと視線の先に、古びた本屋を見つけた。
「……魔法書?こんな場所に?」
不思議に思いながら、並んだ本の中から一冊を手に取ろうとしたそのとき――
小さな手が、同じ本にそっと触れた。
その手の主は、僕と同じくらいの年頃の子どもだった。
澄んだ青色の長い髪が、風に揺れて静かに光っている。
赤い瞳が思わずその姿を捉えて、言葉を失う。
「……あ」
目が合った瞬間、何かが静かに始まる気がした。
白いワンピース、麦わら帽子。
その姿は、まるで春に咲く青い花のようだ。