1-8 僕、入学試験の初日を迎えた(2)
契約書
以下の取引は、甲(グラウシュミに賭ける者)および乙(ラルシェニに賭ける者)との間で、本日付にて締結される。両者は、「グラウシュミ対ラルシェニの試合」の勝敗を予想し、これに基づいて賭けを行うことに合意する。
以下に、契約の内容および違反者に対する処罰規定を記載する。
1. 賭け内容
甲は、81倍のオッズでグラウシュミの勝利に賭け、相応のゴールドを支払ったものとする。
2. 勝敗の判定
試合の結果は、「イザカルス国立総合大学校」の公式発表を基準とする。グラウシュミが勝利した場合、甲は乙のゴールドを獲得する。ラルシェニが勝利した場合、甲は自らのゴールドを失う。
3. 違約責任
乙がグラウシュミ勝利後に支払義務を履行しなかった場合、乙は以下の非金銭的な罰則を受けるものとする。
(a)今後一ヶ月間、甲の助手として活動し、指定された学業または生活の支援を行う。
(b)公の場において不履行を認めるとともに、グラウシュミ本人に謝罪し、彼女の試合での努力および優れた成果を称賛する声明を発表する。
4. 法的効力
本契約は、双方が署名し、手印を押した時点で法的拘束力を持つ。条項違反があった場合、双方は上記の違約責任を受け入れるものとする。
5. 補足事項
双方は、公正かつ誠実な態度で本契約を履行し、学びの場としての良好な環境を尊重することを誓う。
甲の手印:_________
乙の手印:_________
「お前、こんなことして後悔しないでくれよ!」
彼らは特に気にも留めずに手形を押した。文には魔法の言葉が書かれており、僕は無詠唱魔法の使い手なので、手形を押した瞬間、その文は即座に効力を発揮する。
つまり、この契約書に細工をすることもできたが、あえてしなかった。
「3、2、1。開始!」
尊厳と金をかけた対決が正式に始まった。
ラルシェニの剣先は冷たい光を放ち、明らかに雪系魔法が込められていた。彼の攻撃は勢いよくグラウシュミに向かって進む。
しかし、グラウシュミは軽やかに体を動かし、この鋭い一撃を避けてから、彼女の剣さばきは巧みに相手の足元を狙っていた。
ルールには、どちらかが戦闘不能になるか、武器を落とした場合に敗北すると明記されている。
グラウシュミの剣術は変幻自在で、ラルシェニは防御に追われ、次第に劣勢に立たされた。窮地に陥ったラルシェニは、口の中で素早く呪文を唱え、剣を振るって強力な一撃を放ち、形勢を逆転しようと試みた。
しかし、グラウシュミの訓練は十分で、彼女は驚異的な速さでラルシェニに接近した。ラルシェニの顔に驚きの表情が一瞬浮かんだが、すぐに自信に満ちた面持ちで剣を構え、防御に移った。
「剣を落とすのも敗北だってこと、忘れたのか?」
「ありがとう、これを教えてくれて!」
グラウシュミは口角を上げて、剣の構えを変え、上段から一閃。ラルシェニの手から冷たい剣を正確に真っ二つに斬り裂いた。
剣の半分が空中に舞い、地面へと落ちていた。
「さもなければ、君の足を斬っていたところだ!」
ラルシェニは全身に傷を負いながら、呆然と手の中の折れた剣を見つめていた。その隙を逃さず、グラウシュミが動く。
金属音が二度鳴り響き、ラルシェニの剣の刃は完全に削ぎ落とされ、柄だけが手元に残された。
「どうした? さっきは私が負けると豪語していたじゃないか?」
最後の一撃のあと、ラルシェニは力なく地面に倒れ込んだ。グラウシュミは彼の体にしっかりと足を乗せ、剣先を喉元に押し当てて、冷たく問い質した。
「今、誰が『一撃で倒れるだけのグズ』なんだ?」
会場は静寂に包まれた。
「……えっ?でも、俺はそんなこと言ってないけど……?」
しかし、ラルシェニの独り言は誰にも聞こえていなかった。
「これから、どうすればいいんだ?」別の誰かが恐る恐る尋ねた。
まあ、賭けに参加していた連中だったから、自業自得だ。
「81倍、か。さて、さっき誰が何を言っていたか、覚えてるかい?」
「ち、違う! そんなこと言ってない!」
賭けに参加していた者たちは顔を赤らめ、恥ずかしそうに言い訳した。
「その金はもともと俺のだ!卑劣な……」
「そうですか?」
僕は手を広げた。
「皆さんは試合前に、お互いの実力に対する認識と尊敬に基づいて賭けをしました。グラウシュミは自らの行動で実力を証明し、試合に勝利しました。結果が出た以上、契約の内容に従い、それぞれの義務を果たすべきだと思います。」
「怖い……」
「重いプレッシャー……」
「この取引は契約であり、皆さんは契約違反の結果についてご存知のはずです。かつて皆さんがグラウシュミを嘲笑ったように、彼女は実力で自分を証明しました。そして、皆さんが覚えておくべきことは――実力とは出自によって決まるものではなく、絶え間ない努力と揺るがぬ決意によって築かれるということです。」
もしかすると、この契約書に月系魔法による精神コントロールがかけられていることに気づいたのか、あるいは僕の言葉に衝撃を受けたのか――そのとき、彼らは何も言えなくなった。
「賭け金については……」
「僕にとっても、大したことじゃない。」
「先生――」
ローブの人物に「ちゃんと数学を勉強しなきゃ」と言って、今学期分の生活費をすべて手に入れたあと、そのままグラウシェミを探した。
後ろでは賑やかな声が上がり始めたが、遠ざかるにつれてその声はどんどん小さくなっていった。
「セリホの対決は翌日だったの?」
「ええ。でも午後には選択科目の試験、つまり僕にとっては弓術の試験があったんだ。」
「残念! 私は馬術を選んでいたから、時間をずらさなきゃいけなかったの!」
「そうね。」
昼食を共にした後、彼女と別れ、それぞれの試験会場に向かった。その道中、噂話が耳に入ってきた。
「聞いたか?オレリア・イサドラ・ヴァレンティナ・イザベラ・アナスタシア・フランシスカ・ガブリエラ様も、この学校に来るらしいぞ!」
「え?オレリア様が?すばらしいことになりそうだな……」
話を耳にしながら午後の陽光を浴びていると、突然、見知らぬ背の高い影が前に立ちはだかった。
「君がセリホ・サニアス・ブルジョシュ・トレミ・アルサレグリアか?」
「はい、そうですが……」
「特優クラスへようこそ。」
彼は僕の質問に直接答えず、じろじろと僕を見たあと、少し頷いてこう言った。
「はい?」
「試験で特別扱いはしない。さっさと試験会場に行け。」
見知らぬ背の高い先生は、その一言だけを残して僕を無視し、立ち去ってしまった。
なんだよ、それ! 別に特別扱いなんて頼んでないし!
でも、確かに、先生って優秀なほど変わり者が多い気がするけど。
まあ、考えても仕方ないので、僕は試験会場の中でひとまず落ち着いて席に着いた。どうせ今のところ試験の結果は出ていないし、評価もまだ出身によって左右されているという不条理にムカつきながら、暇つぶしに花系魔法で紙とペンを出して落書きを始めた。
ふと気づくと、描かれていたのは黒髪に青い瞳のツインテールの少女——そう、「莫辞遐」だ。
「また!!!」
推しキャラを描くのはもう筋肉記憶になってる。それも全部一姉のおかげ。一姉は僕より「推し」のことがもっと好きだから。
「誰だって黒髪・青い瞳・ツインテールの少女は好きだろう! 早く描け、もしくは書け!」
「書けられない!」
って、今さら青いコンになったの原因だ。
そんな思い出に浸っていたところで、ついに名前が呼ばれた。
「次の受験者、セリホ・サニアス・ブルジョシュ・トレミ・アルサレグリア。」
いよいよ僕の番だ。だが、呼んだ声に聞き覚えがある……
まさか? いや、こんな時に、さっきの先生にまた会うなんてこと、あるわけがない。
――まさにその「まさか」だった。
試験監督として現れたのは、まさしくさっきの先生だった。こうなったら、ますます気を抜くわけにはいかない。
「的に命中さえすれば、合格ですか?」
「理論的にはそうだ」と、先生は淡々と答えた。
僕はしっかりと立ち、矢をつがえ、弓を引いた。
条件は、的に六発で当てること。チャンスは十回ある。ただ、それさえ守れば満点だ。
かつての射撃訓練で鍛えられたおかげで、的を外す心配はまったくない。
もちろん、この魔法と力が支配する時代においては、現代の「フロントサイト、リアサイト、および照準目標を一直線上に揃える照準方式」のような正確さは、射撃技術には期待できない。
ましてや、弓を引くことで体力を消耗するのだから。
しかし、風系魔法を使ってフロントサイト、リアサイト、そして照準目標をシミュレートできるのであれば、それで十分だ。
「ふっ……」
矢を放つと、風と雪(氷)の魔法をまとった矢が一気に飛び、的の中心にズバリと突き刺さった。
嘲笑っていた連中も、これには黙るしかなかった。
一発目、満点。
その後も矢を射つたびに、矢は見事に的の中心を貫き続け、十発すべてが的の中心に命中した。
試験の満点条件は六発だったが、先生が止めなかったため、十発すべてを射ちきることにした。
――まあ、当然の結果だ。
「基礎はしっかりしているし、魔法の応用も見事だ」と、先生は結果に目を通しながら満足そうに言い、成績表を手渡してきた。
「明日の実技試験も期待している。」
「期待に応えてみせます、先生!」