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1-8 僕、入学試験の初日を迎えた(1)

 九月が「ワルツィナイズ・ミロスラックフ」大陸に訪れた。

「セリホ! 楽しんで学んでくるよ!」

 アルサレグリア奥様がハンカチを振りながら、名残惜しそうに手を振る。

 同じ馬車にはグラウシュミも乗っている。

 グラウシュミのご両親は、僕が彼女に礼儀正しく接していることを知っている。

 そして、アルサレグリア奥様が彼女の教育支援者として名を連ねていることを証明する書類と、勝手に僕の部屋のドアを開けたことへの謝罪の手紙が同封されていた。

 そのおかげで、グラウシュミのご両親も、僕のことを受け入れてくれたようだ。

「イザカルス」国では、子どもが五歳になると、親の過干渉を避けるようになり、魔法教育の重責はほとんど「イザカルス国立総合大学校」が担うことになる。

 領土が限られており、時代的な制約もあるため、現代的な意味での「大学」という概念は存在しない。そのため、全国の全年齢層を受け入れることができる大規模な寄宿制学校を設立することが可能となり、教育資源の集中と管理が容易になっている。

 この国立学校は、学費を支払えるすべての生徒に対して、包括的かつ全方位的な教育を提供することを目標としている。設備も充実しており、社会的地位による差別を排除した教育環境の実現を目指している。

 貴族の出身であっても、ここでは同じ校則に従い、平民の生徒と同じ集団生活を送らなければならない。

 この規則は、生徒たちの自立心を育て、特権に頼らず平等に成長できる環境を整えることを目的としているが、実は約500年前、学校を管理していた者が自らの身を守るために定めたものだとも言われている。

「同じ試験会場だね!」と、グラウシュミが嬉しそうに言う。

「ああ、頑張ろう。」

 試験会場が静寂に包まれると、先生が試験用紙の束を抱えて教室に入ってきた。

「試験時間:8:00〜10:30、計150分間です。」

 国立学校は国の直轄であるため、正確な時間管理が非常に重視されており、珍しい精密な計時装置を目にすることも時折ある。

 先生は黒板に時間を記し、ベルが鳴るまで静かに待機する。

 試験は筆記と実技の二部構成で、まずは筆記試験。

「150分間、か。」

 五歳や六歳の子供にとっては、まさに苦行と言えるだろう。しかし、僕にとっては前世で蓄えた十二年分の知識があるおかげで、この年齢でも「大学入学共通テスト」を受けるような感覚だった。

 元の世界の「大学入学共通テスト」は、未来を左右する一世一代の戦いだった。一発勝負で人生が決まり、まるでギロチンのように受験生の運命を断ち切る。

 あれがなぜ必要だったのか、未だに理解できない。

 唯一知ってるのは、その制度は記憶の深層にまで影響を及ぼしているらしく、システムも強い嫌悪感を示している。

「こんな型にはまった試験に、いったいどれほどの意味があるんだ!」

 だから今日の入学試験には、筆記試験に関する支援を一切提供しないと断言してきた。

「でも、元々期待なんてしてなかったの。」

 それにしても、この試験、どんな難題が待ち受けているのだろうか。

 無意識のうちに試験問題に目を通した瞬間、僕はすぐに察した――この試験、あまりにも簡単すぎる。約2.5時間の自由な睡眠時間が確保されたも同然だ。

 もし僕がいなくて、しかも計算ミスさえしなかったら、グラウシュミは理論上、筆記も実技も含めて総合1位になれたはずだ。

 ようやく筆記試験が終わると、次は待ちに待った実技試験の時間だ。

 グラウシュミは、貴重な魔法適性を持つ平民の生徒として、登場した瞬間、観客席からはざわめきと嘲笑が一斉に湧き上がった。

「見てみろよ、あんな平民が実技試験に出てきてるぞ。恥をかきに来ただけだろ?」

「歩き方からして品がないし、どう見ても魔法使いの素質なんてなさそうだな。どうせ礼儀も知らないんだろ?」

「魔法? 平民には高嶺の花ってやつだろ。どうせ呪文すらまともに使えないんじゃないか?」

「相手は名門出身のラルシェニ様だぜ。グラウシュミ?あいつが上がるのは、ただの的当てみたいなもんだな!」

 実技試験、つまり対決は三日三晩にわたって行われる予定で、前半はトーナメント形式による敗者復活戦で進行し、最後に残った実力者が、連戦に臨むことになっている。

 全員が必修科目として剣術を学んでいるため、生徒たちはこの試験に大いに期待しており、観客席も見物客で溢れかえっていた。

 その結果、熱狂しすぎて自分の試験を忘れ、会場から追い出される生徒が出たこともあるという。

 そんな嘲笑と偏見の中、グラウシュミは一切ひるむことなく、毅然とした態度で舞台に上がり、構えを取った。

「僕はラルシェニに100ゴールド賭けるぜ!」

「……対戦カードは、グラウシュミ対ラルシェニ・グラン・ズィラン!」と司会者の声が場内に響いた。

「俺もラルシェニに100ゴールド賭ける!」

 ……なるほど、賭けまで始まったのか。

「ねえ、これって誰でも参加できるのか?それに、オッズは?」

 僕は興味があるふりをして尋ねてみた。

 没落貴族である僕がこうして声を上げれば、周囲から揶揄の声が上がるのは承知の上だったが、そこは気にしない。

「参加制限? もちろんあるよ、貴族専用テーブル! 平民は受け付けない。ズボンまで賭ける奴が出かねないからな!」

 厚手のローブに身を包んだ人物がそう答える。

 ほう、きっちり価格差別もしてるわけか。気に入らないが、一般市民の経済的負担が軽減されていると思えば、まだ良心的と言えるかもしれない。

「ラルシェニのオッズは1.2倍、グラウシュミは81倍だ。」

 なるほど……1.2倍と81倍、ね。

 ちょっと待って?

 一瞬で、その数字の違和感に気づいた。

 1.2倍というのは、勝率にしておよそ83.3%。一方で、81倍が成り立つのは、勝率がわずか1.2%のときだ。

 合わせると84.5%。残りの15.5%はどこに消えた?

 ただの計算ミス?

 ……おかしいな。ラルシェニに賭けても、リターンが薄すぎて旨味がない。それなのにグラウシュミには破格の高配当。確率の帳尻がまるで合ってない。

 ローブの人物は、単に数学が苦手なのか──

 あるいは、意図的にグラウシュミへの賭けを誘導しているのかもしれない。

 ──グラウシュミに注目を集めたい?

 しかし、現状を見る限り、ラルシェニに賭けている人たちが支払っているゴールドは、グラウシュミが勝った場合に支払わなければならないゴールドをはるかに上回っている……

 ……

 なるほど。

「じゃあ、1万ゴールド賭ける。対象はグラウシュミ。オッズ通り、81倍で頼む。」

 僕はそう告げ、ゴールドの詰まった袋をテーブルに置いた。

「え……?お前、何考えてる?」

 ローブの人物が袋の中身を確認し、震えながら問いかける。

「ちなみに、お前の家、落ちぶれたんじゃなかったの? 本当に大丈夫なのか……?」

「おや、それは知ったこっちゃない話さ。」

 僕は無表情のまま、共通語でさらさらと賭けの契約書を書きつけた。

「契約しよう。こういう不確かな賭けには、確かな保証が必要だ。さあ、署名をして、手印を押してくれ。」

 素早く書き終えると、その紙を相手に差し出した。

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