1-7 僕、入学試験の予習をする(2)
青いコンになった原因は、一姉が好きな人物「莫辞遐」だから……思考はここまで。
面と向かって言うのはさすがに気が引けるので、ちょっとからかうように声をかけた。
「どう? 正解だった?」
「全部……正解よ。一体どうやって……」
「いやいや、全部正解ってわけじゃないよ。」
僕は紙を指さしながら言った。
「ほら、例えばこの4列目の下から5番目、46-24なんだけど、僕、12って書いてあるでしょ? 正解は22だよ。」
「セリホ!」
グラウシュミは悔しそうに足を踏み鳴らした。
「からかったわね!」
「グラウシュミが可愛すぎるから、ちょっとからかいたくなっちゃってさ……」
「セリホって、本当にひどい!」
グラウシュミはぷいっと横を向いたが、再びこちらを見てため息をついた。
「でも、どうやってそんなに早く計算できるの?」
「うーん、なんていうか……直感的にというか、本能的にというか、見た瞬間に分かっちゃうんだ。自分でもよく分からないけどさ。」
口ではそう言ってるけど、実際のところ、心の中ではちゃんと分かっていた。
前世の影響ってやつで、こんな簡単な暗算くらい、子供の頃からやらされてたんだ。
前世の両親、特に父が枝を持って横に立っていて、1秒以内に答えられなかったら、その枝で叩かれた。
間違えたら二発。
肌に残ったあの打撲痕や、折れた枝が転がっていた地面が、成長の証みたいなものだった。
あんな厳しい訓練を受けてたんだから、こんな試験、どうってことないってわけだ。
「とにかく、せっかくだから、今度は僕からグラウシュミに問題を出してみようか。」
「え? どんな問題?」
「1-2+3-4+5-6+7-8……これをnまで計算する、ってのはどう?」
一瞬で解ける問題だが、グラウシュミの瞳はまるで渦を巻くようにぐるぐると動き、首を振って困った顔で言った。
「こ、こういうのは今は置いておいて……それより、魔法言語の書き取りのほうが一番心配なの!」
「え? どうして?」
「だって、セリホって今まで魔法言語で書く練習なんてしたことないでしょ? 私たち花系なら、魔法言語で『花』に関連する文句を書かなきゃいけないんだよ! まさか、そういう言葉の積み重ねがないとか言わないでね?」
「……俳句を書けばいいってこと?」
「そう! リズムが良ければ何でもいいの!」
おや!
心の中で喜びを抑えながら、僕はわざと驚いた顔を作った。
「そんなに難しいのか。よかったら、グラウシュミがお手本を見せてくれないか?」
「『花ひとり咲く』って感じよ! でも、ただ言うだけじゃなくて、ちゃんと書かなくちゃいけないの!」
紙に書かれた見慣れた方形文字を見た瞬間、思わず笑いをこらえた。
なんだ、この「魔法言語」って、要するに前世で使っていた「共通語」じゃないか。もっと複雑な暗号みたいなものかと思っていたけど、まさかの知り合い登場とは。
魔法言語と称されるこの「共通語」は、元の世界で最も長く使用され、途切れることなく、最大規模で使われていた言語だ。
その文字、いわゆる方形文字は、象形・指事・会意・形声など多彩な構造を持つ表意文字で、筆画や筆順を基にした美しい書法も発展していた。
「でもさ、こんなものを暗記して何の役に立つんだ? 別に呪文ってわけでもないし。」
「これはね、記憶力を鍛えるためのテストなの!」
グラウシュミは自信満々に言い切った。
「魔法使いには記憶力が不可欠でしょ? 実際の呪文じゃないけど、これを覚えることで記憶力や表現力が鍛えられるの。それにね、これには『公式』が含まれているんだって。具体的にどういうことかは分からないけど、クリエイティブな力を刺激して、魔法の応用がうまくなるんだとか。」
すごい言い訳だね、これは……。
「なるほど。そういうことなら、確かに記憶力や創造力にはいいかもしれないね。でも、わざわざ魔法言語を暗記するなんて……かなり面倒くさそうだな。普通に呪文を覚える方が早いんじゃないか?」
「え? 何言ってるのよ! 簡単な呪文ならいいけど、難しい呪文を間違えたら、反動で大変なことになるんだから! 魔法には常に敬意を払わなきゃダメ!」
「はいはい、分かりました!敬意は大事だってことですね。そんなに大切な訓練なら、しばらくは付き合ってあげましょう!」
「だったら、さっさと書きなさいよ! まさか、セリホ、本当に書けないんじゃないでしょうね?」
「フッ、見てなさい!」
ペンを握り、一気に筆を走らせた。
グラウシュミの驚いた目が、僕の手元に釘付けになるのを感じながら、スラスラと魔法言語を書き上げていく。
「この程度の量なら、まあまあってところだな。暇つぶしに本を読んでるおかげで、これくらいは書けるんだよ。」
鬢髪を少しかき上げながら、軽く自嘲気味に笑った。
「普通にしてたら、こんなの絶対書かないけどね。」
「す、すごい……!」
グラウシュミの瞳が輝き、「まさかセリホがここまでできるなんて……セリホ、本当にす……すばらしい!」
褒められるってのは、最高の気分だな。
入学試験でちょっとだけ過去(前世)の力を披露して、グラウシュミに見直してもらうのも悪くないかもしれない。
普段は目立たないようにしてるけど、これくらいなら、少しくらい見せてもいい。
まあ、そのときになったら考えよう。
「もし必要なら、また書いてあげる。試験のときは、そのまま書いてもいいよ。」
「なんだか……あなたの知恵を分けてもらってるみたいね。」
「たいしたことないから、気にしないで。それでさ、実技の授業って、馬術は必須なの?」
前世の家は普通の家庭だったから、馬術なんて貴族の趣味とはまったく縁がなかった。
そもそも、やってたのは剣術だし。
それに風系魔法を鍛えれば、馬なんかより速く移動できる。だから、馬術は別に必要ないと思ってたんだ。
「馬術の代わりに、弓術でテストを受けることもできるんだよ。」
「弓術……なんか理由あるの?」
「弓術で鍛えた狙いの精度って、魔法にも活かせるって考えられてるんだよね。もし魔法を精密にコントロールできるなら、弓術のトレーニングは必須ってわけじゃないけど、基礎を身につければ、もっと正確に魔法を操れるようになるはずだよ。」
「じゃあ、グラウシュミ、理論だけでも教えてくれないか? 実践で使ったら、誰かをケガさせそうで怖いんだ。」
「そんなに強い魔力を持ってるわけじゃないでしょ? よし! まずは立ち方から始めましょう!」
「立ち方から?」
「そうよ。」グラウシュミは一歩前に出て、構えをとってみせた。「これは基本の立ち姿勢。試験が近いから、一番簡単なのから練習しておきましょう。そこから準備姿勢に切り替えて……弓の握り方と引き方も……」
「了解。」
「間違った持ち方だと、矢が狙いからずれちゃうのよ。だから、弓を持つときは手首をひねらないようにして、しっかり安定させることが大切なの。」
「なるほど。それじゃあ、あとでアルサレグリア奥様に頼んで、練習用の道具を用意してもらおう。ちなみに、弓道がそんなに上手いと……なんだか、グラウシュミも貴族なんじゃないかって思っちゃうよね?」
「私はもちろん貴族じゃないよ!」
自分に合った構え方や、最近身につけた射撃のコツを習得するのは、それほど難しくない。あとは、コツコツと続けていくだけだ。
そう考えれば、半年ってそんなに長い期間でもないな。