1-6 僕、月系魔法を目撃した(2)
この一言と、システムが月系魔法の情報を完全に遮断していた理由が、やっとわかった気がする。
たぶん、この魔法は禁術みたいなものだ。魔法書に月系魔法がまったく載っていなかったのも納得だ。
今の状況を考えれば、それも当然だ。
でも、グラウシュミの体はもともとそんなに強くないから、ちょっと心配だ。魔力を使い果たした彼女は、そのまま倒れ込んでしまった。
わずかな時間だったけど、休むことができたおかげで、体力もほんの少しだけ回復した。
迷うことなくグラウシュミを抱き上げ、風系魔法を使って、気圧差を利用して一気に空へと飛び上がった。
やっぱり、これは広範囲を覆う幻術で、森の一部を完全に暗闇に閉ざす効果があるみたいだ。
空中に浮かびながら、この魔法の仕組み――複雑な公式が次々と脳裏に浮かび、この幻想的な魔法を生み出すために、使用者がどれほどの代償を払ったのか――すべてを一瞬で理解できた。
解除方法は二つ。
一つはこの領域から抜け出すこと、もう一つは「異常」に気づくこと。
そのどちらも、使用者の能力次第だが……この異様な雰囲気、まるで森の奥深くと一体化しているみたいだ。
深い、紫。
グラウシュミは、全ての魔力を注ぎ込んだ。
やっとこの息苦しい空間から抜け出せた。
予定ではすぐにグラウシュミを家に送り届けるつもりだったが、小川を通りかかったとき、水面に映った自分の姿を見た瞬間――その計画を、少し保留することにした。
ボロボロに裂けた服。傷跡が体を覆っている。
このままの姿でグラウシュミの家に現れたら、ご家族に余計な心配をかけてしまうかもしれない。
そこで、まずは静かな場所で気持ちを整え、少しでも落ち着いた状態で彼女を送り届けることにした。
グラウシュミの両親は高齢で、普段は僕の家で働いているが、今日は休みだ。若い娘が帰ってこなければ、心配せずにはいられないだろう。
親なら、自分の大切な娘に対して、誰でもこうした感情を抱くものだ。
帰りが遅ければ、無事でいるかどうか心配するのは当然のことだ。
「そう……ね?」
普通の親なら……
「そう……ですよね?」
「……」
「……です、よね。それ当然でしょう。」
応急処置を終え、グラウシュミを無事に家まで送り届けた。
少し説明を加えて安心させたあと、念のためにランシブを彼女の家にこっそり残してきた。
これで、グラウシュミの様子をリアルタイムで把握できるはずだ。
さて、今起きたことをしっかり整理し、分析を進めなくてはならない。
まずは、グラウシュミが無意識に使った月系魔法の再現を試みてみよう。
僕は再び森に戻り、先ほどの出来事を思い出しながら、指先にわずかな魔力を注いだ。
そして、魔法を1平方メートルの範囲にだけ展開することに成功した。
「なるほど、こういう仕組みか。」
「さすがの記憶力ですね。」
と、システムが言う。
「当然だろ。お前が月系魔法の詳しいことを教えてくれないから、結局、自分で手探りするしかないんだよな。マジで頭、痛くなるっての……」
わざと愚痴っぽく言いながらも、頭の中ではさらに深く考え込み始めた。
月系魔法って、思ってた以上に複雑な構造をしてるんだ。やっぱり、その公式はそう簡単に構築できるものじゃない。
――でも、その代わり、威力もハンパじゃない。
もし深く練習すれば、精神力に影響を与え、さらには他人の行動や思考まで操ることができるかもしれない。
だからこそ、月系魔法には触れなかったのかもしれない。——精神を操る魔法は、道徳的・倫理的に禁忌とされているからだ。
これを使えば、他人を傷つけたり、意志を操ったり、混乱させたりすることが可能になる。
それは決して、人を助けたり守ったりするため「だけ」のものではない。
でも、月系魔法は黒魔術のような邪悪なものとは違う。
確かに性質が少し似ている部分はあるけれど、黒魔術のように災厄や不幸を呼び寄せるわけではない。
黒魔術というのは「悪」の力として見なされていて、禁忌とされているから、小説などでも使うのは決まって「悪役」だし、社会的にも厳しく罰せられる。
もちろん、悪役が改心したり、善人が意図的に黒魔法を学んだりするケースも存在するが、そういった例外についてはここではひとまず触れないことにする。
でも、月系魔法は……なんていうか、もっと神秘的で、そこまで忌み嫌われるものじゃないはずだ。
だって、月系魔法にはそういった邪悪さはない。正しく使えば、治療や守護、他者への支援といった正当な目的にも使えるものだ。
しかし、月系魔法は人間の精神と深く結びつく力を持ち、その「精神への影響」という特性があまりにも際立っているため、他の魔法が持つ直接的で明快な効果とは鮮やかな対比を成している。
精神操作ができない人々は、月系魔法の適性者に対して恐怖を抱き、操られることへの不安から、「ひとりも見逃すな」とばかりに、その存在を排除しようとしている。
その結果、多くの月系魔法使用者が自分の家族の手によって命を絶たれ、生き延びた者も周囲に忌み嫌われ、若いうちに自殺するのが常となっていたのだ。でも……
「こうした現象が出始めたのは、実はここ20年ほどなのよ。」
ぼんやりと、1歳のときに偶然目を覚ました際、奥様が語ったその言葉を思い出した。
……なぜ「20年」という数字にそこまでこだわったのか、はっきりとは理解できない。
奥様には、「20年」という数字に対する何らかの明確な意図が絶対にあるはずだ。
ただ、ひょっとするとこれは、魔法系統間に存在する……差別によるものなのだろうか?
差別……
Discrimination……
歧视……
家に帰るなり部屋に閉じこもり、鍵をかけ、花系魔法で紙を生成して、こう書き記した。
まずは、僕が最も慣れ親しんだ二つの言語で、思考を書き留めていく。
次に、前世で覚えた、もう一つの言語で書き記した。
そして、少し抵抗を感じながらも、ネットでこっそり学んだ基礎的な単語も加えていく。親の期待に逆らい、自分が学びたい言葉を独学していた……
……そういえば、なぜ今さら過去のことを思い出しているんだろう。死んでから四、五年も経つというのに、どうしようもなく、不甲斐ない最期を迎えたあの過去のことを……
……いや、今はそんなことを考えている暇はない。




