1-6 僕、月系魔法を目撃した(1)
「申し訳ないけど、こうするしかなかった。火もちゃんと制御して、火種は全部消しておいたからな。」
そう言いながら周囲を見渡すと、太陽の光が差し込む広場ができていて、幹や根はしっかり守られていた。
散らばった焼けた葉が青空に映えていて、元の森の姿とは少し違っていたが、深刻なダメージはなさそうだった。
むしろ、一時的な避難場所としては申し分ない環境になっていた。
「見事な火のお操りでございます!まさかこのような技を……」
と、システムが何かを言いかけたところに、ランシブからの報告が届いた。
「位置がわかったのか?間違いないんだな?座標を送ってくれ。僕が向かう間、彼女のことは頼む。」
グラウシュミが木に縛られていると聞いて、胸の中に不安が広がった。
「ヴィーナ、君は少し休んでてくれ。あとで助けが必要になるかもしれない。」
現場に到着すると、ランシブが木にぶつかるようにして、グラウシュミを助けようとしているのが見えた。どうやら彼のやり方は間違っていないらしい。
グラウシュミは太いツタにがんじがらめにされていて、手足も動かせず、服は引き裂かれ、傷だらけの肌が露出していた。
乱れた長い髪が顔にかかり、瞼は閉じられたまま。呼吸は浅く、まるで捕らえられた小鳥のように意識を失っていた。
僕は指先に風の力を集中させ、ツタを一気に切り裂いた。
彼女の体が木の上から落ちてきたところを素早く抱きとめ、そのままそっと地面に降りた。
完全に意識を失っている。まずは応急処置をして、安全な場所へ移動させるのが先だ。
魔法で柔らかなマットを作り、グラウシュミをそっと寝かせる。
そして、魔法で彼女の状態を診断する。直接触れるのは避け、男性としての配慮も忘れなかった。
調べてみると、ツタによる傷のほかには、目立った怪我はないようだった。
……なんとも、不幸な状況だな。
ひとつ息をつき、そのまま彼女の治療を始める。
グラウシュミは花系の魔法に適応しているから、もともと自己回復力も高い。
治療が進めば、そう遠くないうちに目を覚ますだろう。
この状況でグラウシュミを助けると決めたのは、決して無茶なことじゃなかった。むしろ、冷静に考えた末の判断だったと言える。
攻撃も治癒も、遠距離攻撃も防御も、すべてをこなせる僕だからこそ、これほど奥深くまで踏み込むことができたのだ。
ただ、連戦続きで魔力はほとんど残ってない。
ヴィーナは周りを警戒してて、急に酸を飛ばして背後の矢を撃ち落とした。スライムの酸が魔法の矢に当たると、すぐに力を失って地面に落ちるんだけど、タイミングも完璧だった。
僕も矢の気配は感じてたから、魔力は少ないけど、雪系魔法でその矢の軌道を逸らして、敵の攻撃を跳ね返すことはできる。
もちろん、高精度な魔力コントロールと技術が必要だけど、それは基本中の基本みたいなものだ。
それに、花系魔法には自動反撃機能がついているから、軽い攻撃なら余裕で防げる。強力な魔法や物理攻撃には効かないけど、そういう時は正面からぶつかればいい。
そんな感じで治療を続けていたんだけど、急に森の奥からすごい魔法の衝撃が来たんだ。
瞬時に反応して、氷の矢を放って迎撃した。
「自動反撃ができないの? じゃあ、まっすぐ突破!」
空中で魔力がぶつかり、頭上で大きな音がした。
なんだか変なエネルギーの波動を感じて、敵が次の攻撃を考えている気がしたんだ。
それで、すぐに風の魔法を使って、強風を起こし、あちこちにぶつけた。
隠れていた敵が全部出てきて、黒いマントを着ていた。
まさか、またこの黒いマント?
風が収まった後、まだ何人かが木の陰に隠れている気配がしたから、花系の変種火魔法を使って、敵を一人一人細かく狙って攻撃した。
炎が広がって、ようやく一部の敵が姿を現した。
……またこいつらか?
雪系魔法で彼らを凍りつかせて動けなくさせたけど、命までは奪わなかった。まだ、ここではそんなことをしたくなかったからね。
でも、魔力を持たない黒マントの連中が、まるで狂ったようにこっちに突進してきたんだ。
明らかに理性を失っている感じで、彼らの持っている剣が光を反射していた。
ここまで来たら、一対多の近接戦闘は避けられないな、って思った。
手に氷の刀を凝らして、戦闘態勢を整えた。
金属がぶつかり合う音が響いて、ひたすら攻撃を避けながら反撃していたけど、もう消耗が激しくて、いくつかの攻撃を防ぎきれないこともあった。
しかも、僕は相手を殺すつもりはまったくなかったから、攻撃の力加減を調整しつつ戦っていた。
汗が血と混ざって、顔からダラダラと流れ落ちていく。
敵の剣を切り落としてその攻撃力を削ぎながら、威力を抑えて戦場をコントロールしていたんだけど、ヴィーナも頑張ってくれていたのに、次々と新しい敵が押し寄せてくる。
数分しか経っていない気がするんだけど、背中に強烈な一撃を受けた瞬間、視界がぐるっと回った。
目の前がぼやけていくのを感じて、必死で踏みとどまろうと奥歯を食いしばったけど、右手に軽い痛みが走った。
……気のせいか?
そのとき、低い声で高速の詠唱が耳に入ってきた。次の瞬間、魔法の結界が突然展開された。
――グラウシュミだ!
最後の一撃として風刃を放ってから、彼女のもとへ駆け寄ったんだけど、彼女は僕のことなんかまったく気にせず、すごい速さで詠唱を続けて、僕の知らない魔法を発動させた。
その瞬間、彼女の周りがまるで月光のような冷たい輝きに包まれて、ちょっとゾッとした。
彼女の魔法技術は、僕よりも劣っているはずだ。僕のもとに属さない唯一の属性……
まさか、彼女は月系魔法を持つ者なのか?でも……
……
その瞬間、まるで森の中に月が昇ってくるような感覚にとらわれた。
最初は疑問だったが、月が突然現れるなんて……時間が加速でもしたのか?
もし時間が加速や跳躍をしたのなら、もっと滑らかに変化するはずだ。
だが今は、ただ昼の光が一瞬で月光に変わったような、奇妙な感覚だけが残っていた。
「……なるほど。」
その瞬間、ハッと気づいた——月系魔法という魔法体系全体が、即時発動型の幻術魔法だということに。
「奥様、あなたは本当に幸運ですね。彼がその才能をお持ちでなかったら、どうなっていたことでしょうか。」




