1-5 僕、グラウシュミを救いに行く(2)
仕方なく距離を取って、もっと複雑な戦術を試そうとした――けど、化け物はまるで僕の動きを読んだみたいに、一瞬で距離を詰めてきた。
危機一髪で力を使って横に飛び退くと、足元の地面に巨大な裂け目が目に入った。
すぐさまその裂け目の縁に、花とツタで作った偽装の罠を仕掛けて、化け物が突っ込んでくるのを待つ。
やがて再び襲いかかってきた化け物が罠に飛び込んだ瞬間、僕は強風の魔法を発動した。
恐ろしい叫び声を上げながら、化け物はツタの中へと巻き込まれていった。
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。突如としてさらに強力な気配が漂い、もう一つ圧倒的な存在感を放つ巨大な化け物が姿を現した。
「同じタイプ?冷静に考え。システム、そいつの心臓はどこだ?」
その化け物は怒りに満ちた咆哮を上げ、雷のような拳を振り上げて迫ってきた。瞬間、体をひねってその攻撃をかわしながら、氷の刀を振る。空中に軌跡が残り、刃の残像が何重にも閃いた。
厚い皮膚には普通の一撃では通じない。だが僕は、風の刃と氷の錐で削るように連撃を重ね、徐々に奴の防御を切り裂いていく。
一瞬の隙を見逃さず、ツタの魔法でその巨体を絡め取り、動きを封じた。そして、渾身の力を込めた氷刀を、狙いすました心臓に突き刺す。
刀身が凍てついた光を放ち、硬い皮膚を突き破った。粘つくような赤黒い血が噴き出し、戦場に赤い飛沫を描く。
化け物は最後の咆哮をあげ、体を激しく痙攣させながら地面に崩れ落ちた。動かない。
……それでも、僕は慎重だった。
再び氷の刀を形づくり、心臓に向けてもう一度、深く、深く突き刺す。
——これで、生命値は確実にゼロだ。
「ふっ……」小さく息を吐いた。
「ご主人様ッ!」
ヴィーナが鋭く叫び、僕を突き飛ばした。
衝撃と共に体が横へ流れた瞬間、地面を毒液が走る。ヴィーナが咄嗟に吐き出した毒の層が、僕たちの背後へ弧を描いて落ちた。
次の瞬間、ある異形の化け物の爪が通り過ぎていった。あれほど傷を負っていたはずなのに、奴はさらに身体をねじ曲げ、歪んだ進化を遂げていた。
「まさか……二つの命……?」
眼前にいるのは、さっき倒したはずの化け物。しかし、そこにあったのは「蘇り」ではない。ただの再起では説明できない。
まるで、新しい個体に生まれ変わったような、そんな異様な姿だった。
そして今度は、その動きが読めない。手足の軌道は蛇のように滑らかに、突如として角度を変え、視認すら困難だ。
だが、一つだけ、変わらないものがある。
「頭は動かない!」
身体がどれだけ変幻しても、奴の頭部だけは、まるで軸のように一点に固定されている。
それが、今のこの魔物の唯一の弱点!
「なら、反撃の時間だ!」
僕は腕を振り上げ、指先で空気の流れを操った。
命じると同時に、冷気を纏った刃が次々と編み出され、その風が周囲を切り裂く。
そして、氷の錐が空中で輝きながら形成され、風刃に続いて化け物の頭部めがけて飛翔した。
凄まじい叫び声と共に、ついに化け物は地に伏した。
「ヴィーナ!」
心の中で呼びかけると、ヴィーナが飛び出してきた。
「助かった!ありがとう!」
「たいしたことない、ご主人様!」
「めっちゃ助かった!残してくれたアイテムが山ほどある!」
「ご主人様の役に立つことは、この俺の生きる意味だ!」
「じゃ、これ全部食べくれてもいい?帰った後、毒を取り除いて市場にでも売りに行く。さ、行こう……」
「進めないことをお勧めいたします。」
システムが突然忠告してきた。
「どうしたの?」
「識別をお忘れのようです。この『スパイダーサソリ』という名前の生物は集団で現れることが多いのです。したがって、注意が必要となります……」
「僕の魔力と防御力はどうだ?」
「残りは半分ですので……」
「十分だ。避けて通るまでのことだ。」
「ですが、他のルートにも……」
「分かってるさ。」
僕は軽く手を振ると、風刃が空中に鋭い通り道を切り開き、植物たちの無駄な枝葉を巻き込まないよう配慮して、森を巧みに迂回していった。
「で、この森の木を全て取り除くとどうなるか、知ってるか?」
「根さえ残っていれば、それらはまだ生きております。」
「仕方ない。これはまあ、妥協策ってやつだ。ずっと化け物と戦い続けるよりは、まだマシだろ? 今ここで大きな魔法を使えば、半径150メートル以内の植物は、ほとんど一掃できる。」
「それは、何を意味しておられるのですか?」
「ただ、必要な光を確保するだけでいい。だから、陽光を遮ってる部分だけを取り除く。」
「まさか……そのようなことをお考えなのですか?」
「そう。これで、光が200メートルくらいまで届くようになるはずだ。もともと、この暗さがスティヴァリの森の魔物たちを育ててる原因だからな。光が差し込めば、奴らも逃げていくだろう。」
「確かに、その通りでございます。」
「それに、君が言ってた通り、スティヴァリの森には驚異的な回復力があるから、しばらくすれば元通りになるだろう。その間に、僕も体力と魔力を回復できる。」
「まさにその通りでございます。」
「そして、ここはどの国にも属してないし、誰にも管理されてない地域だ。光を入れるくらいなら、誰も文句は言わない。」
足元から微かな振動が伝わってきて、ヴィーナが鋭く反応した。
どうやら化け物たちが次々と集まってきてて、僕たちの位置を正確に把握してるらしい。
「本当はこんなことしたくないんだけど……はあ。ちょっと植物たちには我慢してもらうしかないね。」
心の中で謝りながら、僕は花系魔法を炎に変換して、手のひらに炎を宿した。
すぐに周囲の木々の梢が燃え始めたけど、幹と根は無事のままだ。
「僕たちが生き残るためだ。このスティヴァリの森に光を入れて、開けた場所を作れば、『スパイダーサソリ』たちも引き下がるだろう。」
炎を慎重に操って明るい空間を作り出すと、太陽の光が森の中に降り注いだ。
「風よ、燃え広がれ!」
風の魔法が火勢を煽り、炎は暗がりへと進んでいった。
木々が低いうめき声を上げながら燃え、火が広がるにつれて、『スパイダーサソリ』たちはその場から離れていった。
ヴィーナが「化け物はもう遠ざかりました」と告げると、僕はすぐに火を消し、空から雪を降らせて、残り火をすべて覆い尽くした。




