1-6 僕、月系魔法を目撃した(1)
この状況でグラウシュミを助けると決めたのは、決して無茶なことじゃなかった。むしろ、冷静に考えた末の判断だったと言える。
攻撃も治癒も、遠距離攻撃も防御も、すべてをこなせる僕だからこそ、これほど奥深くまで踏み込むことができたのだ。
ただ、連戦続きで魔力はほとんど残ってない。
ヴィーナは周りを警戒してて、急に酸を飛ばして背後の矢を撃ち落とした。スライムの酸が魔法の矢に当たると、すぐに力を失って地面に落ちるんだけど、タイミングも完璧だった。
僕も矢の気配は感じてたから、魔力は少ないけど、雪系魔法でその矢の軌道を逸らして、敵の攻撃を跳ね返すことはできる。
もちろん、高精度な魔力コントロールと技術が必要だけど、それは基本中の基本みたいなものだ。
それに、花系魔法には自動反撃機能がついているから、軽い攻撃なら余裕で防げる。強力な魔法や物理攻撃には効かないけど、そういう時は正面からぶつかればいい。
そんな感じで治療を続けていたんだけど、急に森の奥からすごい魔法の衝撃が来たんだ。
瞬時に反応して、氷の矢を放って迎撃した。
「自動反撃ができないの? じゃあ、まっすぐ突破!」
空中で魔力がぶつかり、頭上で大きな音がした。
なんだか変なエネルギーの波動を感じて、敵が次の攻撃を考えている気がしたんだ。
それで、すぐに風の魔法を使って、強風を起こし、あちこちにぶつけた。
隠れていた敵が全部出てきて、黒いマントを着ていた。
まさか、またこの黒いマント?
風が収まった後、まだ何人かが木の陰に隠れている気配がしたから、花系の変種火魔法を使って、敵を一人一人細かく狙って攻撃した。
炎が広がって、ようやく一部の敵が姿を現した。
……またこいつらか?
雪系魔法で彼らを凍りつかせて動けなくさせたけど、命までは奪わなかった。まだ、ここではそんなことをしたくなかったからね。
でも、魔力を持たない黒マントの連中が、まるで狂ったようにこっちに突進してきたんだ。
明らかに理性を失っている感じで、彼らの持っている剣が光を反射していた。
ここまで来たら、一対多の近接戦闘は避けられないな、って思った。
手に氷の刀を凝らして、戦闘態勢を整えた。
金属がぶつかり合う音が響いて、ひたすら攻撃を避けながら反撃していたけど、もう消耗が激しくて、いくつかの攻撃を防ぎきれないこともあった。
しかも、僕は相手を殺すつもりはまったくなかったから、攻撃の力加減を調整しつつ戦っていた。
汗が血と混ざって、顔からダラダラと流れ落ちていく。
敵の剣を切り落としてその攻撃力を削ぎながら、威力を抑えて戦場をコントロールしていたんだけど、ヴィーナも頑張ってくれていたのに、次々と新しい敵が押し寄せてくる。
数分しか経っていない気がするんだけど、背中に強烈な一撃を受けた瞬間、視界がぐるっと回った。
目の前がぼやけていくのを感じて、必死で踏みとどまろうと奥歯を食いしばったけど、右手に軽い痛みが走った。
……気のせいか?
そのとき、低い声で高速の詠唱が耳に入ってきた。次の瞬間、魔法の結界が突然展開された。
――グラウシュミだ!
最後の一撃として風刃を放ってから、彼女のもとへ駆け寄ったんだけど、彼女は僕のことなんかまったく気にせず、すごい速さで詠唱を続けて、僕の知らない魔法を発動させた。
その瞬間、彼女の周りがまるで月光のような冷たい輝きに包まれて、ちょっとゾッとした。
彼女の魔法技術は、僕よりも劣っているはずだ。僕のもとに属さない唯一の属性……
まさか、彼女は月系魔法を持つ者なのか?でも……
……
その瞬間、まるで森の中に月が昇ってくるような感覚にとらわれた。
最初は疑問だったが、月が突然現れるなんて……時間が加速でもしたのか?
もし時間が加速や跳躍をしたのなら、もっと滑らかに変化するはずだ。
だが今は、ただ昼の光が一瞬で月光に変わったような、奇妙な感覚だけが残っていた。
「……なるほど。」
その瞬間、ハッと気づいた——月系魔法という魔法体系全体が、即時発動型の幻術魔法だということに。
「奥様、あなたは本当に幸運ですね。彼がその才能をお持ちでなかったら、どうなっていたことでしょうか。」
この一言と、システムが月系魔法の情報を完全に遮断していた理由が、やっとわかった気がする。
たぶん、この魔法は禁術みたいなものだ。魔法書に月系魔法がまったく載っていなかったのも納得だ。
今の状況を考えれば、それも当然だ。
でも、グラウシュミの体はもともとそんなに強くないから、ちょっと心配だ。魔力を使い果たした彼女は、そのまま倒れ込んでしまった。
わずかな時間だったけど、休むことができたおかげで、体力もほんの少しだけ回復した。
迷うことなくグラウシュミを抱き上げ、風系魔法を使って、気圧差を利用して一気に空へと飛び上がった。
やっぱり、これは広範囲を覆う幻術で、森の一部を完全に暗闇に閉ざす効果があるみたいだ。
空中に浮かびながら、この魔法の仕組み――複雑な公式が次々と脳裏に浮かび、この幻想的な魔法を生み出すために、使用者がどれほどの代償を払ったのか――すべてを一瞬で理解できた。
解除方法は二つ。
一つはこの領域から抜け出すこと、もう一つは「異常」に気づくこと。
そのどちらも、使用者の能力次第だが……この異様な雰囲気、まるで森の奥深くと一体化しているみたいだ。
深い、紫。
グラウシュミは、全ての魔力を注ぎ込んだ。
やっとこの息苦しい空間から抜け出せた。
予定ではすぐにグラウシュミを家に送り届けるつもりだったが、小川を通りかかったとき、水面に映った自分の姿を見た瞬間――その計画を、少し保留することにした。
ボロボロに裂けた服。傷跡が体を覆っている。
このままの姿でグラウシュミの家に現れたら、ご家族に余計な心配をかけてしまうかもしれない。
そこで、まずは静かな場所で気持ちを整え、少しでも落ち着いた状態で彼女を送り届けることにした。
グラウシュミの両親は高齢で、普段は僕の家で働いているが、今日は休みだ。若い娘が帰ってこなければ、心配せずにはいられないだろう。
親なら、自分の大切な娘に対して、誰でもこうした感情を抱くものだ。
帰りが遅ければ、無事でいるかどうか心配するのは当然のことだ。
「そう……ね?」
普通の親なら……
「そう……ですよね?」
「……」
「……です、よね。それ当然でしょう。」