ラルシェニ-デヴィアンク(町長さん)との出会い (3)
「はい。私は最初から、あなたたちを超えられないと分かっています。
けれど、それが私の努力の価値を否定することにはなりません。
誰にでも価値はあるんです。私は自分なりの方法で、その価値を実現しているだけです。」
ラルシェニは言葉に詰まった。
デヴィアンクをじっと見つめるが、まだ完全には理解できない部分もあった。
それでも、心の奥で何か奇妙な感情が静かに湧き上がってくる――やはり、庶流の考え方は理解しにくい。
少し苛立ちを覚えながら、ラルシェニは背を向け、その場を離れようとした。
しかし、数歩歩いたところで、ふと立ち止まり、再び振り返る。
デヴィアンクは相変わらず頭を下げ、淡々と貴族たちにお茶を出している。
その姿を見つめるうちに、ラルシェニの心には、理由もなく疑問が湧き上がってきた。
だが、どうしても答えは出ない。
「君、名前は?」
「私ですか?……デヴィアンクです。」
「君、ほんっとに変だな。」
ラルシェニは小さく呟いてから、再びその場を離れた。
「エフィラトス様。今すぐにあの人を始末しちゃうか?」
「おお~オレリア、ちょっと焦りすぎじゃない?だって、あの子、魔法も使えないんでしょ?しかも、あんなにおとなしいし……
どうせなら、ちょっと彼女に苦しませてみたらどうだ?どんなにボロボロになっても、もしかしたら、頑張って町長くらいまで上り詰められるかもしれないじゃん~?無理そうだったら、その時にでも始末すればいいし、ね~?」
ふふ、考えたら結構面白い。
——あっ、考えてみると、本当に可笑しい。
デヴィアンクはお茶を手に、静かに部屋へと入っていった。
顔には何の感情も浮かばず、頭の中も空っぽのまま。
だが、部屋を出てしばらくすると、あの言葉がじわじわと脳裏に浮かんできた。
もし本当に、一生懸命努力して高みに登ったとしても、結局はただの駒にすぎない。
未来の状況などどう転ぶか分からないし、うまくいかなければ、あっさり捨てられるのがオチだろう。
そんな駒になるくらいなら、自分はもうそんなものにはなりたくない。
……そう思うけれど、でも仕方がない。
だって、声をかけてもらえるような場にいられるからこそ、駒であることにも悪い面ばかりじゃない。少なくとも命は保証されるし、すぐに消されることもないだろう。
だからこそ——どうせなら町長を目指して必死に頑張ると決めるのが一番だ。
まあ、そう考えれば、まだ悪くないかもしれない。もし本当にその場所までたどり着いて、みんなに嫌われ、すべてが終わったとしても……せめて「それなりに長く生きた」ということにはなるのだから。
口元にかすかな苦笑を浮かべながら、デヴィアンクは心の中でつぶやいた。
「アルサレグリア奥様の言う通りだったな……。少しでも長く生きることができるんだ」
——生きているだけで、十分だ。
アルサレグリア奥様の助言を聞いて、本当によかった。
ああ、そういえばアルサレグリア奥様にも息子がいたっけ。前に見かけたとき、今目の前にいる……誰だったかと同じくらいの年齢だった気がする。
ふぅ……生きるって、やっぱりいいことだな。
デヴィアンクのこと、頭の中で何度も考えてみたけど、やっぱりラルシェニには彼女の気持ちが全然わからなかった。
家族の名誉、魔法の力、今までラルシェニがずっと信じてきたこと、そして自信の源だったもの。でも、デヴィアンクとのあのちょっとしたやり取りが、ラルシェニを全く新しい考えに引き寄せちゃった。
ラルシェニは庭に立っていた。
ずっと、貴族の血筋こそがすべてだと思っていた。
誰よりも強い魔法の力と、家族の栄光さえあれば、それで自分の価値を証明できるのだと。
——けれど、あの分家の人はどうだろう。
あの豪華な宴の中で、静かに頭を下げ、ただ働いている。
争うこともなく、何も求めず、まるで最初からそこが自分の居場所だと言わんばかりに。
「……もしかして、俺はずっと間違っていたのか?」
ラルシェニは幼い頃から、家族の血筋こそが栄光を意味すると教え込まれ、それをすべてだと信じてきた。
だが、あの静かで揺るがぬ力を目にしたとき、なぜか心の奥に違和感が生まれたのだ。
デヴィアンクは決して名誉を追い求めず、ただ淡々と自分のやるべきことをこなし——まるで「生きる」という行為そのものに全てを費やしているかのように見えた。
でも、こんな生き方は本当に間違いなのか?
自分には到底できそうにない、無欲で淡々とした生活。
それを否定する資格なんて、あるのだろうか。
もし自分が家族の名誉を背負っていなかったら——
果たしてデヴィアンクのように、ただ生きるためだけに生きられるのだろうか。
「……結局、権力と名誉だけが人生の目的なのか?」
ラルシェニはそう、自らに問いかけた。
デヴィアンクの考えを完全に理解することはできなかった。
だが、彼女の一見シンプルに思える生活が、なぜか自分の未来に対する深い疑問を呼び起こしていた。
ラルシェニは王都の中心部へと足を踏み入れた。
商店街を歩き回っているうちに、気づけば道を外れていた。
狭く曲がりくねった路地を進みながらも、心は先ほどの思考に囚われたままだった。
ふと足を止める。
視線の先、武器屋の店先に立っていた。
店の入り口には、一振りの剣が吊り下げられていた。
そのすぐ脇には、見慣れぬシャンチーの盤が掛けられており、さらに視線を下に移すと、獣人用の装備が整然と並んでいた。
「俺はいったい、何を追い求めているんだ?」
その時、一人の獣人が近づいてきて、防具を眺めているラルシェニを見て、眉をひとつ上げた。
「おや、貴族様がこんな粗末な防具に興味をお持ちか?」
「何か問題でも?」
ラルシェニは顔を上げ、その獣人を一瞥し、冷たく言い放った。
獣人はにやりと笑い、
「貴族様ってのは、普通は華やかなものにしか興味を示さないものだ。君たちの目には、贅沢や飾りしか映らない。こんな無駄な装飾もない防具に、一体何を見るんだ?」
と言った。
ラルシェニはすぐには答えず、しばし黙り込んだ。
確かに、自分の生活は名誉や周囲の期待に縛られている気がする。
防具を選ぶときも、それが自分の社会的な地位や評価にどう影響するかを、つい考えてしまう。
だが、そうした考え方は、幼い頃から身につけさせられてきたものだ。
今さら簡単に変えられるはずもない。
「……どうせ、リツイベットに笑われるだけだろう。」
ラルシェニは小さくつぶやき、店を後にした。