2-20 不意の刑(5)
色あせた草原が広がっている。
白いシャムロックが咲いている。
「ひとつ、聞きたいことがあります。」
システムがそう言った。
「貴殿の前世、どうやって死んでしまったのですか?」
「忘れられない。車にひかれて死んだ。」
「本当に車にひかれ……たのか?」
白いシャムロック。
「死ぬのが怖かったのか?」
「……昔は怖かったかもしれない。」
「痛みが怖かったのか?」
「血はもう全部流れちゃった。」
「でも、肝臓はまだある。」
システムが視線を向ける。
「見えない。」
見えない。
「でも、感じられる。」
システムが言った。
「セ〜リ〜ホ〜〜」
「今日のラ〜ンチは〜!肝〜臓~だ〜よ~」
彼は片方の視力を取り戻すと、解剖用のメスを握り直し、ためらいもなく胸骨の隙間に突き立てた。
肝臓が欠ければ、長くて数日、短ければ数時間しか生きられない——
彼は、その数時間を地獄のように長く引き延ばそうとしていた。
……
「……」
「内臓が欠けた空っぽの体、どれくらい生きていられるのかな。」
「すみませんが、随行システムとしては、実在したデータしかお答えできません。
そして、拙者が知る限り……彼は次に、この世に残されたあなたのすべてを、ひとつ残らず解体します。」
「……」
「内臓がなくなっただけで終わりだと思いましたか?それだけでは済みません。貴殿の記憶さえも残らず、形なき影となって無数の存在の間を永遠にさまようことになるのです。
もし拙者がいなければ、貴殿の今世さえも消えていたでしょう。前世など言うまでもありませんー」
「ここ……魔法の匂いがする〜〜」
エフィラトスが鼻をひくつかせながら、ゆっくりと歩み寄る。
「また……突破したのかい〜?」
「……」
「ああ〜、ちょうど今日選択肢がある。」
「……?」
「さて……」
彼が指をパチンと鳴らすと、空中に6人の獣人が現れた。
縄が彼らの手首と足首を締め上げ、肉に食い込み、紫色に変色した血管が浮き出ている。
そのうちの1人は、他の者たちから少し離れた場所に逆さ吊りにされていた。
その人は、他の誰でもなく、十遊秤だった。
「ある暴走する電車が彼らに向かって突進している〜!そして〜〜」
彼は手で巨大な何かが迫る動きを示す。
「まもなく——彼らを轢き殺す!」
彼はゆっくりとその獣人たちの前に歩み寄り、こう言った。
「でも、ラッキーなことに、君はスイッチを引いて電車を別の線路に切り替えることができる〜」
その後、彼はさっと動いて十遊秤の前に立った。
「しかし、もう一方の線路にも『人』が一人、縛りつけられている。」
彼は再び嘲笑を浮かべて見つめた。
「さて、君はスイッチを引くのか? これらの――何も悪くない良家の婦人や子供たちはどうするんだ〜?」
そう言うと、彼は十遊秤に一発蹴りを入れた。
「それとも、彼を救うのか?」
——「承知いたしました。
『制御不能の電車が、軌道に拘束されたご無辜の五名の方々へと疾走しております。
貴殿はお手元のスイッチにより、電車の進路を切り替えることが可能です。
しかし、別の分岐線上には、一人のご無辜の方が孤独に拘束されております。
さて、貴殿は電車の進路を変えるご決断をなさいますか、それとも何もせずに見届けられますか?』」
——「では、もしその残された一人が、貴殿と非常に親しい間柄の方であれば、どのようなご判断を下されますでしょうか?」
「彼らを選んで!! 恩人!! 彼らを選んで!!!」
「黙れ!! さもなくば暴走電車がお前たち全員を轢き殺すぞ!!」
「彼らを選んで!!」
「なぜ――!」
音が割れちゃった。
「遅いなあ」
彼は六人の首に掛けられた縄をきつく締め、
「さあ、早く!! 彼なのか!!!」
「彼ら……を……」
「それとも、彼らか!!!」
「……首……痛い……」
「うっ!!」
「ママ!!!!」
「早くしろ!!!面白い面白い面白い面白い面白い面白い!!!!」
「これ……」
「おれを選んでぇな!! おれを選んでくれぇや!!!」
「選べ!!!」
「……あいつら、生かしたってや……お願いや……」
ゴキッ。
「……恩人。」
十遊秤の震える声が聞こえた。彼の目はまだ澄んでいた。
「永遠に……恩人のこと……忘れへんわ……」
「黙れ!」
彼は斧を振り上げ、一瞬の躊躇もなく十遊秤の腰へ叩きつけた。
鈍く湿った音とともに、皮膚が裂け、脂の匂いを伴った温かい血潮が飛び散る。
視界の端、泥に汚れた地面には、赤い指跡で「ありがとう、ありがとう」と刻まれた文字。
指は爪の間まで血で濡れ、文字の形は歪んでいる。
しかし、最後の「ありがとう」は、未完成のまま、血の線だけが途中で止まっていた。
「ああ……やっぱり、書いた文字が少なすぎたな〜」
エフィラトスはまるで退屈なパズルを解くかのように、無邪気な笑みを浮かべる。
そして、再びその濡れた斧を持ち上げた。
「でもね〜……電車が二つの線路を同時に走らないなんて〜、誰が言った?」
——「選択肢は存在しません。」
「あああああ!!!!!!!!!!!!」
裂けるような絶叫——しかし、それも一瞬。喉から吹き出した鮮血が飛沫となって宙を舞い、赤黒い泡が口と鼻を塞いだ。
呼吸は途切れ、肺の奥からごぼごぼと血が逆流する。咳と共に肉片が飛び、地面に張り付いてじわりと広がった。
その儚い悲鳴さえも、彼の狂った笑声に踏み潰される。
「そうだ! そうだ! そうだぁぁぁ!!!!」
骨の砕ける音が響き、皮膚の下で何かがぶつかり合う。腸が泥と絡まり合い、温かい蒸気を立てながら溢れ出していた。
鉄と血の匂いが空気を満たし、熱い飛沫が頬を焼くように弾ける。
視界がまた闇に沈む。
最後に映ったのは、血溜まりに浮かぶ「ありがとう」の断片。
大量の血が流れ出し、地面を真っ赤に染めてた。
スイッチの選択など、最初から存在しなかった。
電車が脱線して、全員死んちゃった。