1-4 僕、精霊を仲間にする(3)
紙上での契約が完了すると、次に――魂の烙印を刻む必要がある。
この烙印は、精神的な繋がりを確立し、契約期間中にお互いの意識を感じ取るためのものだ。
魂と魂を繋ぎ合わせることで、主と精霊は互いの力を高め合い、その絆は時間を経るごとにより強固なものへと変化していく。
形式としては儀式にすぎないかもしれない。
だが、ここには単なる力の交換以上の意味がある。
主と従者という関係性を、言葉ではなく魂で証明するということだ。
こうして眺めてみると……まるで君主と臣下の関係にも思えてくる。
だが、この世界においては「臣下の臣下は臣下ではない」――そんな曖昧さは通用しない。
精霊との契約は、絶対服従を前提とする。
一度契約が交わされれば、精霊は主人の意思に忠実に従い、
定めた規則さえ明確に示しておけば、勝手な行動は取れないようになっている。
裏切りも、背信もない。
なんにせよ、これはあとでやることリストにしっかり入れておこう……。
ふと視線を落とすと、あの青毛玉が、粘液でぐっしょり濡れながら地面でもがいていた。全身から湯気のように苦痛が立ち上っているのが見える。
彼のHPがじわじわと自然回復しているのを見て、なぜか心臓がチクチクしたので、僕は花系魔法を起動して、青毛玉を一気に全快させた。
「……行けよ。僕は引き留めないさ。さっきはその、色々と……僕の……」
少し目をそらしながらそう言った、その時だった。
ぴょんっ。
青毛玉が一歩、僕の方へ跳ねた。
――ばさっ。
音もなく契約書の上に着地し、そのまま契約書の署名欄に身体を押しつけるように横たわった。
……まさか、と思った次の瞬間。
「契約成立」の文字が浮かび上がった。
そして、魂の烙印が発動した。
青毛玉は瞬時に消え、謎めいたエネルギーとなって僕の手の中に流れ込んだ。
すでに勝利を確信していたヴィーナは目を丸くし、予想外の事態に動揺を隠せない。
「あれれ?」
「ご、ご主人様……」
「いや、待て? ちょっと違う、いや、別にいいけどさ!もう一度やり直せばいいし……。でも、本当に僕の精霊でいいのか?君けっこう強いし、その酸液にはいろいろ発見もあったし。雪系と花系を組み合わせて、水系魔法でpH値の調整を試してみるつもりなんだけど……ほんとに、それでいいのか?」
「はい、百万パーセントでそのつもりです!お願いです、どうか!」
「……どうやら、あいつもまだ全力を出していなかったのかもしれないな。やっぱり、この契約を望んでいたのかも……。この契約さえ結んでしまえば、もう僕の元から離れることはできない。」
と、そのとき。
「まるで英雄気取りだな。こいつはただ死にたかっただけだろうに。偶然貴殿に助けられただけ。自分を偉い人だと思ってるのか?」
冷たく、乾いた声でシステムが言い放った。
——え?なんだ、その刺々しい言い方は?
まさか……システム、嫉妬してるのか?
……ツンデレ?
「勝手にそんな妄想するな!」
システムが突然シャットダウンしてしまった。
……おい!
ヴィーナとの契約が無事(?)完了したあと、僕は改めて、今回の旅でもう一つの思わぬ収穫――青毛玉について考え始めた。
戦闘のダメージを肩代わりするという役割は確かに役に立つだけど、単体では能力を活かしきれないかもしれない。
とはいえ、そのふわふわとした手触りは驚くほど心地よく、ただ見ているだけで心が癒される。
表面は繊細で密度のある毛がびっしりと生えていて、ふわっふわ。手のひらに乗せるだけでほっとするし、視界の隅にいるだけで心が和らぐ。
思わずぎゅっと抱きしめて、そのふわふわの感触を確かめたくなる。
まるで雲のかけらをそのまま形にしたような、柔らかくて、あたたかい存在。
寒い冬の日には、これ以上ない心地よさを与えてくれそうだ――体だけじゃなく、心までぽかぽかにしてくれるような。
……いやいや、メインの使い方を忘れてた!青毛玉の主な機能は「雪(氷)系の魔法盾」だったはずだ。
僕には正直あまり必要ないけど……これ、女の子を喜ばせるにはうってつけじゃないか?
だって、普通の女の子って、イケメンとか美女とか、あとはふわふわ可愛いものが好きだろ?
もちろん、美人も大歓迎なはずだし!
女の子ってのは、世界の宝だから!
普通の女の子って、可愛いものを拒めるわけないじゃん?
……でも、それはあくまで「普通の」女の子の話。
世の中には触手とか獣とか、虫とか機械とか、肉体改造とか、人食いとか、まあ、いろいろな性癖が存在する。
でも――どんな性癖でも、僕ならきっと対応できるさ!全部拒否しない!って、何考えてんだ僕は!!
ふと横を見ると、さっきまでバトルしてたスライムと青毛玉が、なぜか仲良く丸くなって寄り添っている。
ついさっきまで酸の飛ばし合いしてたのに、今はぴったりくっついてる……?
……こりゃ、何か裏があるぞ! 絶対に!
「どうしたどうした? 何があったんだ?」
「貴殿の性癖です。」と、システムが冷静に答えた。
「性癖?」
「精霊と主人は、記憶を双方向に共有できます。もちろん、その通路を閉じることも可能ですが、開いたままにしておくと、双方に経験値ボーナスが発生しますので、デフォルトでは開いた状態となっています。」
なるほど、そういう仕組みか……デフォルトで共有されるのか……
「い、今のはなかったことにしろ!聞いてなかったことにしてくれ!何もなかった、いいな!何も!」
慌ててシステム画面を開き、共有をオフにするためにボタンを連打した。
青毛玉はヴィーナのそばでビクビクと縮こまっていたが、ヴィーナに軽く蹴られて、さらに小さく丸まってしまった。
「そんなに警戒する必要はないよ……僕ってそこまで恐ろしいわけじゃないし……人だって食べないから……」
「お忘れかもしれませんが、この青毛玉にはまだ名前を付けていません。」と、システムがヒントを出してきた。
「ああ、確かに。じゃあ……『ランシブ』にしようか……」
「ぴゅる!」と、ヴィーナが不満げに鳴き、急に満面の笑みを浮かべているランシブの上に飛び乗ると、全力で叩き始めた。
「ぴゅる!ぴゅるぴゅる!ぴゅるぴゅるぴゅるぴゅる!」
「ストーーップ!名前ってのはただ呼びやすくするための記号に過ぎないんだよ!全部!唯一無二なんだ!性別の方がまだ相対的なものなんだ!だから、やめろってば!!!!」




