1-5 僕、グラウシュミを救いに行く(1)
やっとこの騒ぎが収まった。
どうやらこの二精霊が仲良くするのは、当分無理そうだ。――片方をどこかに行かせるしかない。
「ランシブ、探査任務はできるか?」
青毛玉は小さく頷いた。
「じゃあ、3~4歳くらいで、青い長髪、清楚な顔立ちで、白い肌、片方の瞳が深い青、もう片方が明るい黄色の女の子を見つけて、彼女のそばにいてくれ。」
青毛玉は首をかしげた。
「あまりにざっくりしてございませんか? そのような抽象的な説明では、誰が見つけられましょうか?」
と、システムが皮肉っぽく突っ込んできた。
「『天から降ってきた天使』よりまだ現実味あるかも……ならシステム、彼女の見た目を教えてもらえますか?」
「そもそも見つけに行く気はありませんから。誤解なさらないでください。」
システムのからかいには答えず、僕はグラウシュミの姿を思い出しながら、手をひねって雪系魔法を発動させた。
森の中に、小さな氷像が静かに現れる。
「これなら分かるだろ? 彼女の家はこの近くだ。5分もあれば見つけられるはず。そばにいて、何かあったらすぐ知らせてくれ。」
青毛玉――ランシブは、ふたたびコクリと頷いて、森の外へと跳ねていった。
その小さな背を見送る僕は、ふとため息をついた。
「ただ……あの氷像、全然似てないな。後で壊しておくか。」
「いえ。十分に再現されております。貴殿が少し、自分に厳しすぎるだけかと存じます。」
と、システムが冷静に返してくる。
「絶対壊す。」
そう言いつつも、内心ではランシブの実力に少しだけ期待していた。
自信満々の様子だったし、すぐに彼女を見つけて戻ってくるだろう――きっと。
「そうとも限りません。グラウシュミの家が近いとはいえ……」
システムが言いかけたところで、ランシブが跳ねながら戻ってきた。
「お、戻ったか。……やっぱり似てないか?それとも説明が足りなかったのか……いっそ、もう一度作り直す……」
「グラウシュミは家にいなかった。」
代わりに答えたのはヴィーナだった。ランシブに偏見を抱きつつも、僕のそばにいたいという想いが勝った。
今のヴィーナは一時的に、ランシブの通訳役を買って出てくれている。
「友達と出かけてたのか。そういうのも大事だよな……」
僕はぽつりとつぶやいた。
「違います、主人!」
ヴィーナが少し慌てたような声で、「もしこの氷像が正確なら……その『グラウシュミ』って子、多分……さっき見かけた青髪の女の子です!」
「そう……」
そして、心臓が一瞬止まったような感覚だった。
「……まさか。彼女、森の奥に向かったのか?」
青毛玉がしばらく鳴いたあと、ヴィーナが再び顔を上げて通訳する。
「ランシブはスティヴァリの森についてかなり詳しいようです。こいつは自分の裏道を使えば奥地までは早くたどり着けるそうですが――」
ヴィーナの表情が曇った。
「俺たちはその裏道を使うことができないです。奥に進むには、魔物が密集しているエリアを通過しなければならないようで……」
「分かった。少し準備して、こちらも後で向かう。とにかく手分けして奥地を探してくれ。ちなみにヴィーナ、君喋れるんだね。」
「はい。主人と契約する前は言葉を持ちませんでしたが、今は話せます。……ご主人様に感謝しています。」
スティヴァリの森。
外縁部はまるで楽園のように明るく、風は柔らかく花の香りが漂っていた。
だが、数歩奥に入るだけで、すべてが一変する。
聳える木々が空を覆い隠し、陽の光はまるで禁じられたかのように届かない。
今は正午のはずなのに、森の奥では薄暗く、灰色の霧が立ち込めていた。
空気は重く湿っていて、肺にまとわりつくような感触がある。
息を吸うたびに胸が圧迫され、どこか違う世界に踏み込んでしまった感覚すらあった。
――ズズ……ズウ……ゥゥ……。
どこか遠くから、不気味なうなり声が聞こえてきた。
焦燥感に駆られて歩を早める。
でも、ダメだ――音も、「それ」に合わせてどんどん近づいてくる。
そして――
それは突然、視界を裂くように現れた。
巨大な化け物。
蜘蛛とサソリを無理やり掛け合わせたような異形の存在。
歪みに歪んだ関節、ぶら下がった硬質の触肢、鈍く濁った瞳。
その全てが、見る者の精神を直接蝕むような、「不快な造形」だった。
反射的に魔力を収束。
掌に雪のエネルギーを瞬時に凝縮し、氷の壁を前に出現させて、バシュッ、と音を立てて突撃を受け止め、砕け散る氷片が視界を白く染めた。
だが、奴は怯まない。
すぐに向きを変え、再び牙を剥いて襲いかかってくる。
「……自我はないか。完全に暴走型だな。」
距離は――7歩。
この距離なら、剣術が使える。
脳裏に、前世での訓練の記憶がよみがえる。
灼熱の空の下、汗が噴き出すほどの暑さの中で、何度も繰り返した剣の型。
精神をすり減らしながら、体に叩き込んだ反復運動。
足が動く。
膝がしなる。
腰が回転し、右腕が自然と剣を模した動作を取った。
「行くぞ……!」
剣術の練習は、本当に解紅(地獄)だった。
技を覚えるだけじゃなかった。
3、4歳の毎朝、地面を蹴ってダッシュを繰り返し、腕立て伏せと素振りで筋肉を焼く。瞬発力も腕力も、すべて短期間で底上げしなきゃならなくて、文字通り息を吐く間もない日々だった。
毎日限界の先に自分を叩き込み、ただひたすらに成長のことだけを考えていた。
傷が癒える前に走り込み、手が震えても木剣を握っていた。息をするたび、酸素よりも苦しさを飲み込んでいた。
5歳から、学校教育が優先されるようになって、親の意向で剣術の道を断たれた。
それでも——
訓練の基礎理論は、確かに記憶に刻み込んでいる。
だから、諦めるわけにはいかない!それに、今の僕だって、体の鍛錬を欠かさず続けているんだ!
手の中に集まった魔力がきらめきながら収束して、刃は形となり、氷刀としてその姿を現す。
魔力の冷気が周囲の空気を凍てつかせ、夜の森に一筋の光を描いた。
目の前の化け物は、獣の本能に忠実な動きで、風のようにこちらへ迫ってくる。一撃ごとが雷鳴のようで、牙と爪のひと振りは全てが殺意に満ちている。
だが——
転生後、僕も身体を鍛え直し、今の僕の限界まで追い込んできた。
氷の刀で攻撃してみたけど、この化け物の硬い外殻には全然効かなかった。
仕方なく距離を取って、もっと複雑な戦術を試そうとした――けど、化け物はまるで僕の動きを読んだみたいに、一瞬で距離を詰めてきた。
危機一髪で力を使って横に飛び退くと、足元の地面に巨大な裂け目が目に入った。
すぐさまその裂け目の縁に、花とツタで作った偽装の罠を仕掛けて、化け物が突っ込んでくるのを待つ。
やがて再び襲いかかってきた化け物が罠に飛び込んだ瞬間、僕は強風の魔法を発動した。
恐ろしい叫び声を上げながら、化け物はツタの中へと巻き込まれていった。
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。突如としてさらに強力な気配が漂い、もう一つ圧倒的な存在感を放つ巨大な化け物が姿を現した。
「同じタイプ?冷静に考え。システム、そいつの心臓はどこだ?」
その化け物は怒りに満ちた咆哮を上げ、雷のような拳を振り上げて迫ってきた。瞬間、体をひねってその攻撃をかわしながら、氷の刀を振る。空中に軌跡が残り、刃の残像が何重にも閃いた。
厚い皮膚には普通の一撃では通じない。だが僕は、風の刃と氷の錐で削るように連撃を重ね、徐々に奴の防御を切り裂いていく。
一瞬の隙を見逃さず、ツタの魔法でその巨体を絡め取り、動きを封じた。そして、渾身の力を込めた氷刀を、狙いすました心臓に突き刺す。
刀身が凍てついた光を放ち、硬い皮膚を突き破った。粘つくような赤黒い血が噴き出し、戦場に赤い飛沫を描く。
化け物は最後の咆哮をあげ、体を激しく痙攣させながら地面に崩れ落ちた。動かない。
……それでも、僕は慎重だった。
再び氷の刀を形づくり、心臓に向けてもう一度、深く、深く突き刺す。
——これで、生命値は確実にゼロだ。
「ふっ……」小さく息を吐いた。
「ご主人様ッ!」