95話 魔力を斬る
「始まったようだな」
しばらくして、俺達も洞窟に突入して。
探索を進めていると、奥の方から轟音が聞こえてきた。
やや遅れて振動が響いてくる。
事前に打ち合わせた通り、プレシアが暴れているのだろう。
「それにしても……すごいわね。けっこう離れているはずなのに、振動がここまで伝わってくるなんて」
「それに、魔力もすごいでありますよ。拙者、剣士ではありますが、それでもハッキリとわかるくらい、濃密な魔力を感じます」
「さすが、魔法騎士団、団長ね」
「少し心配でしたが、これなら問題なさそうでありますよ」
ノドカの言う通り、プレシアの心配は必要なさそうだ。
むしろ、敵の心配が必要かもしれない。
やりすぎないといいのだけど……
「俺達は、俺達のやるべきことをやろう」
「ええ、そうね」
「とはいえ、今のところ、人質は見つかっていないでござるよ」
「ふむ」
それなりの範囲を探索したのだけど、ノドカの言う通り、人質の姿はない。
たまにゴゴールの手下と遭遇するだけだ。
もちろん、手下は気絶させて、縛り上げておいた。
「人質はいないんじゃないかしら?」
「まだ、そう断定するのは危険だな。全てとは言わなくても、せめて、八割くらいの探索はしておきたい」
「そうでありますな。人命がかかっている以上、妥協はできないでござる」
「んー……師匠って、人質の声とか息遣いとか、聞こえたりしないの? ほら。百メートル先に落ちた小石の音を聞き分けるような感じで」
「できないことはないが……」
「「できるの!?」」
自分で言い出したことなのに、アルティナと、ついでにノドカが驚いていた。
「ただ、この状況だと、さすがに難しいな」
轟音と振動が断続的に続いている中では、音を聞き分けることは無理だ。
「では、拙者に任せてもらえませぬか?」
「なにか案が?」
「こう見えて、拙者、鼻が利くのでありますよ!」
「鼻……?」
なんのことだろう?
不思議に思っていると、ノドカは、鼻をすんすんと鳴らした。
まさか、鼻が利くというのは、そういう意味なのか……?
「んー……こちらから人の匂いらしきものがするのであります!」
「……どうする、師匠?」
「……ついていってみよう」
信じていいのか、怪しい状況ではあるものの……
他に手がかりもないため、ノドカについていくことにした。
そして……
「ガイ師匠、アルティナ殿。ここでありますよ!」
「……本当に見つけたわね」
「……すごいな」
しばらく歩いたところで、牢を発見した。
中に子供達が囚われている。
「どうですか? どうですか? 拙者、役に立ちましたか?」
ノドカは、キラキラとした表情で尋ねてきた。
その姿は、ご褒美をおねだりするわんこそのもので……
ついつい、彼女の頭をなでなでしてしまうのだった。
「はふぅ♪」
幸せそうな顔をするノドカ。
そんな彼女の後ろに、ないはずの尻尾がぶんぶんと横に振られているのが見えた……ような気がした。
「すぐに助けよう」
「みんな、安心して。あたし達は、みんなを助けに来たの」
救助がやってきたと知り、牢の中の子供達は笑顔になる。
ただ、アルティナは厳しい表情を崩さない。
「師匠、近くに鍵はないかしら?」
「鍵は……見当たらないな」
「ノドカ。今したみたいに、鍵を鼻で探せない?」
「さすがに、無理でありますよ……元々、鍵の匂いを知っていたのなら話は別ですが」
「できるんだ……って、今はどうでもいいわ。それより、どうしましょう……?」
「なにか問題が?」
「この鍵、普通のものじゃないわ。魔力が込められている、魔力錠よ」
確か……
魔力を流すことで、強度が何倍にも増した鍵のことだよな?
ドラゴンの鱗に匹敵するほど硬く、また、専用の鍵がなければ解錠は不可能と聞いている。
「どうしよう……早く助けないといけないのに、鍵がないと……」
「拙者、ピッキングを試してみるのでありますよ!」
「あっ、ちょっと待ちなさい。下手をして壊して、鍵穴を塞いだりしたら……」
バキッ。
「……てへ♪」
「あんたっていう子は!?」
「ひぃんっ!? 申しわけないでござる、申しわけないでござる! 拙者、かくなる上は、腹を切って詫びを……」
「いらないわよ! それよりも、なんとかする方法を考えなさい!」
「ふむ」
なぜ、二人は慌てているのだろう?
「別に、普通に鍵を使って開ける必要はないだろう? 斬ればいい」
「……あのね、師匠。そんなことができるなら、とっくにそうしているわ。いくら師匠でも、魔力錠を斬ることは無理よ。とびきり硬いだけじゃなくて、魔力的な防御も施されているんだから。鍵を壊すことができるとしたら、一流の魔法使いだけよ」
「なに。やってみなければわからない」
俺は剣を抜いて、牢の中にいる子供達に声をかける。
「今から鍵を壊す。危ないかもしれないから、後ろに下がっていてくれるかい?」
子供達は素直に下がってくれた。
「さて……やるか」
「師匠ってば、無理なのに……」
「しかし、アルティナ殿。あのガイ師匠でありますよ? もしかしたら、魔力錠も斬ってしまうのでは?」
「まさか。師匠がすごいのは知っているけど、でも、いくらなんでも無理よ。魔法っていう、剣とはまったく異なる力が使われているの。それに対処することができるのは、同じ魔法使いだけ。畑がまったく違うから、あたし達、剣士にはどうすることもできないわ。もしもそんなことができたとしたら、そうね……賭けてもいいわ。絶対に無理だ、って……」
キィンッ。
「よし、斬れた」
「なんで!?!?!?」
喜ばしいことのはずなのに、アルティナはすごく驚いていた。
「なんで斬れるのよ!? 魔力錠なのよ、魔力錠! 魔力は、物理で斬ることはできないの! 干渉することもできないの! それなのに、なんで……」
「気があるだろう?」
「……あ……」
それを忘れていた、という感じで、アルティナは間の抜けた声をこぼす。
「剣は物理だ。形がない魔力に干渉することは難しい。ただ、気は形がない。そして、剣士なら、大なり小なり気を扱うことができるはずだ。それで魔力錠に干渉して、斬る……簡単な理屈だろう?」
「そりゃ、まあ、理屈で言えばそうなるけど……だからといって、守ることを目的に、がっちがちに固められた魔力を斬れるほどの気を練るなんて、どこの化け物よ……? そんな気を練ろうとしたら、達人の剣士が十人いても足りないわよ」
「むぅー……結論としては、ガイ師匠は化け物ということですな!」
「違うわ。化け物じゃなくて、なんかもう、おかしい人よ」
「ですな!」
最近、弟子の口が悪い……
俺は、教育を間違えたのだろうか……?
 




