9話 井の中の蛙
「……え?」
女性が呆けた様子で、ぽつりと声をこぼす。
「今、なにを……気がついたら、ケルベロスが真っ二つに……うそ、なにも見えなかった……」
「これでよし。大丈夫かい?」
「あなたは、いったい……」
「?」
手を差し出すと、畏怖に似た視線を向けられてしまう。
はて?
なぜ、俺はそんな目で見られているだろう?
「怪我は? ポーションならすぐに作れるけど、飲むかい?」
「……あっ」
ややあって、女性は我に返る。
「う、ううん、大丈夫よ。これくらい、大したことないから」
女性は立ち上がり、弾かれた剣を拾い、鞘に収めた。
もう一本の折れた方も鞘に戻す。
「えっと……助けてくれてありがとう。あなたがいなかったら、あたし、今頃、ケルベロスの腹の中よ」
「そんなことは……ああ、そっか。というか、俺が余計なことをしたのかもしれないな」
「どういう意味よ?」
「キミが先に戦い、ヤツの体力を大きく削っていた。だから、俺の剣が通じた。そんなところじゃないかな? 手柄を奪うようなことをして申しわけない」
「そんなわけないでしょ!? ケルベロスは、まだまだ元気いっぱいだったわよ!」
「なら、集中力が途切れていたのかもしれないな。キミのおかげだ」
「最後、ものすごく集中していたように見えたけど……その上で、あなたがあっさりとその上を行って、ぶった切ったように見えたけど……」
「はっはっは、キミは面白い冗談を言うなあ。俺のようなおっさんが、まともにやってケルベロスに勝てるわけがないだろう?」
「あんたの存在が冗談よ」
なぜだ……?
「って……ごめん。助けてもらっておいて、自己紹介もまだだったわね。あたしは、アルティナよ。アルティナ・ハウレーン」
「俺は、ガイ・グルヴェイグだ」
「あたしは冒険者なんだけど、ガイも冒険者なのよね?」
「一応ね」
「そっか。やっぱり冒険者仲間だったのね。とはいえ、あたしのことを知らないみたいだし……うーん、まだまだ修行不足ね」
「え。もしかして、ハウレーンさんは有名な方なのかい?」
「アルティナでいいわよ。あたし、これでもAランクで、『剣聖』の称号を授かっているの」
「へぇ! そいつはすごいな」
剣を極めた者だけに贈られる称号が『剣聖』だ。
その称号を持つ者は、国に一人いるかいないか。
剣の頂点に立つ者だけが得ることができる、まさに選ばれたものの証。
「すごいって言ってくれるけど、ちょっと自信をなくしちゃうわ……」
「どうしてだい?」
「今まさに失態を見せて、助けてもらったばかりじゃない。まだまだ未熟、ってことを痛感したの」
アルティナはため息をこぼす。
ただ、今のは軽い愚痴だったみたいだ。
すぐに元気を取り戻した様子で、こちらに視線を戻す。
「ところで、あなたはどんな称号を授かっているの? 二つ名は? さぞかし名のある冒険者と見たけど……うーん、ガイ? この辺りでは聞いたことないかも」
「それはそうだろう。俺は、冒険者になったばかりの初心者だからな」
「はぁ!?」
なぜ、そこで驚くのだろう?
「初心者って、ウソでしょう!?」
「いや、本当だよ。ほら」
冒険者証明証を見せた。
「ランクは……Gランク……登録日は……昨日……」
アルティナは愕然とした表情になって。
ぱくぱくと口を開け閉めして。
それから、がくりとうなだれた。
「新人に負ける剣聖って、いったい……もうやだぁ。あたし、田舎に帰るぅ……」
「ど、どうしたんだ、いきなり!?」
「気にしないで……あたしはピエロ。調子に乗りすぎていた、滑稽すぎるピエロ……そのことに気づいただけよ……は、あははは。いや、カエルかも。井の中のカエル……げこぉ」
壊れた?
「えっと……よくわからないが、間違いがあったのだとしても、やり直すことはできるんじゃないか?」
「それは……」
「俺を見てくれ。俺は、見ての通りおっさんだ。でも、冒険者になることができた。人生、いくらでもやり直しは利くんだよ。だから、諦めないでほしい。前を見て欲しい。きっと、その先に輝かしい未来が見えてくるはずだから」
「……」
アルティナはじっとこちらを見た。
「……どうして、そんなに優しくしてくれるの?」
「当たり前のことを言っているだけさ」
「……当たり前……」
なにやらショックを受けたような顔に。
「……ただ、剣の腕がすごいだけじゃない。心の力……器の大きさがとんでもないわ。それに比べてあたしは……ダメね、負けて当然よ。でも、この人なら……」
「えっと……?」
「ねえ!」
アルティナは、ぐいっと詰め寄ってきた。
とても真剣な顔をして、ついついその迫力に飲まれてしまう。
「お願いがあるの!」
「な、なんだい?」
「あたしを弟子にして!!!」
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