88話 一難去ってまた一難
刃が走り、エルダートレントが大事そうに抱える繭を切り離した。
ガイは細かい確認を省いて、すぐに走る。
繭が壊れて、女の子が宙に放り出された。
ガイは地面を蹴り、両手を伸ばす。
そして……
「よし!」
しっかりと子供をキャッチすることに成功した。
そのまま怪我がないか確認をするものの、やや衰弱しているが、それ以外は問題ないことが判明する。
「この子は無事だ!」
騎士達が湧いた。
一方で、プレシアは唖然としていた。
あの子供は、確かにエルダートレントに完全に取り込まれていた。
一体化していた。
魔物の一部となっていたため、助けることは不可能だ。
いや。
正確に言うのならば、助ける方法はある。
一流の治癒士を十人くらい集めて、十時間を越える大手術を行えば、あるいは、10パーセントくらいの確率で助けられるかもしれない。
それほどまでに、破格の精密さが求められるのだ。
それなのに……
ガイは、剣を振るだけで子供を助けてしまった。
色々な工程をすっ飛ばして、一体化したはずの子供と魔物を切り離してみせた。
神業という言葉でも生ぬるい。
「なんという……」
プレシアは、ゾクリと背中が震えるのを感じた。
強いだろうと思っていた。
だがしかし、これほどだったなんて……
「ふっ……くく。これは、これは……ますます欲しくなってしまうではないか」
――――――――――
その後、エルダートレントのような想定外の魔物が出現することはなくて、無事、掃討が完了した。
まだ陽は高い。
急いで戻れば、夜の遅い時間にはエストランテに帰ることができるだろう。
ただ、保護した子供のことを考えると、それは得策ではない。
子供の様子を見るためにも、一晩、ここで野営をして過ごすことに。
「ねえ、師匠」
テントなどの設営が終わり……
火を熾していると、アルティナとノドカがこちらを見た。
「あの子、いったいどうやって助けたの?」
「プレシア殿が言う通り、確かに、魔物と一体化していたのでありますよ? それなのに、どのようにして助けることができたのか……」
「ああ……なに、大したことはしていないさ」
一体化しているといっても、魔物の触手が絡んでいただけだ。
フルーツジュースのように、異なる果汁が混ざりあっていたわけじゃない。
やや複雑ではあるものの……
絡みついた魔物の触手を斬ればいい。
パズルのようなものだ。
「簡単だろう?」
「ノドカ、治癒院の予約をしておいてくれる? 師匠の頭を見てもらいましょう」
「そうでありますね。このような無茶苦茶を簡単と言うなんて、おかしいでありますよ」
「うむ、おかしいな」
「プレシア!?」
いつから話を聞いていたのか、プレシアの姿があった。
「すまぬな。興味深い話をしていたので、こっそり聞かせてもらったのじゃが……まさか、妾が予想していた通り、超一流の手術を一瞬で終わらせていたとは。いやはや……お主は、妾が思っていた以上の逸材じゃな」
「プレシア殿は、ガイ師匠のやっていたことが見えたのですか?」
「まさか。妾は魔法専門じゃ。剣は知らん。ただ、他に推測のしようがないから、手術のようなことを成し遂げて分離させた、と推測したまでじゃ」
「なるほど」
どこからか持ってきた椅子に座り、プレシアも焚き火を囲む。
「お主らには、報告をしておいた方がいいと思ってな」
「あの子は大丈夫なんですか?」
「うむ、問題ない。妾の魔法騎士団には、治癒士とまではいかないが、良い腕を持つものがいるからのう。しっかりと見てもらっているから、明日には、動けるくらいには回復するじゃろう」
「よかった……」
ほっと、安堵の吐息をこぼした。
俺の剣で誰かを助けることができた。
その事実が嬉しくて……
また、自信に繋がっていく。
「ただ、ちと厄介なことになっていてのう」
「どういうことですか?
「子供の身元じゃ」
プレシア曰く……
子供の治療を行うと同時に、身元の確認も進めたらしい。
その結果、数日前から行方不明になっていた子供ということが判明した。
その子は、いつものように友達と一緒に外に遊びに出て……
そのまま、神隠しに遭ったかのように、友達と一緒に消えた。
騎士団、及び冒険者が捜索したものの、発見には至らず。
捜索は困難を極めていたのだけど……
今日、魔物に取り込まれているという形で発見された。
「子供が街の外に出てエルダートレントに取り込まれた、という可能性はあるじゃろう。しかし、他の魔物に襲われることなく、都合よくエルダートレントに取り込まれてしまう……そのような可能性はとても低い」
「……これは、人為的な事件だと?」
「うむ、察しがよいな。公にはできぬことではあるが、妾はそう考えている」
「そんな……! あんな子供を巻き込むなんて」
「許せないでありますな……!」
まだ、プレシアの推測でしかない。
しかし、それが本当のことだとしたら……
絶対に放置してはいけない。
俺の剣は、こういう時のためにあるはずだ。
だからこそ、絶対に事件を解決してみせると誓った。




