87話 大人だからこそ
「ガァアアアアアッ!!!」
地面を割り、巨大な木が生えていた。
いや。
それは普通の木ではなくて、魔物だ。
根を足のように、枝を手のように使う。
幹の中央辺りに巨大な目が一つ、生えていた。
木に擬態する魔物だ。
「嘘っ!? エルダートレント……!?」
「カテゴリーAの魔物でありますね……くっ、なんというプレッシャー。相対しているだけで、汗が出てくるのでありますよ」
アルティナとノドカは驚きつつも、駆けつけてきてくれて、それぞれ剣を抜いた。
やや遅れて、プレシアもやってくる。
「バカな!? エルダートレントじゃと!? これほどの魔物が隠れているのを、妾が見抜けなかったというのか!? いや……待てよ? これは……」
プレシアは、エルダートレントを鋭く睨む。
その視線の先……
幹の上の上……ヤツの頭部に位置する部分に、淡い輝きが見えた。
目を凝らしてみると、うっすらと輝く繭のようなものがある。
その奥に隠されているものは……
「子供……?」
繭の中に子供がいた。
糸で絡め取られている。
意識はない様子だけど、死んでいるわけではないらしく、呼吸をしているのが見えた。
「えっ、この距離で呼吸をしているかどうかまで判別できるの……?」
「ガイ師匠は、視力も化け物でありますな……」
最近は、ノドカまで辛辣だ。
俺のところにやってくる弟子は、似た者同士が多いのだろうか……?
「しかし、どうしてあんなところに子供が……」
「……おそらく、エルダートレントの肥料にされたのじゃろうな」
「肥料?」
「エルダートレントは、人間を肥料として喰らうのじゃ。獣のように噛み砕くのではなくて、あのように繭で捕らえて、スライムのようにゆっくりと溶かして捕食する……ちっ、胸糞悪い魔物じゃ」
「なんてことだ……」
だとしたら、急いであの子供を助けないといけない。
「やめておけ」
前に出ようとしたら、プレシアに止められた。
「もう……手遅れじゃ」
「え?」
「エルダートレントに捕まったものは、あのように繭に捕らえられて……そして、一体化してしまうのじゃ。つまり、あの子供はすでに魔物の一部と化しておる」
「そんな……」
「助ける方法は……ない」
プレシアは悲痛な表情を浮かべて……
しかし、すぐに鋭いものに切り替えた。
「こうなってしまっては、もはや手遅れじゃ。妾達にできることは、これ以上苦しませないように、安らかに眠らせてやること」
「待ってください! そんなことは……」
「これが最善なのじゃ」
反論は許さない。
そんな感じで、プレシアは強く言い切る。
彼女は魔法騎士団の団長だ。
様々な魔物に詳しいだろうし、エルダートレントと戦うのもこれが初めてではないのだろう。
そんなプレシアが言うのだから、最善は最善なのだろう。
他に手はないのだろう。
……しかし。
「俺は、やっぱり認められません」
「お主……!」
プレシアが鋭く睨みつけてきた。
「いつまでも甘えたことを抜かすでない、現実を見よ! 妾とて子供を助けたいが、しかし、もう手遅れなのじゃ! どうしようもない!」
「どうしようもないと、そう諦めてしまうのならば……その前に、俺は、俺にできる最大限のことをしたい。なにもしないで諦めてしまったら、一生、後悔するでしょう」
「……お主……」
「そして、なによりも」
俺は、強く剣を握る。
「子供を守ることこそが、大人の役目だ!」
「……っ……」
「俺は、大人としての責務を果たします!」
プレシアの横を抜いて、エルダートレントに駆ける。
すると、そんな俺に続く二つの影。
アルティナとノドカだ。
「まったく……師匠ってば、こんな感じで、たまにものすごく頑固になるんだから」
「ですが、拙者、この方がいいと思うのでありますよ! 故に、拙者の剣、ガイ師匠に預けるのであります!」
「あたしも、一緒にやるわ!」
「……ありがとう」
最高の弟子を持つことができて、俺は幸せものだ。
「俺が子供を助ける。ただ、少し集中したいから……」
「その間、あたし達が適度にエルダートレントの相手をすればいいのね?」
「拙者、たぎってきたのでありますよー!」
二人はすぐに俺の望むことを察してくれて、前に出た。
それぞれ剣を抜いて、エルダートレントに斬りかかる。
「ルァアアアアアァァァッ!!!」
エルダートレントは怒りに吠えた。
木の枝を鞭のように振り回して、アルティナとノドカを撃退しようとする。
しかし、それが当たることはない。
四方八方から複数の攻撃が迫るというのに、二人は一撃ももらうことはない。
背中に目がついているかのように、背後からの攻撃も華麗に回避してみせた。
そして、アルティナは踊るかのような華麗な剣を見せて。
ノドカは、全てを断つような力強い剣を振るう。
さすがだ。
アルティナとノドカは、エルダートレントを圧倒していた。
日頃の稽古が活きているのもあるだろうが……
それ以上に、連携が良い。
互いの死角をカバーして、また、攻撃をする時はぴたりと息の合う姿を見せてくれる。
良いコンビになるかもしれないな。
「よし」
アルティナとノドカががんばってくれている。
なら、師匠である俺は、もっとがんばらないといけないな。
「……」
エルダートレントをまっすぐに見る。
そして、アイスコフィンを低く構えた。
プレシアは言った。
子供は、すでに魔物と一体化している……と。
そのような状態で子供を無理矢理切り離したら、害が及んでしまう。
ならば。
「一体化している部分も含めて、魔物との関わり……全てを断つ」
思い出せ。
俺の剣は、なんのためにある?
おじいちゃんは、なんて言っていた?
力を得るため?
強敵を倒すため?
違う。
誰かを助けるために……笑顔にするために、俺の剣はある。
「故に、俺は剣を振るう!」
気を研ぎ澄ませて。
最大限に集中して。
そして、狙いを定めて剣を振り抜いた。




