84話 最初の指導
そして、最初の指南の日がやってきた。
先日、決闘を行った訓練場に集合する。
監督役として、プレシアが。
それと、サポートととしてアルティナとノドカもやってきていた。
「えー……改めまして、ガイ・グルヴェイグです。今日からしばらくの間、みなさんの指南役を務めさせていただきます。よろしくお願いします」
「「「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」」」
とても元気な返事が返ってきた。
剣士なんかに教わることはない、と言われたらどうしようかと思っていたが……
先日の決闘のおかげで、そんな展開はないようだ。
俺と決闘を行ったハインリヒも、なにやら目をキラキラと輝かせて、稽古を待ちわびているようだった。
「では、まずはみなさんの実力を見せてください。俺が相手をするので、一人ずつ、5分くらい簡単に戦いましょう」
「え? 師匠、それって……」
「少し危ないのでは……?」
アルティナとノドカが心配そうな顔に。
「うん? 木剣を使うし、魔法は禁止。防具もつけるから、大して問題はないと思うぞ」
「いや、そうじゃなくて……」
「私が一番手でよろしいでしょうか?」
ハインリヒが名乗りをあげた。
「はい、どうぞ」
「あーもうっ……話が終わってないのに。師匠ってば、絶対に後悔することになるわよ」
「拙者、いざという時に備えて、色々と準備しておきます!」
心配性な二人を置いて、俺は、さっそく稽古を始めた。
――――――――――
「ふっ!」
隙を見逃すことなく、相手の木剣を払い上げた。
木剣が宙を舞い……ややあって地面に落ちて、カランカランと音を立てる。
それと同時に、俺と試合をしていた騎士も地面に座り込んでしまう。
手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……すみません。あっ……」
騎士は立ち上がろうとするものの、力が入らないらしく、すぐに座り込んでしまう。
「す、すみません……」
「いえ、気にしないでください。それよりも、今の試合でわかったことですが……」
一つ一つ、なるべく丁寧になるような説明をこころがけて、問題点を指摘する。
騎士は疲労を顔ににじませていたが、それでも、しっかりと説明を聞いて、時折、質問を返してくれた。
よかった。
こうして質問を返してくれるということは、俺の説明をちゃんと理解できているのだろう。
教えることに大して、やや不安はあったものの、今のところ、なんとかなっているようだ。
「さてと……これで、全員、相手をしたかな?」
訓練場をぐるりと見回すと、疲労困憊といった様子の騎士達で埋め尽くされていた。
ハインリヒはかろうじて立っているものの、まだ息が荒く、呼吸を整えられていない。
「こ、これはまた……」
なぜか、プレシアが顔をひきつらせていた。
アルティナとノドカも似たような反応だ。
「ふむ……では、休憩にしましょうか」
「「「ほっ……」」」
「30分後、もう一度、試合をしましょう」
「「「ひぃっ……!?」」」
なぜ悲鳴……?
「師匠、師匠」
「うん?」
「たった5分の試合だけど、それでも、徹底的に完膚なきまでに、おまけに体力が底を切るまで叩きのめされたら、そりゃ恐怖を抱くわよ……」
「というか、それだけのことをしつつ、ここにいる全員を相手にして息切れ一つしていないガイ師匠は、いったい、何者でありますか……?」
何者と不思議に思われても……
「ただの、どこにでもいるような剣士だよ」
「やめて。師匠のその発言は、全ての剣士のハードルをものすごく上げるものだから、やめて」
「ガイ師匠がどこにでもいたら、拙者、秒で自信をなくして故郷に帰っていたと思うのでありますよ……」
最近、アルティナだけじゃなくてノドカも酷い。
「それで、また試合を……」
「待て待て待て! お主は、妾の騎士団を潰すつもりか!?」
プレシアが慌てた様子で言う。
なぜ、そんなに慌てているのだろう?
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味じゃ! 確かに鍛えてくれとは言うたが、潰してくれとは頼んでないぞ!? 死屍累々といった有り様なのに、これ以上、無茶な稽古を重ねたら潰れてしまうわい!」
「むぅ……しかし、人間、追いつめられてからこそが本領を発揮できると、そう、おじいちゃんに叩き込まれたのですが」
「……師匠のおじいさんって、けっこうスパルタなのね」
「ガクガクガクブルブルブル」
ノドカが震えていた。
おじいちゃんとの稽古を思い出したのだろうか?
気持ちはよくわかる。
俺も、たまに死を覚悟した時があったからな。
でも、あれも今ではいい思い出だ。
「ガイ師匠のそれは、思い出を美化しているだけでは……?」
ノドカは、ハイライトの消えた目をしていた。
解せぬ。
「まったく、ここまで無茶をするヤツだったとはな」
「無茶をしたつもりはないんですが……」
「これを本気で言うておるから、また質が悪いというか……やれやれなのじゃ」
深いため息。
「ちと、加減というものを覚えてくれ。お主の『普通』は、他者にとっては『過酷』なのじゃ」
「そうですか……」
そこまで言われてしまうと、さすがに考えざるをえない。
俺が行ってきた稽古は、ちょっとおかしかったのだろう。
「「「ちょっと、じゃない」」」
アルティナとノドカを含めて、三人に突っ込まれてしまう。
むぅ。
「えっと……では、個々の簡単な癖などは指摘したので、その克服、改善は次までの宿題にしつつ、今日は基礎体力を向上させることを目的にしましょうか」
「うむ。それならよいじゃろう」
「では、休憩が終わったら、街の周りを十周しましょうか。ランニングは基礎ですからね。魔物に見つかっても、倒すのではなくて逃げるように。そうすれば、さらにトレーニング効果が……」
「よくないわ!」
なぜか、全力でプレシアに否定されてしまうのだった。




