82話 剣と魔法
木剣を構えると、男の表情が一気に変わる。
直前までへらへらしていたというのに……
そんなものはなかったというかのように表情が引き締まる。
その眼差しは剣のように鋭い。
放たれる闘気は静かで……それでいて深く圧倒的。
「な、なんだ……?」
ただのおっさんのはずなのに、この威圧感は、いったい……?
おかしい。
男が一回りも二回りも大きく見える。
まるで、ドラゴンを相手にしているかのような……いや。
それ以上の圧倒的なプレッシャーだ。
「始め!」
「……っ……」
審判の合図で我に返った。
私は慌てて身構えて、男の出方を窺う。
「……」
男は静かな表情で、その場にどっしりと構えていた。
なんだ、これは……?
こんなことは、いったい……
「……隙がない」
一見すると、男の構えは凡庸なものだ。
素人がするようなもので、なんてことはないと一笑してしまうようなもの。
それなのに……
まるで隙がない。
下手に攻撃を仕掛けようものなら、その瞬間、痛烈なカウンターを喰らい、一瞬で負けてしまうという最悪の未来が想像できた。
「この男……なるほど、おもしろいですね」
ただの愚か者ではないようだ。
よくよく考えれば、あの団長に近づくことができたのだ。
口だけではなくて、それなりの実力者なのだろう。
へらへらとしていたのは、本来の力を隠してこちらを油断させるため……そう考えれば納得だ。
「危うく騙されるところでしたが、そのような小細工、私には通用しません。全力でお相手しましょう……ロード・オブ・インフェルノ!」
火属性の上位魔法を放つ。
上位魔法を扱える者は、魔法騎士団でも数えるほどだ。
それほどまでに習得が難しく、コントロールも厳しい。
その上で、私はアレンジを加えていた。
威力を減衰させる代わりに、範囲を広くする。
炎の竜巻で広範囲を薙ぎ払うことができるため、戦場では役に立つ。
このような魔法が直撃したら、まず間違いなく死んでしまうのだが……
決闘を任された際、団長から一言。
「全力でやるがよい」
ならば遠慮はいらない。
相手が姑息な者だとしても、驕ることなく慢心することなく、全力で叩き潰そう。
それが強者の務めだ。
「さあ、防げるものなら防いでみせるがいい!」
「そうさせてもらうよ」
一瞬、おっさんの目が獣のように鋭くなった。
そして、木剣を振る。
……振る?
体勢はまったく変わっていないのだけど、振ったのだろうか?
攻撃をした気配は感じたのだけど……
「なっ!?」
不思議に思っていると、さらに不思議なことが起きた。
炎の竜巻が半ばから断たれ、二つに分離する。
そのまま勢いが失われて、空気に溶けるかのように消えてしまう。
「私の魔法が……かきけされた? しかも、木剣で……?」
ありえない。
ありえない。
ありえない。
よほどの剣の達人なら……それこそ剣聖なら、魔法を『斬る』ということは可能だ。
ただそれは、初級魔法に限った話だ。
上級魔法を斬るなんてことは……
しかも、どこにでもあるような木剣で斬るなんて話、聞いたことがない。
剣聖でも絶対に成し遂げられない偉業だ。
もしかしたら……
私は今、伝説の誕生を目撃しているのかもしれない。
「さて」
「っ!?」
おっさんがつぶやいて、反射的に体がびくりと震えた。
彼は今、穏やかな表情をしている。
さきほどまでの鋭い気配も消えていた。
威圧感もない。
ただ……
それは表面上のもの。
その気になれば、いつでも変貌することができる。
普段は穏やかな獣も、狩りになると荒ぶるのと同じだ。
「次は俺の攻撃……ということでいいのかな?」
……このおっさんの攻撃?
私の全力を、あっさりと切り捨ててみせた、そんなおっさんの攻撃?
嫌だ。
絶対に受けたくない!
「こ、降参します!」
私は慌てて両手をあげて、ついでに膝をついた。
「え?」
「あなたは、すさまじい……というか、訳のわからない強さを誇る剣士だ。私が敵う相手ではなかったようですね……今までの無礼を謝罪いたします。なので、どうか、ここで終わりにしていただけませんか……?」
私は、なりふり構わず試合終了を求めた。
情けない?
そのようなことを言える者は、彼の前に立ってみるといい。
彼と戦うくらいならば、裸でSランクの魔物と戦った方が遥かにマシだ。




