81話 若きエース
さらに1週間後。
俺達は、エストランテ騎士団支部の訓練場に足を運んでいた。
訓練場の観客席は、魔法騎士団の騎士で埋め尽くされていた。
その中に、アルティナとノドカ……そして、プレシアの姿がある。
「師匠っ、がんばって! 負けたら承知しないわよ!」
「拙者、どこまでも応援しているのでありますよ!」
応援してくれる二人に手を振り……
それから、はは、と乾いた笑みをこぼす。
どうしてこうなった?
あれから、プレシアの勢いに押されてしまい、あれよあれよと話は進んで……
本当に、魔法騎士団の団員と決闘をすることになってしまった。
無茶だ。
ありえない。
齢40のおっさんが、エリート部隊である魔法騎士団の団員と……
しかも、そのエースと決闘をするなんて。
絶対に負ける。
勝つ自信なんてない。
「とはいえ……ふぅ。ここまできたら、やるしかないか」
ネガティブになっていても仕方ない。
どうせなら、魔法使いとの戦いを楽しむ……くらいの開き直る気持ちでいよう。
「あなたが、団長が言っていた冒険者ですか」
対峙するのは、魔法騎士団の若きエース……ハインリヒ・ステッフェンフェルド。
ツンツンした赤い髪と眼鏡が特徴的な、20くらいの若い男性だ。
「団長がどうしても、というから決闘を受けることにしましたが……ふん。どこにでもいるような、ただのおっさんではありませんか」
「はは……すまないね。わざわざ、こんなことに付き合わせてしまって」
「まったくですよ。どのように団長に取り入ったかわかりませんが、そのような愚かな真似は私には通用しませんよ? 指南役の立場に納まり、大金を得ようと画策したのでしょうが……この私、ハインリヒ・ステッフェンフェルドがいる限り、そのような愚かな企みは潰してさしあげましょう!」
うん。
彼は、ものすごいやる気だ。
それと、ものすごい勘違いをしていた。
なぜだ?
「てへっ♪」
観客席を見ると、偶然、目の合ったプレシアがニヤリと笑う。
なるほど、彼女の仕業か。
ハインリヒに決闘を受けさせるために、小芝居の一つや二つ、打ったのだろう。
彼は、それに見事に釣り上げられて、これほどのやる気を見せることに。
……正直、頭が痛い。
「さあ、構えなさい。そして、一分一秒でも早くこの茶番を終わらせてさしあげましょう」
「あー……うん。よろしく頼むよ」
色々と困惑が続いているものの……
なんだかんだで、俺自身が決闘を承諾したのだ。
ならば、全力で挑もう。
それが相手に対する礼儀であり、そして、俺自身に対する掟のようなものでもある。
「……では」
一つ深呼吸。
それから、俺は木剣をゆっくりと構えた。
――――――――――
自分で言うのもなんだが、私は魔法騎士団のエースだ。
家が貴族ということは関係なく、実力でエースの座を勝ち取った。
他の団員だけではなくて、団長からもそれなりの信頼を得ていると思っている。
それなのに……
今日、与えられた任務は、どこの誰ともしれないおっさんとの決闘。
大変失礼ではあるのだけど、決闘をする価値なんてまるで感じられない。
見ろ。
この、どこにでもあるような凡庸な構えを。
剣に詳しくない私でさえ、この男の構えに突出したものがないことを感じられる。
そもそも……
剣士が魔法使いに勝つことは不可能だ。
魔法は、遠距離だけではなくて近距離戦にも対応できる。
魔力で構成された剣を作り出して、障壁を作り出すことが可能だ。
そして、一撃必殺と言っても問題のない、強大な力が込められた攻撃……ただの剣士に勝利の可能性はない。
そして私は、魔法騎士団のエースだ。
魔法の扱いに長けているだけではなくて、戦闘経験も豊富。
このような、どこの誰ともしれないおっさんに負ける道理はない。
なによりも……
このおっさんは、団長にうまいこと言い寄り、よからぬことを考えている。
許せるわけがない。
悪とまでは言わないが、愚かであることは間違いない。
なればこそ、エースである私が正してくれようではないか。
他の団員もいて、皆の見世物のようになっているのが気になるものの……
まあ、それもいい。
大勢の前で恥をかかせてやれば、二度と愚かなことを考えないだろう。
この男は冒険者らしいから、そのようなことになれば、以後、依頼を請けられなくなるかもしれないが……
それは自業自得というもの。
愚かな野心を抱いた報いだ。
「さあ、構えなさい。そして、一分一秒でも早くこの茶番を終わらせてさしあげましょう」
「あー……うん。よろしく頼むよ」
男は、へらへらとした様子で頷いた。
自分よりも一回りしたの若造にここまで言われて、このような顔をしていられるなんて……
なんて情けない男なのだろう。
それとも、私にも媚を売るつもりだろうか?
団長にしたように、いいように言い含めるつもりなのだろうか?
だとしたら甘い。
私は、一切の遠慮なく、瞬時に叩きのめしてみせようではないか。
それこそが私のやるべきことであり、私の正義だ。
「……では」
男は改めて木剣を構えた。
その瞬間……
「っ……!?」
ゾクリと背中が震えた。




