8話 本当にケルベロス……?
剣を失った女性にケルベロスの牙が迫る。
女性は剣を失いながらも、まだ諦めていない様子だ。
体術で迎え撃ち、もう一度、武器を取り戻すために剣に視線をやる。
でも……
無茶だ。
剣を失っているだけではなくて、体勢も崩している。
うまく乗り切れたとしても怪我は避けられない。
負傷したらさらに体の動きが鈍くなり、そのまま……
「ダメだ!」
俺は、四十のおっさんだ。
おまけに、冒険者になったばかりの初心者。
普通に考えて、ケルベロスを相手になにもできず、倒されてしまうだろう。
だとしても、このまま見過ごすことはできない。
俺のようなおっさんでも、時間稼ぎをすることはできるかもしれない。
俺にやれることを。
ここで逃げることはしたくない!
そう決意した俺は抜剣して、女性とケルベロスの間に割り込む。
「えっ……!? あ、あなたは……」
女性は驚いて、
「グルルル……!」
ケルベロスは低い唸り声を響かせつつ、動きを止めた。
そのまま足を止めて、こちらを睨みつける。
「ケルベロスが警戒している……? って……そうじゃない! どこの誰か知らないけど、逃げて! 殺されるわよ!?」
「でも、俺が逃げたら、あなたが殺されてしまう」
「えっ」
「だから、逃げない」
剣を構えて、ケルベロスを常に真正面に捉える。
ヤツの一挙一足、その全てを見逃すな。
攻撃のタイミングを計れ。
1秒たりとも気を抜くな。
己に言い聞かせつつ、ケルベロスと対峙すること1分。
「ガァッ!!!」
先にケルベロスが動いた。
後ろ足で大地を蹴り、前足をこちらに叩きつけてくるのだけど……
遅くないか?
ヤツの動きをハッキリと視認することができた。
それだけじゃなくて、攻撃の軌道を読むことができて、簡単に回避できてしまう。
「あぶなっ……え、嘘!? 今の一撃を回避するの!?」
女性は驚いているが……ふむ?
なぜだろう。
俺は、このケルベロスがそこまでの脅威とは思えなかった。
こうして対峙してわかったのだけど、怖くない。
恐怖で体がすくむことがない。
「こいつは……本当にケルベロスなのか?」
「あんた、いきなりなに言っているわけ!?」
「いや、しかし。ケルベロスは災厄と呼ばれているほどの脅威と聞いていたが、しかし、それほどの脅威とはとても思えないのだが」
「ケルベロスがそれほどだったら、他の魔物ぜーんぶどうでもいいってレベルになるわよ!? あんた頭おかしいんじゃない!?」
「……さすがに、その台詞はひどくないか?」
「あんたがおかしなことを言うからでしょ!? っていうか、あたしと話なんかしていないで、ケルベロスに集中しないとやられ……やられていないわね」
女性と話している間も、ケルベロスは猛攻を繰り広げていた。
前足で薙いで、三つの頭で噛みついてきて、巨体を叩きつけてきて……
でも、その全てが軽い。
そして、遅い。
女性と話をしながらでも、片手間に十分対応できる。
「ど、どういうこと……? このあたしでさえ苦戦したケルベロスを赤子扱いするなんて……」
「実際、こいつはケルベロスの赤ちゃんなのではないか?」
「そんなわけないでしょ! それだけの大きさで赤ちゃんだったら、大人になったら大怪獣になっちゃうじゃない!!!」
「なら、ケルベロスに似た、ケルベロスもどき、という魔物の可能性は……」
「ないわよ! そんなの聞いたことないわ! っていうか、そんなどうでもいいことを考えるくらい、あんた、余裕なのはどういうことなのよ!?」
俺も謎だ。
ケルベロスを相手にしているのだから、死を覚悟していたのだけど……
なんとかなっていた。
やはり、こいつはもどきなのではないか?
そうでないと納得できないのだけど……って、いかんいかん。
女性が言うように、余計なことを考えている場合じゃない。
今はまず、この魔物の討伐を第一に考えよう。
「ふっ」
頭部の一つを蹴り、吹き飛ばしてやる。
同時に俺は後ろに跳んで、距離を取る。
「……」
剣を上段に構えた。
高く、高く、高く……
天を突くかのように刃を振り上げる。
全身の力を使い。
ありったけの力を込めて。
「終わりだ」
叩きつけるように剣を振り下ろす。
キィンッ! という甲高い音。
風を、音を、空間を断つ。
そして……
「……」
断末魔の悲鳴をあげることも許されず、ケルベロスは縦に両断された。
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