76話 差はどこまでも大きく
シュロウガの剣は、以前に持っていたものと違う。
刀身は夜の闇を凝縮したかのように黒い。
剣の柄に、赤い宝石がハメこまれていた。
「ふむ……魔剣か」
魔法の力を宿す剣……故に、魔剣。
通常の剣として使えるだけではなくて、使用者に魔法の才能がなかったとしても、それと似た力を使うことができる。
ハイネ兄さんと対峙した時も見たものだ。
彼が持っていた魔剣とは、やや性質が異なるもののようだけど……
それでも、厄介なものに変わりない。
「ノドカを躾けるために……そして、てめぇを倒すために取り寄せたものだ! そこらの凡人じゃあ使いこなすことはできねぇが……」
シュロウガが魔剣を振る。
その軌跡に従い炎が湧き上がり、地面を燃やす。
「俺様なら、この通りだ……へへ」
シュロウガは不敵に笑う。
「そうだ、この俺様が負けるわけがねぇ。ノドカなんかに、女に負けるわけがねぇ! このおっさんも、大したことはないさ! そうだ、俺様こそが最強なんだ!!! キバ・シュロウガ様の真の実力を見せてやるよぉっ!!!」
シュロウガが地面を蹴る。
速い。
その動きは風のようだ。
それでいて無駄が少なく、一瞬で距離を詰めてくる。
「まずはおっさん、てめぇからだっ、死ねやぁ!!!」
鋭い斬撃が繰り出された。
木剣を盾のように構えるものの、バターのように切断されてしまう。
「……さすがに、師匠も木剣で魔剣を防ぐことはできないみたいね」
「……ガイ師匠のピンチでなんでござるが、拙者、ちょっと安心しました」
「あたしも。いやー、師匠も完全無敵っていうわけじゃないのね」
「親しみが湧いてきたであります」
君達、人のピンチを喜ばないでくれるかな?
それはともかく……
俺は、アイスコフィンを抜いて応戦した。
シュロウガの攻撃に合わせて、こちらも剣を振る。
そのまま何度か切り結び……
魔剣の宝石が輝いたところで、後ろに跳んだ。
直後、炎が吹き荒れて、さきほどまで立っていた場所を焼く。
「はははっ、どうだ!? これが俺様の真の実力だ!」
「うん? それは、キミの力ではなくて魔剣の力ではないのか?」
「なっ、がぁ……!?」
シュロウガの表情が歪む。
「出たわ、師匠のド正論パンチ」
「ほんの少しではありますが、シュロウガに同情してしまいます」
「この俺様を舐めているのかぁっ!!!」
激昂しつつ、斬りかかってきた。
さすが、というべきか。
怒りに支配されながらも、剣筋は鈍っていない。
むしろ、速度が増していた。
しっかり見ていないと避けるのが難しいくらいだ。
なので、しっかりと見る。
そして回避に専念した。
避けて。
避けて、避けて、避けて。
避けて避けて避けて避けて避けて……
「な、なんなんだぁっ……て、てめぇは……!?」
10分ほど避け続けていたら、シュロウガが息を切らし始めた。
「一発も当たらねえなんて……っていうか、かすりもしねぇとか……てめぇ、どんな力を使って、いやがる……?」
「なにも使っていないが」
「嘘吐くんじゃねぇ! でなければ、この俺様の攻撃を避け続けられるわけないだろうがっ!?」
「師匠なら避けられるんじゃない? あいつの剣、単純そうだし」
「そうでありますね。身体能力は拙者も認めているのですが、鍛錬を怠けているため、どうにもこうにも剣筋が甘いのですよ」
「っ……!!!?」
シュロウガが真っ赤になった。
見下している、自分より下だと思っている相手にそんなことを言われたら、彼のプライドはそれを許さないだろう。
ただ、それは事実だ。
こうして、シュロウガの剣を避け続けられることこそが証明に他ならない。
「この俺が、この俺様が……おっさんなんかに劣っているわけねぇだろうがぁあああああ!!!」
シュロウガは大上段に魔剣を振りかぶり、渾身の一撃を叩き込んできた。
力で断つ。
ただその一点だけを考えて放たれた斬撃は、彼の切り札なのだろう。
速度は遅い。
精度も甘い。
しかし、それを補って有り余るだけの力がある。
まともに受け止めれば、アイスコフィンといえど折れてしまうかもしれない。
避けようとしても、発生するであろう衝撃波に巻き込まれるかもしれない。
故に、俺はこうした。
「なぁっ!?」
「「えっ……!?」」
アイスコフィンでシュロウガの魔剣を受け止めて……
しかし、その瞬間、すぐに剣を引きつつ斜めに傾ける。
そうしてシュロウガの剣撃を誘導して、力を分散させて、受け流してやる。
「なっ……て、てめぇ、今、なにを……」
「あれだけの剣撃を受け流した……? たぶん、岩も割るような一撃だったはずなのに……力と技術とタイミングと……その他、諸々、全ての要素がピタリと一致しないと、できないはずよ……」
「す、すさまじいのであります……どのような剛剣も受け流してしまう。それが可能となれば、もはや、ガイ師匠に剣で勝つことは不可能では……?」
二人が褒めてくれている。
師匠として、多少はかっこいいところを見せられただろうか?
剣を振り抜いて体勢を崩したシュロウガに刃を突きつける。
「もう終わりにしよう。キミは、俺に勝てない」
「て、てめぇ……おっさんのくせに、この俺様を見下すっていうのか!?」
「見下しているわけじゃない。事実だ。キミは……ノドカが言うように、鍛錬をあまり積んでいないな? 剣士にとって、剣筋というものは己の分身のようなものだ。己の力が如実に現れる。そしてキミの剣は……まだまだ荒い」
「ぐぅっ……!!!?」
シュロウガは奥歯を噛み締めて。
顔を赤くして。
しかし、敗北は認めない。
「黙れ黙れ黙れぇぇぇえええええっ!!! この俺様が最強なんだ! おっさんやノドカのような女に負けるわけがねぇ! 負けねぇ! シネェエエエエエッ!!!」
シュロウガが吠えると同時に、彼の魔剣から炎が吹き上がる。
それは灼熱の竜巻となり、天を貫くほどに巨大化した。
「なんていう力だ……」
……惜しいな。
これほどのこと、誰でもできるわけがない。
魔剣を持っていたとしても、一部の限られた者にしかできないはずだ。
シュロウガは才能がある。
だが、なまじ才能があるせいで努力を怠るようになり、そして、周囲を見下すようになってしまった。
……もしかしたら、俺は、彼のようになっていたのかもしれない。
おじいちゃんに剣を教わることがなかったら、己の境遇を嘆いて、ふてくされて、愚かなことをしていたのかもしれない。
そう考えると、シュロウガは、道を踏み外した可能性の俺に見えた。
……だからこそ、放っておけない。
ここで終わらせないといけない。
「来い。キミの剣を受け止めることが、俺にできる唯一のことだ」
「調子に乗ってるなぁっ! 俺を見下ろすな、上から見るな! 俺は、俺はっ……俺こそが全てを支配する側にいるんだよぉおおおおおっ!!!!!」
シュロウガが魔剣を振り下ろした。
同時に巨大な炎の竜巻も落ちてくる。
「……」
俺は目を閉じた。
焦るな。
落ち着け。
呼吸を整えろ。
日頃の鍛錬の成果を見せる時だ。
やれる。
俺ならやれる。
おじいちゃんから教わった剣で……
アルティナとノドカが褒めてくれる剣で……
「断つ!」
目を開いて、剣を一閃。
刃が宙を走る。
炎の竜巻を切り裂いて。
その先にある魔剣と交差して。
そして……
「……ば、バカな……」
ギィンッ! という甲高い音と共に、魔剣が砕け散る。
同時にシュロウガも、その余波に巻き込まれて吹き飛んでいく。
「ぐはぁっ!? こ、こんなことは……この俺様が、二度も……しかも、今度はおっさんに……ありえない。ありえないありえないありえないありえないありえない……!!!」
「敗北を認めろ」
冷たく告げる。
シュロウガがびくりと震えた。
「ひっ」
「今度こそ、終わりにしよう」
「あっ、あぁ……!? やめろやめろやめろっ、来るな! こっちに来るなぁっ!!!」
シュロウガが喚いて、折れた魔剣をでたらめに振り回した。
俺は構わずに前に進む。
「来るなっ、来るなっ! この俺を、この俺はぁ……!!!」
「少し眠るといい」
「がっ……!!!?」
アイスコフィンの刃の腹で打ち、シュロウガの意識を奪う。
その間際まで、彼は、意味不明な叫びを続けていて……そのまま地面に崩れ落ちた。




