74話 目が離せない
普段のガイ師匠はとても穏やかな人だ。
いつも優しくて、怒ったところは見たことがない。
美味しい料理を作ってくれて、拙者達が美味しいと言うと、嬉しそうに笑ってくれる。
拙者は、そんなガイ師匠の笑顔が好きだ。
ただ……
「はぁっ!!!」
「ぎゃあ!?」
「ひぃっ」
「ぐあああ!!!」
ガイ師匠が剣を振る度に、門下生達が吹き飛んでいく。
あれだけの戦力差がありながら、ガイ師匠は一撃も受けていない。
それでいて的確な反撃を繰り出して、一人ずつ、確実に数を減らしていく。
さらに付け足すのならば、きちんと手加減をして、誰一人殺していない。
なんという腕だろう。
拙者は、絶対に同じような真似はできない。
やろうとしても、すぐに敵の勢いに飲み込まれてしまうだろう。
「ふっ!」
ガイ師匠が剣を振る。
その顔は、いつもとまったく違う。
いつもの穏やかな表情ではなくて、その目はとても鋭い。
ただ、刺々しいというわけではない。
全てを見透かすかのような理知的なもので、凛々しさも兼ね備えていた。
キリッと引き締まった表情。
いつもとのギャップもあり、ついつい見惚れてしまう。
そうこうしている間に、門下生達は半分以下になっていた。
たったの1分で十数人を倒してしまう……本当にすさまじい。
あれほどの域に達するのに、どれだけの鍛錬を積んだのだろうか?
どれほどの時間を費やしたのだろうか?
いつか拙者もあそこまで……
「いきたい」
自然と拳を握っていた。
「……あれ?」
ガイ師匠の戦いに見惚れて……
ふと、違和感を覚えた。
「ノドカ、どうしたの?」
「えっと……気のせいかもなのですが、ガイ師匠の剣、いつもと比べると少し荒いような……?」
とても綺麗な剣だと思っていた。
それは今日も変わらないと思っていた。
ただ……
よくよく見てみると、いつもより荒いというか、力強い。
これはこれで、完成された剣のようだけど……
今回のような剣は初めて見る。
どういうことだろう?
「あー……なるほどね」
「アルティナ殿は、なにか心当たりが?」
「たぶんだけど……師匠、怒っているんじゃないかしら?」
「え」
「言われてみると、師匠の剣、いつもよりちょっと荒いわね。ノドカのこと、シュロウガのこと……怒っているんだと思う」
「怒っている、と言われても……なぜ?」
「決まっているでしょう」
アルティナ殿は苦笑しつつ言う。
「ノドカのためよ」
「……ぁ……」
拙者のために、ガイ師匠は怒ってくれている……?
最初、出会った時は思い切り迷惑をかけて。
それから、押しかけ弟子となって。
その後も、良くしてもらってばかりで、なにも返せていないのに……
そんな拙者のために怒ってくれているのだろうか?
「アルティナ殿、しかし、それは……」
「ノドカの言いたいこと、わかるわ。そんな風にしてもらう理由がわからない、でしょ?」
「は、はい……」
「でも、師匠は、理由とか損得勘定とか、そういうのは関係ないのよ。なんだかんだ、あたし達のことを大事に想ってくれている。だから、ノドカを危険に晒して、その心を傷つけるようなことをした連中に怒っている……そんなところじゃない?」
「……」
ついつい言葉を失ってしまう。
なんて……
なんていう人なのだろう。
超一流の剣の腕を持つだけではなくて、ここまで深く広い心を持っていたなんて。
「……拙者は……」
あれ?
なんだろう?
胸が……痛い。
でも、病とか怪我とか、そういう痛みではなくて……
どこか甘い感覚がするというか。
心地よさも感じるというか。
これは……なに?
わからない。
初めての感覚だ。
ただ……
「……ガイ師匠……」
今まで以上に、ガイ師匠の剣が綺麗に見えた。




