73話 質>量
俺は、アイスコフィン……
ではなくて、木剣を手に前に出た。
「あぁ? おっさん、なにボケたことしているんだ? 俺は、決闘なんざするつもりはねぇぞ」
「理解しているよ。これは、ただのセーフティーのようなものだ」
「あぁん?」
「コレは切れ味が良すぎるからな。人相手の手加減は、あまり向いていない。少人数なら問題ないが……これだけの人数が相手だと、うっかり切りすぎてしまう。だから、木剣を使うことにしただけだ」
「てめぇ……」
シュロウガは、改めて殺気を放つ。
他の男達も怒気を放つ。
当たり前の反応だ。
手加減して勝つ、と宣言されたようなものだからな。
まあ、実際に宣言した。
もう四十のおっさんではあるものの……
剣の道から大きく外れているシュロウガ達に負けるなんてこと、欠片も考えていない。
必ず勝つ。
それだけの決意と自信があるからこそ、俺は、木剣を選んだ。
「いくぞ」
戦場に正しいも汚いもない。
最後に立っていた者が勝利者となる。
それは理解しているが……
しかし、それは剣士ではない。
己の身と心……そして、魂の修練を重ねることこそが剣士だ。
その道を外れているシュロウガ達は、ただの野犬と同じ。
そのような者達に負けるつもりはない。
「このっ……ぶっ殺せぇっ!!!」
シュロウガの怒りの叫びで戦端が開かれた。
まず最初に、三人の男が飛び出してきた。
でたらめに駆けているのではなくて、互いの動きを阻害することはない。
それなりに連携は得意のようだ。
最初の二人は、左右から挟み込むように。
最後の一人は、防ぐか避けるかした俺を狙い撃つべく、構えている。
攻撃の連携も悪くない。
きちんと考えられた動きだ。
ただ……
「甘い」
左右からの攻撃を避けた。
すると、予想していた通り、三人目が突きを繰り出してくる。
一切の遠慮がない。
直撃したら、俺は致命傷を負うだろう。
だから……
「……は?」
木剣を振り上げて、三人目の刀を『斬る』。
根本から刃を失い、唖然とする男。
その腹部に拳を叩き込んで気絶させて……
同じように唖然とする残り二人も、それぞれ木剣で打ち、昏倒させた。
「……今の見た?」
「……はい。拙者の目がおかしくなければ、木剣で刀を斬ったように見えました」
「……あたしもそう見えたわ。目がおかしくなったのかも」
「……後で、ガイ師匠に良い医者を紹介していただきましょう」
アルティナとノドカも唖然としていた。
「それほど驚くことじゃない」
「まさか、師匠……これくらいできて当然だろう? とか、いつものように寝ぼけてふざけたことをぬかすんじゃないわよね?」
「最近のアルティナは辛辣だな……さすがに、俺も、木剣で刀を斬るのが難しいことくらいわかる」
「それでも、難しい、っていう程度の認識なのね……」
「ただ、鍛錬を積めば可能だ。アルティナとノドカは筋が良いから、すぐにできるようになるさ」
「……どうしよう、ノドカ。あたし、あんな曲芸、一生できる気がしないんだけど」
「……すぐにできるようになるとか、ガイ師匠は無茶振りがすぎるのであります」
予想していた反応と違うな。
より一層、奮起してくれると思っていたのだけど……ふむ。
弟子の育成というのは、なかなか難しい。
俺もまた、師匠として精進していかなければならないな。
その前に……
「まずは、剣の道だけではなくて、人の道も外れた者達に罰を与えることにしよう」
「ほざくなっ、おっさん如きが! お前ら、一気に畳み掛けろ!」
シュロウガの合図で、残り全てが襲いかかってきた。
といっても、同士討ちになるため、一度に攻撃をすることはできない。
俺を囲み、退路を断つ。
そして、四方八方から斬りかかってきた。
「はははっ! どうだ、避けることも防ぐこともできないだろう!? この俺様に楯突いた罪は重い! 悔やみながら切り刻まれろ!!!」
「だから甘い」
一歩、横に動いて、後ろからの斬撃を避けた。
さらに後ろに動いて、今度は横からの突きを避ける。
「は?」
シュロウガの間の抜けた声。
それを耳にしつつ、前から襲い来る男の脇を打ち……
木剣を逆手に持ち替えて、脇の下を通すようにして、後ろの男を突く。
「……ねえ、ノドカ。師匠ってば、視認していない攻撃を避けているんだけど」
「……視認していない相手も打ち倒していますね」
「気配を読み、位置を把握しているだけだ。二人も、これくらいはできるだろう?」
「「無理っ!!」」
揃って否定されてしまう。
「どうやったら、そんなことが可能になるのよ……?」
「そう言われてもな……おじいちゃんとの鍛錬で、目隠しと耳栓をして戦う、っていうのがあったんだ。それをそれなりの回数続けたら、自然と気配を探知できるようになって、相手の位置も正確に把握できるようになったぞ」
「す、すさまじい鍛錬でありますね……拙者、そのような鍛錬をしたら、トラウマになってしまうかもしれませぬ」
機会があれば、この鍛錬を行おうと思っていたのだけど……
「「っ……!!」」
二人が青い顔をして首を横に振るため、止めておこう。
「ぐっ、デタラメな真似しやがって……潰せ! 叩き潰せ! なんのためにお前達を連れてきたと思っている!? 数は圧倒的に上なんだ、数で押し潰せ!!!」
シュロウガが吠えて、それを合図にしたかのように、男達が一斉に押し寄せてきた。
確かに、数の暴力は侮れない。
例えおじいちゃんでも、アルティナが十人いたら負けてしまうだろう。
ただ、それは『うまく』立ち回り、綺麗な連携を決めた場合に限る。
連携がまったくとれておらず、力任せの突撃なんてなにも怖くない。
「さあ、来い」




