70話 どちらが格下なのか?
これは……
ノドカの気の流れが変わった。
今までは、ゆらゆらと揺れていて不安定だったのだけど、今は、ピシリと固定されている。
アルティナのおかげだろう。
彼女の言葉で、ノドカは、やるべきことを思い出したようだ。
これなら問題はない。
ノドカの勝率は……100パーセントだ。
「……」
「てめぇ……なんだ、その目は? 将来の旦那様に向ける目じゃねぇなぁ……これは、きっちり調教しておく必要があるな」
「拙者は負けません」
「あ?」
「あなたのような野蛮人と結婚するなど、恥でしかありません。故に、拙者はあなたと結婚するつもりはあらず、そして、この決闘に負けるつもりもありません」
「……よく吠えたな。そこは褒めてやるよ」
シュロウガは笑う。
そして……
「ただ……生意気なんだよ、格下のくせにっ!!! 二度とその生意気な口がきけねぇように、徹底的に調教してやるよ!」
斬るのではなくて、叩き潰すかのような攻撃。
直撃したら骨折は免れない。
最悪、死に至る可能性もある。
そのような攻撃は見逃すわけにはいかないが……
俺が割って入るまでもなさそうだ。
「……」
ノドカは一言も発することなく、静かにシュロウガの一撃を受け止めてみせた。
「なっ!? 女ごときが俺様の剣を……生意気なんだよ!」
「……」
シュロウガは吠えるものの、ノドカは先程と違い、顔色を変えない。
体を固くして、震えることもない。
水が流れるかのように、静かに静かに……心を研ぎ澄ませていた。
「おらっ、沈めやぁ!!!」
シュロウガは、天を突くかのように木剣を大上段に構えて、一気に振り下ろす。
これが彼の得意とする技なのだろう。
相手の防御を粉砕して、受け流そうとしても、その前に叩き斬る。
必殺の一撃だ。
しかし……
本来の力を発揮できるようになったノドカを相手に、それは必殺ではなくなる。
「……」
やはり無言のまま、ノドカは重い一撃を回避してみせた。
ただ単純に回避するのではない。
必要最小限の動きで、剣筋をミリ単位で見切り、回避してみせた。
傍から見ていれば、ノドカが斬られてしまったかのように見えるほど、ギリギリの回避だ。
ただ、それは偶然ではなくて必然。
狙ったものだ。
「はっ!!!」
初めてノドカが口を開いて、気合を口にした。
カウンター。
ノドカは、密着するほどにシュロウガの懐に深く深く潜り込んで……
木剣の柄で腹部を打つ。
シュロウガは苦悶の表情を浮かべて、よろめいた。
そこに第二撃。
今度は木剣の腹でシュロウガの顎を叩き上げる。
「がっ!?」
シュロウガが仰け反り……
しかし、なんとか耐えた。
でも、なにをしてもいいとばかりに隙だらけだ。
当然、ノドカは黙っていない。
「はぁあああああーーーーーっ!!!」
今まで溜め込んでいた気合を一気に爆発させて、ノドカは片足を軸に回転。
その勢いを乗せて、シュロウガの脇腹に木剣を叩き込む。
「ぎっ……がぁっ!!!?」
シュロウガは短い悲鳴をあげつつ吹き飛んだ。
ごろごろと地面を転がり……
木の幹に激突したところで、ようやく止まる。
「……ふぅ」
ノドカは小さな吐息をこぼして、体の力を抜いた。
同時に、手を上げる。
「そこまで! 勝者、ノドカ!」
「やった! やるじゃない♪」
アルティナが喜んで……
そして、ノドカも疲れた様子ながらも、小さく微笑む。
「この……俺様が……ノドカに、女如きに負けた、だと……?」
シュロウガは脇腹を押さえて、顔をしかめつつ、ゆらりと立ち上がる。
強いショックを受けている様子だ。
「その通りです。あなたは、拙者に負けました」
「くっ……これはなにかの間違いだ。そうだ、俺様が負けるわけがねぇ……木剣を使った決闘とかいう、甘っちょろいものだから遅れを取っただけだ。真剣で、命を賭けた勝負なら負けるわけがねぇ!!!」
「それでも、拙者はあなたに勝ちましょう」
「そんなことは……」
「あと、やっぱりあなたと結婚とか無理です。あなたは……キモいです」
「てめぇ……このクソアマがぁあああああっ!!!」
「なっ……!?」
激昂したシュロウガは、傷を無視して、腰の真剣を抜いた。
そのままノドカに斬りかかり……
「そこまでだ」
「がはっ!?」
ノドカの木剣を借りて、ヤツの突撃を防いだ。
剣を弾き飛ばして、腹部に一撃を入れる。
「……え? あ、あれっ!? 拙者の木剣、いつの間に師匠が……!?」
「というか……師匠ってば、今の突撃に反応できるわけ? あたしでも、けっこう厳しいんだけど……そんな余裕たっぷりにしてくれちゃって」
「なに。鍛錬を重ねていけば、アルティナも……そしてノドカも、これくらい簡単にできるようになる。剣を己の体の一部と考えて、心を通わせる……そうすれば、自然と体が動いてくれるものだ」
「「それは簡単とは言わない」」
揃って否定されてしまった。
むう……?
「ぐっ……ち、ちくしょう……」
「すごいな、気絶させるつもりで打撃を加えたのだが」
シュロウガの耐久力、頑丈さは人一倍のようだ。
「決闘はノドカの勝利だ。キミは負けた、素直に立ち去ってくれないか?」
「だ、誰が……俺が、負けたまま、なんて……」
「どうしても納得してくれないのならば……次は、俺が相手になろう」
「ひっ……!?」
木剣を構えてみせると、シュロウガが震えた。
「な、なんだ、このすさまじいプレッシャーは……!? まるでドラゴンを相手にしているかのような……い、いや。これは、それ以上の……」
シュロウガは震えて……
そして、そんな自分に気づいて、屈辱に顔を歪ませる。
「……」
そのままなにも言わず、彼は立ち去っていった。
無事、解決したか少し怪しいところはあるが……
ひとまずは乗り越えることができた、と考えて問題ないだろう。




