68話 力で白黒つける
「おっさん如きが……俺様の一撃を受け止めた、だと!?」
シュロウガは驚いて、警戒するように、一歩、後ろに下がる。
なるほど。
きちんと相手を警戒して、無闇に突撃することはない。
今の一撃は、パワーもスピードも相当なもので……
剣の腕は確からしい。
……性格は反比例して酷いが。
「おっさん……何者だ?」
「俺は、この子達の師匠だよ」
「なんだと?」
「本来なら、これはノドカとキミの二人の問題なのだろうが……しかし、師として放っておくことはできない。それに、今のようにいきなり斬りかかるようなところを見れば、やはり見逃すわけにはいかない」
「はっ、おっさん如きが、この俺様とやり合う気かよ? いいぜ、秒でぶった切ってやるよ」
「いや、戦うのは俺じゃない……ノドカだ」
「は?」
「へ?」
シュロウガとノドカが、キョトンとなる。
「事情は聞いているが……そもそも、事の発端は、ノドカの家の道場の後継者問題なんだろう? 彼女の両親は、ノドカでは力不足と考えて、キミを迎えようとした……違うかい?」
「いや、その通りだぜ。俺様は最強だからなぁ……その俺様が道場を継げば、さらに発展していくって話さ!」
「その前提が間違っているとしたら?」
「あぁ?」
「最強を謳うキミが、実は、ノドカよりも弱いとしたら?」
「てめぇ……この俺様が、女よりも弱いっていうのか? 取り消せ、ぶっ殺されてぇのか」
よし、狙い通りだ。
シュロウガの性格からして、挑発に乗りやすいと思っていたが……
こうも簡単に乗ってくれるとは。
剣はともかく、心の鍛錬が甘いな。
「事実、弱いだろう?」
「てめぇ……!!!」
「まあ、キミは素直に認められないだろう。そこで、どうだろう? 二人で決闘を行う、というのは?」
「は? 決闘だと?」
「ノドカとキミの一騎打ちだ。そして、敗者は勝者の言うことを聞く……どうだろう?」
シュロウガは、ぽかーんとして……
ややあって大笑いする。
「はははははっ! いいな、それ。いいぜ、ノドカと決闘してやろうじゃねえか! この俺様が女なんかに負けるわけねぇからなぁ!!!」
狙っていた通り、シュロウガは簡単に餌に食らいついてきた。
わりとコントロールしやすい。
一方、ノドカは、あわわわと慌てていた。
「が、ガイ師匠……!? 決闘だなんて、拙者は、そんな……!」
「大丈夫」
慌てるノドカの頭を、ぽんぽんと撫でた。
「ノドカなら必ず勝てる。日頃の鍛錬の成果を思い出してほしい」
「し、しかし、拙者はまだガイ師匠に弟子入りして日が浅く……」
「それでも十分だ、なにも問題はない」
シュロウガという男……
それなりの腕ではあるが、あくまでも『それなり』なのだ。
この男は怖くない。
故に、脅威ではない。
一方のノドカは、最初、対峙した時……
わずかではあるが恐怖を覚えた。
このまま斬り殺されるかもしれないという、命の危機を覚えた。
「ノドカの方が強い。焦ることなく、いつもの力を出すことができれば、絶対に勝てる」
「うぅ、し、しかし……」
「ノドカは、俺を信じているか?」
「え? は、はい。それはもちろん……!」
「なら、俺が信じるノドカも信じてほしい」
「……ぁ……」
「大丈夫だ。絶対に勝てる。俺が保証する」
ここまできたら、後は気合と自信だ。
その二つを身につけてもらうため、俺は、しっかりとノドカの目を見て言う。
「俺は、ノドカを信じているよ。だから、ノドカも自分を信じてほしい」
「……ガイ師匠……」
さらに、アルティナも背中を押してくれる。
「師匠がここまで言うなんて、滅多にないわ。ノドカのことがちょっとうらやましい」
「そんな! 拙者なんて、まだまだで……」
「でも、あたしもノドカを信じているわ。あんな獣には負けない、ってね」
「……アルティナ殿……」
アルティナはにっこりと笑い……
それから、小声で付け足す。
「万が一負けたとしても、その時は、あたしがあいつを斬るから。ノドカは後のことは気にしないで、全力でぶつかってきなさい」
「そ、それは、さすがにどうなのかと思うのでありますが……」
「いいのよ、あんなクズ。どうなろうと知ったこっちゃないわ。あたしには、それよりもノドカの方が万倍大事だもの」
「……わかりました! 拙者、全力でぶつかることにいたします!」
ノドカの瞳から迷いが消えた。
うん。
これなら、本来の実力を……いや。
それ以上の力を発揮することができそうだ。
「おーい、別れの挨拶はまだか? 待ちすぎて、あくびが出てきそうだぜ」
シュロウガは律儀に話が終わるのを待ってくれていた。
絶対に勝てるという自信があるからこそ、そうしたのだろう。
しかし、それは勘違いというものだ。
彼が持っているものは自信ではない。
ただの『慢心』だ。
それを、今からノドカが証明することになるだろう。




